27匹目:ラストダンスはお菓子を食べながら見守る所存 3
エピローグを迎えたところでなんと総合評価900ptを超えました…!!
みなさまに感謝~!!!!
ダンスフロアのざわめきが揺れた。きゃっきゃとはしゃぐ声と悲痛な嘆きが一体化してなんとも不思議な歓声となっている。
目を煌めかせたクロエがさっといなくなり、ジェマは行きたそうにしているシェリーからお皿を奪い取った。代わりに食べておくから行ってこいと送り出して、タルトにフォークを刺す。
「クリスティーナ様が……」
「婚約……」
「まったくそんな素振りもなかったのに……」
ほうとジェマはダンスホールを遠目に見ながら満足げな息を吐いた。
人だかりの向こうにちらりと見えたのはクリスティーナの腰を抱いて下手くそなダンスを踊るフランツと、蕩けるような笑みを浮かべているクリスティーナだった。
先日のお茶会の時点ではまだクリスティーナはジェマたちと一緒に参加する予定だった。アンジェリカたちと同じくクリスティーナも今年5年生。けれど急いで婚約者を決めなければならない事情のない彼女は、心の準備がなどと言い訳をしてずっと行動を先延ばしにしてきた。
しかし先日のアンジェリカたちのやり取りに何か感化されるものがあったらしい。ジェマにはまったくわからない感性ではあるが、こちらはこちらでヤキモキさせられていた。2人が結ばれたのは素直に喜ばしい。
実のところ、ジェマにはクリスティーナの恋が実るかどうかはまったくわからなかった。
【幸運の猫】を頼ってくる令嬢たちの悩みの7割は婚約に関することだったけれど、恋愛問題だったかというと微妙なところだ。彼女たちのほとんどは家の事情が大きく影響する婚約を結んでいて、婚約者に恋愛感情を抱いているかというとまた別の話だったから。良い関係を築いていこうと努力することと、相手に恋することはまったく違う問題だ。
ジェマは人を観察することも好きだし恋愛話を聞くのも好きだが、恋愛に関する経験値はゼロである。結局最後までアンジェリカたちの気持ちは一切理解できず、本人たちがこれで良いって言ってるんだからこれで良いのだろうと思考を放棄した。
心配になるほどわかりやすかったクリスティーナと違い、フランツの気持ちはまったくわからなかった。そもそもあの男が結婚や女性に興味を持っているのかすらジェマは知らない。
クリスティーナの話によれば、フランツに直接告白するのは無理だったので両親に相談して家から釣書を送ったらしい。
困惑したフランツが突撃してきたとシリルから聞いた。いきなり侯爵家から生徒との縁談話が舞い込んだフランツはさぞや驚いたに違いない。ジェマから報告を受けていたシリルがさっさか手続きを進めてしまったそうだが、あの顔を見るにフランツも無理強いされたとは思っていないようだ。
クリスティーナがもうすぐ卒業するということ、すでに2人とも成人済みであること、それから在学中の交際をしておらず、生徒側のクリスティーナの家の方から申し込んだということでスピード婚約が承認されたと教えてもらった。
教師と生徒の恋愛や婚約はもちろん推奨されてはいないが、犯罪でもないしフランツの後見をしているアシュダートン伯爵家が仲人を務めている。高位貴族の政治的な事情と言い切ることもできるわけだ。
ジェマはクリスティーナを祝福するのと同時に、大人はずるいなと思ったものだ。
どんな方法にしろ、2人の婚約はジェマも嬉しい。もはや何も納得できなかったアンジェリカとエリオットの復縁を見せられた後では、その喜びもひとしおだ。
何か知っているかと尋ねられたジェマは、甘いタルトを食みながらにこにこと笑い返した。
「やっとたどり着いたんだけど。すごく疲れた」
令嬢たちと入れ替わりにジェマの横に立ったのはルシアンだった。示し合わせたように2人の周りから令嬢たちがいなくなり、ぽっかりと静かな空間ができる。
そんなに周りを威嚇しなくても良いだろうと隣を見遣ると、とても不機嫌で疲れた顔をしていた。これは人もいなくなるかと納得したジェマは、彼の好きそうなスイーツを教えてやる。
2人で追加でのスイーツを取りに行きながら、ルシアンが口を開いた。
「ねぇ、今日踊らないの」
「踊らないかな」
「1曲くらい踊ったら?」
「今日はスイーツ全種類食べきるって決めてるから」
「半分手伝ってあげるよ」
「自分で食べるからいい」
2人とも視線はスイーツに固定したまま、短く言葉をやり取りしていく。
後見人から今日は異性と踊らないように言われていると一言告げればそれで良いのに、なぜだか今それを言ってしまうのはいけない気がした。
「こんなに甘い物ばっかりいっぱい食べたら太るよ」
「今日は良いの」
「腹ごなしに運動した方が良いんじゃない?」
「慣れてない貸し靴だから踊りたくない」
「それじゃしょうがないか」
「しょうがないんだよ。立ってるだけでもちょっと痛いんだから」
「じゃあ座って食べよ」
「うん」
すぐそこに見えているテーブルに行くまでの短い時間なのに、ルシアンはジェマの分のお皿も持ってくれた。
その顔をふと見上げてジェマは気付く。
(……背、同じくらいだったのに)
もうすぐ可愛いルシアンは見納めなのかもしれない。残念なような楽しみなような、甘いスイーツを入れたはずの口の中に複雑な味が広がった。




