13匹目:チーズケーキは食べさせてくれるけど説教はやめてくれない 1
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「一応手紙を書こうとした心意気だけは認めてやる」
「ありがとうございます……」
「お前どんな手紙を書いたんだ……?」
長い足を投げ出して眉を顰めているシリルを前に、ジェマは小さくなっていた。シリルから呼び出されて来たフランツがちょっと引いている。
耳も尻尾もしょんぼりさせたジェマは、反論もできずに大人しくしていた。
びっくりするほど不味いクッキーを食べたあの日。
ジェマは次の講義をサボってフランツの研究室に殴り込み、クッキーをバスケットごと押し付けて、クリスティーナが開いてくれたお茶会に参加した。
リリアン絡みの事件ということでアンジェリカも同席していたが、アンジェリカの顔はジェマよりも青ざめていた。それをガン無視したジェマは、クリスティーナによしよしされながら遠慮なく泣いた。
アンジェリカが青ざめる理由はよくわかる。
だって白花会からも見捨てられて自由を謳歌しているリリアンは、もう何度もエリオットに手作りクッキーを渡しているらしいから。
ジェマは獣人なので過剰に臭いに反応した可能性はある。しかしそれだけの臭いを発する何かが入れられていたことに変わりはない。エリオットに渡したものにも不審物が混入されていたかどうかはわからないが、リリアンが怪しいことだけは確定してしまった。もう子どものお遊びは済まないかもしれない。
『だから手作りなんて本当に親しい間柄じゃなきゃダメなのよ』
とはジェマを心配して付いて来たクロエの談だ。
言わんこっちゃないと呆れ顔のクロエに「食べたお前も悪い」と叱られ、ジェマはまた泣いた。
信用できないから半年以上リリアンを無視し続けてきたというのに。あまりのリリアンの焦り様に、もしこれを食べたらどう反応するのだろうかなどとくだらない好奇心で口を開けてしまったことを心から反省した。
『まさしく”好奇心は猫をも殺す”ね』
『クロエの意地悪!!』
その後、寮に戻ってすぐに勢いで殴り書きした手紙をシリルとアシュダートン伯爵に送り付けた。
アシュダートン伯爵への手紙に関してはきちんと論理だてて理性的に書いた記憶があるが、シリルへの手紙はかなり感情的に書いたような気もしていた。けれどアンジェリカにも話してしまったし、次の週末にはきちんと報告しなければならない。
とりあえず早くしなければとそのまま出した結果、やはりシリルへの手紙の文面はめちゃくちゃだったらしい。
そして冒頭の不機嫌なシリルに戻る。
「不味いクッキーを食わせられて悔しいということしか伝わってこない手紙だったが、これを俺に送ってどうするつもりだったんだ」
「いやあの。自分ではもっとこう助けてお兄ちゃんって感じで書いたつもりだったんですけど。ほんとに予想外にクッキーがゲロマズで、なんかちょっとこう情緒不安定になってたみたいで……ね?」
「ね? じゃないんだよ。今怒られてるのはそこじゃないってわかってて言ってるな?」
ちょいちょいと手招きされて素直に隣に座る。あーあとでも言いたげな顔をしているフランツが気になるが、ここで逆らうことはできない。
「拾い食いはするなって言ったよな? 何イかれてることがわかってる奴の手作りクッキーなんて食ってるんだ。食うなっつったろが。というか何をしでかすかわからん奴の相手なんかしなくていいって言っただろうが。何律儀に茶なんて出してるんだよ。速攻で逃げろよ。馬鹿なのか?」
「お茶は出してないし、ちゃんと無視してたもん……」
「無視じゃなくて逃げろって言ってるんだが、聞こえてないのか? この耳は可愛いだけの飾りか?」
すぱんっと良い音を立てて頭を引っぱたかれた。一応きちんと身なりは整えてきたのだが。そのままぐしゃぐしゃと髪をかき回すように乱暴に撫でられ、頭をぐらぐらと揺らしながらシリルの顔を見上げる。
(あ、これは怒ってるんじゃなくて……)
心配されていたのか。
ずっと怒られるに違いないとしか考えていなかったジェマの態度は、すごく失礼だったかもしれない。じわりと涙が滲むが、ぱちぱちと瞬きを繰り返してなんとか堪える。
うっかり好奇心に負けてクッキーを1枚口に含んだだけなのに、色んな人にここまで心配されてしまうなんて。
ジェマの中では、今回のことはそんなに心配をされるようなことでもなかった。だってジェマが自ら進んで怪しいものを食べた結果の自業自得だ。しかも飲み込まずに吐き出したおかげで体に不調は一切出ていない。
大泣きしたのだって、あまりの不味さにびっくりしたのとよくわからない喧嘩を売られたことに対する怒りと悔しさが綯い交ぜになって感情が高ぶってしまっただけ。シリルへの手紙を書き終わったころにはスッキリして、その日の夜はこれ以上ないくらい熟睡した。ついでに言えば、同室の先輩たちはそんなジェマの様子に呆れながら笑っていたくらいだ。
だから平民が貴族令嬢を引っぱたくための口実をゲットするためだけに手紙を書いたというのに。
「……ごめんなさい」
「初めからそう言えばいいんだよ、馬鹿猫」
ぺちんと優しく頬を叩かれ、また髪をかき混ぜられた。