27匹目:ラストダンスはお菓子を食べながら見守る所存 5
「ねぇ」
ちゃっかりドレスを着用しているリリアンを見つけてしまって、ジェマはげんなりとした。
瞳の色に合わせたジェマとは反対に、リリアンは瞳の色に合わせたピンク色のドレスを着ていた。ふわりとスカートが大きく広がるデザインで、少し子どもっぽいくらいに愛らしさを前面に押し出したドレスだった。
似合う似合わない関わらず、ジェマたち最年少組でなければ着ないだろう。貴族のドレス
の中には、年齢や立場やシーンに合わせてデザインも色もきっちりと決められているものがある。ジェマのドレスは何歳でも着やすいものだが、リリアンのドレスは幼いうちしか着られないもの。
大公令息を公爵令嬢から奪い取ろうとしていたくせに、よくぞわざわざ幼く見えるドレスを選んだものだ。左右の高い位置で結んだ髪型も、そのドレスの幼さをさらに強調させている。
本当に何がしたかったのだろうかと感情を隠さずにため息を吐いた。
「……人の顔見てため息吐くのやめてくんない?」
「ため息のひとつも吐きたくなるようなことを仕出かした自覚がないの? むしろわたしに感謝の言葉を言うのが先では?」
「なんであたしがあんたに感謝しなきゃいけないのよっ」
「うるさ」
リリアン物語の始まりから終わりまでを見届けたジェマは、もうリリアンのくだらない話に付き合う義理も興味もなかった。またこれ見よがしにため息を吐いてスイーツに視線を移す。
またキャンキャンと吠えたててくるかと思っていたが、それ以上の金切り声は聞こえなかった。その代わりにうるさいくらいにピンク色の塊が近付いてくる気配がして、ジェマの耳はぺたんと垂れ下がった。
「ねぇって言ってんじゃん。なんで無視すんのよ。もうゲーム終わったんだから怒ることもないじゃん」
「…………は? お前のことが嫌いだからに決まってるでしょ。お前の事情なんか知るか」
「……はぁ? 何言ってんの?」
ジェマがリリアンを無視してきたことにリリアン物語は関係がない。むしろリリアンがジェマに絡んで来たことこそゲームとやらのせいだろうに。
未だにジェマがヒロインを奪われたことを恨んでいると思っているのだろうか。きょとんとしながら眉を顰めるという器用な表情をしているリリアンの顔を一瞥して、またふいと顔を背ける。
しかし逃げることは叶わず、ぐいと腕を掴まれてトングを持った手が止まった。
「なんなのよ。そのドレス着てるってことはあんたも誰も攻略できなかったんでしょ。攻略できなかった者同士仲良くしようよ」
「しない」
「なんなの? まだ怒ってんの? ごめんって言ってんじゃん」
先日のお茶会でも一言の謝罪もなかったような気がするのだけれど、何に対してのごめんなのだか。
リリアンの腕を振り払いながらトングを伸ばして美味しかったレアチーズケーキを取る。
「それでさ。あの、あんたにお礼言わなきゃって思ってわざわざ来てあげたんだけど」
また変なことを言い出した、と尻尾が揺れた。ちらとその顔を盗み見て、声の通りに変な顔をしているリリアンにまた尻尾がゆらゆらと揺れる。
「なんかよくわかんないけど、退学になりそうだったとこをあんたがなんとかしてくれたんでしょ? だから、さすがにありがとって思って……」
「いや、べつに…………」
「別にあたしだってそこまで悪いことをしたとは思ってないし。だってエリオットだって良いよって言ったし、ダメならダメで最初からダメって言えばいいじゃん。こんな建国祭まで引っ張っていきなり『はいダメでした! 退学です!』とか酷すぎじゃん。でも高位貴族に恨まれたらそういうのもあり得るし……。それでなんかあんたがアンジェリカにやってくれたんでしょ? だからありがとって」
「いやだから別に何もしてないってば」
「別にもうそういうの良いし! あれでしょ? あんたはそれでゲームやらなかったんでしょ? それであたしに押し付けたって思ったから――」
まったく事実無根であるが、一から懇切丁寧に説明してやるのも面倒くさい。他人の話を聞かない輩の相手はどうするのが正解なのだろうか。
少なくともシェリーはリリアンが行動を始めた当初から口うるさいほどに注意を繰り返していたはずだし、わざわざ新興男爵家の令嬢1人潰すためだけにここまで問題を長引かせる利点は誰にもないうえ、高位貴族に本気で恨まれたらたかが退学程度で済むとは思えない。
それにジェマからアンジェリカに働きかけたわけではないし――と考えたところで、ふと自分の適当な発言を思い出す。
そういえば、アンジェリカとエリオットだけが得をする展開になるのが嫌だというくだらない理由でリリアンの処分が軽くなるよう仕向けたような気もする。
リリアンは罰せられるべきだとは今でも思っているが、学園に残ることがリリアンの幸福に繋がるかどうかは知らない。むしろ学園を離れて貴族と関わらない生活を送る方がリリアンにとっては良いことかもしれないと思っているくらいだ。
それはともかくとして、ヒロインを押し付けられたと記憶を改変しているところはさすがである。
「お前が勝手に『あたしがヒロインやるー』って言い出しただけで、わたしからは何も働きかけてないからね。わたしはお前の行動にも処分にも一切の罪悪感を抱いていないし、何も悪いと思ってないから。感謝もしなくていいよ」
「わかったわかった。じゃあそういうことにしておくよ。でもあたしは感謝してるから」
「本当に他人の話を聞かねぇやつだぜ」
めんどくせと呟いて、ジェマはこれまた美味しかったプリンの器を手に取った。




