10匹目:フォンダンショコラに秘めた心 1
のんびり回。
今日から夜投稿に変更です!よろしくお願いします~!
ピンク色の毛並みの子猫は、今日もご機嫌に尻尾を揺らしながら涼やかな秋空の下を歩いていた。
学園内を彩る木々からも緑色が消え、代わりに地面に舞う色付いた木の葉が増えている。マグワイア魔導学園では庭園も手をかけて整えられていて、ふらふらと散歩するだけでも目が楽しい。
ジェマはアシュダートン伯爵が贈ってくれたマフラーに顔を埋めながら、隠れた口元に笑みを浮かべていた。
いつもより少しだけ遠回りをしてお気に入りスポットへ向かう。
湖の周囲に生えている木々も紅葉しているが、堂々と聳え立つ大樹だけは青々としている。何度見ても惚れ惚れとしてしまう佇まいだ。1度枝の上に登ってみたいものだが、教員の前でぽろりとそう零したら絶対にやるなと釘を刺されてしまった。
ぼんやりと大樹を見上げ、そして湖の淵で佇む女子生徒に視線を移す。
(またなんというかこれは、いかにもそれっぽい……)
学園七不思議にも序せられているこの湖は、『婚約者に冤罪をかけられ裏切られた令嬢が溺れた』という噂がある。
その詳細については諸説あるが、貴族令嬢が溺れたこと自体は事実らしい。
そこから派生して、
『女子生徒が湖に近付くと引きずり込まれる』
『婚約者や恋人と引き裂かれる』
という話があるため、男女ともにあまり近付かない。婚約者や恋人からこの湖の東屋に誘われる=別れ話を切り出されるという構図が出来上がっているくらいだった。
噂の元となった2人は結果的に別れたらしく、『貴族令嬢が溺れると婚約が破棄される』という噂まである。
【幸運の猫ちゃん】の噂が徐々に過去の曰くを上書きし始めているが、そもそもジェマは自分から客を募集してはいない。噂が出回り始めたのも、いわゆる口コミというやつで少しずつ広まっていっただけ。ジェマと話した内容が内容なだけに客自身も多くは語らず、ただ、
『お茶を出してくれて嬉しかった』
『話を聞いてもらえてスッキリした』
『そのおかげで悩んでいた事態が好転した』
という大雑把な話をちらりと零しただけということが多かった。
そのためか、きちんと正確な話が伝わっているのは話をしに来た貴族令嬢たちの交友範囲に収まっており、広く知られている噂は絶妙に伝言ゲームに失敗している。
今ジェマの目の前にいる、古い噂のようにいかにも『湖に引き込まれそうな』女子生徒は、新しい噂を知っているのかいないのか。それが問題だ。
(後ろ姿じゃあ、そのまま落ちていきそうで危うい感じがするってことしかわからん)
妖艶ささえ感じる深みのある青紫色の髪とスカートの裾が風に揺れる以外、ぴくりとも動かないのが怖い。
湖中を見つめているのか、顔を俯けているせいで少し横に回ったくらいでは表情が見えない。なんとなく足音を殺して歩きながら、ジェマはむむむと頬を膨らませた。
ジェマの人助けは趣味ではない。知らないことを識ることは好きなので勉強も他人の話を聞くことも好きだが、悩み相談に関しては相手による。だれの不幸話でも喜んで聞くほどゴシップに飢えてはいないし、解決策を提示できるほどの経験も知恵もない。
ただ、目の前で入水自殺しそうな人を無視できるほど、自分本位に成りきれないだけ。手を貸せば余計なトラブルに巻き込まれるとわかってはいても、見て見ぬふりをした罪悪感に襲われ続けるよりはマシ。それだけ。
だから自ら【幸運の猫ちゃん】の噂に手を加えることはしなかった。
積極的に噂を流して客が入れ食い状態になっても困るし、何より湖に飛び込みたくなるほどの悩みを好転させるなんて責任が持てない。
ましてやこの学園は圧倒的に貴族の方が多い。現在だってアシュダートン伯爵――よりも主にシリルから、「安請け合いしてトラブルに首を突っ込まないように」と口を酸っぱくして注意されているというのに。
(いやあの髪色と後ろ姿で誰かはわかってるんだよ。侯爵令嬢様なんだよな、確実に。婚約者も恋人もいないって聞いたけど……)
そこまで考えて、ジェマの耳がぺたんと垂れ下がった。
もし侯爵令嬢が湖に落ちるところを目撃してしまったら。
希少植物の生育地ということで魔導具等で監視はされている。けれど「なぜ助けなかった」「なぜ止めなかった」と責められることは避けられないだろう。気付いてしまった以上、人を呼びに行くと言い訳して逃げることすらできない。
(いっそ、さっさと【幸運の猫ちゃん】の噂で古い話を払拭してしまえば、ここに泣きに来る女子生徒は減るのかも?)
『婚約者に冤罪をかけられ裏切られた令嬢が溺れた』という話から、最終的に『令嬢がこの湖に落ちると婚約者と縁が切れる』になっているのが噂のすごいところだ。
その噂のせいで、婚約者との関係に悩んでどうしようもなくなった令嬢が、たまに東屋や湖の淵で泣いている。昨年までは、1、2年に1人くらいのペースで誰かが落ちていたらしい。
(そこまで貴族令嬢の意見って無視されるもんなの?)
はっきり言ってしまえば面倒くさい。正直このまま諦めてさっさと帰ってくれないかと思っている。
しかしかれこれ10分は粘ってみたが、彼女は一歩すら動かない。逆にハラハラ見守っていることの方が疲れた。
ジェマは大きなため息を吐いた。
「ごきげんよう、バンフィールド侯爵令嬢様。実は先日の休暇に後見人のところへ挨拶に行ったときに、美味しい紅茶をいただいたんです。可愛い猫型の角砂糖もいただいたんです。とても可愛いんですよ。よろしければご一緒にいかがですか?」




