26匹目:あの日のアップルパイをもう1度 10
次回からはエピローグとなります…!
やっとこさここまで来たぜ!!
エリオットの皺ひとつ付いていない、素材が何かもよくわからない手触りの良さそうな紺色のズボンにくっきりとジェマの足型が付いている。
自分で思っていたより足が上がっていなかったらしい。かっこよく腹のあたりを蹴り飛ばしたつもりだったが、小さな靴跡は残念ながらエリオットの脛を直撃していた。ぺちぺちとしか鳴らない平手打ちをしたときとは違って、今のエリオットは膝に手を付いて苦悶の声を上げている。
あれは痛いだろうなと他人事のように眺めて、それをしたのが自分だったことに戦慄した。
さすがに痛みで悶えるほど強く大公令息を蹴りつけるのは不味い。小さなおててで明らかにダメージの入っていない平手打ちをしたことですらこんな場でなければ許されないだろうに、ごく普通にそれ以上のことをしてしまった。
すぐにでも額を地にこすり付ける勢いで謝罪をした方が良いだろうということには気が付いている。
しかしこの暴力にはきちんとした理由がある。
そうだ。ジェマはアンジェリカを庇い、またエリオットの失言によって2人の仲がこじれるのを防ぐために体を張ったにすぎないのだ。そういう意図だった。きっとそうに違いない。
自分にしっかりと言い聞かせると、無意味にとんとんとつま先で床を蹴りつけて顔を上げた。目をぱちくりとさせているアンジェリカを見上げて、エリオットを指し示す。
「あのひとがわるいです」
「ジェマちゃん……」
完全にダメな子を見る目で見られてしまった。そのうち「めっ」なんて注意をされるようになりそうだ。
謝罪を促されていることには気付いているけれど、ジェマから先に謝るつもりはない。謝ったら負けである。
「懲りずにリリアンの名前を出すとかアンジェリカ様を責め立てるとか本当に良くないと思います。あの人何も反省してないですよ」
「えぇと……。でもたしかにエリオットの言うことにも一理はあるから……」
「まぁたそんな甘やかして! もう! ちゃんとダメなところはダメって叱らないと! あの人アンジェリカ様に『一緒にパーティー行こう』すら言ってないですからね。だから良いんです。アンジェリカ様はわたしと一緒にパーティーに行くんです。ね!」
もうアンジェリカはエリオットとパーティーに行くと決めてしまっているらしい。
それならそれでも構わないけれど、ここまで騒いだのだからまた同じ問題を起こそうとしないでほしい。きっとアンジェリカはこれからもエリオットのわがままを許していくのだろうがそれはそれ。
これだけ揉めておいてそれはないだろう。
アンジェリカの腕をぎゅっと抱きしめて、ふんぞり返りながらエリオットを睨みつける。
「アンジェリカ様と一緒に行きたいならちゃんと誘ったらいいでしょう。婚約者ならエスコートの申し込みくらいかっこよくしてみせるべきでは?」
そもそもの話、アンジェリカをエスコートしないこととリリアンを誘って良いことはまったく別の問題である。しかもアンジェリカは同性と参加すると言っているのに、不貞相手と噂されていた異性を誘って良いわけがない。
これまで散々アンジェリカに恥をかかせてきたのだから、ひと晩自分が笑われるくらい我慢すべきだ。
とは言えエリオットの言うことも実際正しい。きっと学園中の全員がエリオットが誰と参加するのかに注視している。もし2人がバラバラに参加したり、エリオットが別の女子生徒をエスコートをしたりすれば、その日の夜には全貴族家に伝わる勢いで噂が広まっていくのだろう。
しかし世の中は正論だけでは生きていけないのだ。ましてや自分の悪行を棚に上げて婚約者だけを責め立てるなどもってのほかである――今のジェマにはどうで良いことであるが。
「…………さすがに、言い過ぎたと思っている」
「エリオット……」
何の謝罪にもなっていない言い訳で済ませようとするエリオットと、もはやそれだけで絆されそうになっているアンジェリカ。
蹴ったことがうやむやになるならもういいいやと開き直って、けれど2人の間に割って入るように抱き着きながら移動する。
「蹴ってごめんなさい。でもエリオット様がちゃんと誘わないんだったらアンジェリカ様はわたしたちのものだからね!」
「貴様……」
ぐぬぬとでも言わんばかりに口をへの字に曲げるエリオットにべっと舌を出す。
やはりここまで来たらきちんと丸く収めてほしい。ほれほれと煽りながら尻尾を振る。
大公令息らしからぬ舌打ちをしたエリオットが、目一杯眉を顰めてアンジェリカに向き直った。やっとかと嘆息しそうになったところで自分が非常に邪魔すぎる位置にいることに気が付いて絶望した。
「わたしは石……」と自分に言い聞かせながら気配を消す。
「…………お前は私と一緒に行くんだ! いいな!」
「いやもう本当にあなたは何をしてるんだよ!!」
「仕方がありませんわね。かしこまりましたわ」
「いやあなたもそれで良いの!!?? ねぇ本当に!? もう知らないからね!? はい解散!!!!」




