26匹目:あの日のアップルパイをもう1度 9
花粉症で鼻水が止まらないので遅れました
(こいつ、本当に「俺のアンジェリカが俺を選ばないはずがない」と思ってるな?)
目が合う度に丁寧に舌を出してやっているジェマと、困ったように微笑むアンジェリカに交互に視線を送っている。
おろおろという擬音語が音として聴こえてきそうなほどに、エリオットは見るからに狼狽していた。
これだから周囲の大人たちは2人の婚約を継続し続けてきたのだろう。
思わずそんな風に納得してしまえるほどの狼狽えっぷりだった。これではエリオットの気持ちに気付かずに悩み苦しみ悲しんできたアンジェリカが馬鹿みたいだ。こんなにもわかりやすく素直なのに、いったいエリオットの何を見てきたのだろう。
これぞまさに恋は盲目状態とでも言うべきなのか。学年一の秀才でもこうなってしまうなんて。
そこまで考えてから、いやと首を傾げてアンジェリカの胸に頭を預けた。
アンジェリカも無意識のうちにエリオットの本心に気付いていたのかもしれない。リリアンを無理に排除しようとしなかったことも、エリオットが困るとすぐに助け舟を出してしまうところもこれで説明が付く。邪険にされてはいても、心底嫌われていると思ったことはなかったのかもしれない。
エリオットが傲慢にアンジェリカを自分のものだと思っているように、アンジェリカもエリオットが自分の元へ戻ってくるものと当たり前に考えていた可能性もある。
先ほど強制退場の刑に処されたリリアンがいっとう哀れになった。
いっそアンジェリカと仲が良いにも拘らず、あれだけ他人事のように呑気にふわふわしていたクリスティーナを見習うのが大正解だったのかとさえ思えてきた。遅かれ早かれ真剣に考えることは放棄することになっていたに違いない。
ペッと心の中で唾を吐き、ほのほのと笑うアンジェリカを見上げる。
「わたしたちと一緒に建国祭行きますよね? わたしもうすごーく楽しみにしてますからね。最後の年とか知りませんから。わたしは最初の年ですし。優しくしてくれていいと思います」
自分でも何を言っているのかわからなくなってきたが、もう勢いだけで乗り切るしかない。ここまで来たら立ち止まらずに走り抜けるしかないのだ。1度冷静になってしまったら1発殴ったどころでは気が済まなくなる。
開いた口から「もう飽きたからさっさと美味い菓子を寄こせ……!」と恨み言が零れそうになり、頬を膨らませるフリをして誤魔化した。
「あらそうだったの? そんなに楽しみにしてくれているなら……」
「待て、アンジェリカ。本当にこれと一緒に行くのか? 私に1人でパーティーに出ろと?」
大きい捨て犬のようなエリオットに、アンジェリカはもう絆される寸前だ。
「うわ。めんどくせぇ女みたいなこと言いますね」
「……だからお前は黙っていろと言っているだろうが!」
「そうやってすぐ上から押さえつけようとするの良くないと思います! 静かにちゃんとお話しできないんですか? 婚約者の好きなスイーツすら知らなかったくせに!」
「…………ふん!」
「よし! 勝った!」
「黙ってろ!」
エリオットのコミュニケーション能力と煽り耐性が低すぎるせいでくだらない喧嘩がはかどってしまう。良いからさっさと答えを出して止めてくれと念を送るが、今のアンジェリカはにこにことしているだけで何の役にも立ちゃしない。
本当にどうするつもりなのかは知らないが、ジェマはこれ以上このバカップルのダシにはされるつもりはない。クリスティーナもフランツに押し付けて、ジェマはクロエとシェリーと3人でデートを楽しむのだ。建国祭でまでこのつまらない問題に振り回されてたまるものか。
マグワイア魔導学園の建国祭では毎年とても美味しい食事とスイーツが用意されると聞く。ダンスだって同性同士で踊ることも許される無礼講なお祭りだ。婚約者も恋人もいないジェマたちも目一杯楽しむ権利がある。
どうせなんやかんやでスッと結婚するんだから、もう放っておけば良いのだ。
早くジェマたちに謝ってエリオットと一緒に行くと言え、とアンジェリカを睨みつける。
「でも、別に婚約者と一緒に行かなければならないという決まりはないし、エリオットとは王宮のパーティーにも一緒に行くし……」
「私が笑われても良いと? お前がこれと一緒に行くのは構わないが、私が1人になってしまうではないか。それならリリアンをエスコートしたって――」
「あなた本当にいい加減その軽率すぎるお口をなんとかしなさいよ!! すぐに今の発言を撤回してアンジェリカ様にごめんねしなさい!!」
アンジェリカに抱き着いているせいで咄嗟に出たのは足だった。
一瞬遅れて大公令息を足蹴にしたことに気が付き、喉から変な音が漏れた。




