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26匹目:あの日のアップルパイをもう1度 7




エリオットは焦っていた。


何も自分が1番ではなかったことに衝撃を受けたのはリリアンだけではない。エリオットも静かに、けれど確かにショックを受けていた。



これまで自分が酷い態度を取ってきたことは自覚している。アンジェリカがろくに怒りもせずリリアンのように嘆き悲しんだりもしなかったから、その行為はどんどんエスカレートしていった。


初めはただの嫉妬だった。


いつも自分の後ろをてちてちと付いて来ていた小さく幼いアンジェリカが、一足飛びにエリオットの勉強範囲を超えていったと聞かされて。


他にどんな感情を抱けと言うのか。



アンジェリカが悪くないことなんて初めからわかっている。


一緒に勉強しようと持ってきた教本がまだ未修得の範囲だったことも、婚約者としてエリオットのミスをカバーしてくれたことも、いつしか控えめに微笑むようになったアンジェリカが教育の話題を出さなくなったことも。そのすべてはエリオットのためであって、エリオットを苦しめるためではないということも。


初めから全部きちんとわかっている。


けれど、嫉妬や悔しさや恥ずかしさや、その他言い表せない複雑な気持ちのすべてを呑み込んでアンジェリカに優しくできるほど、エリオットはできた人間ではなかった。



アンジェリカのことは生まれてくる前から知っている。アンジェリカがどれだけ完璧な微笑みを身に付けようが、大人びているとか冷静だとか評されるようになろうが、その微笑みの裏で寂しそうにしていることも知っている。


それをわかっていて酷い態度を取り続けた自分がどれだけ酷い人間か、わかってはいてもどうしようもなかった。



学園を卒業したら、エリオットはアンジェリカに婿入りする。幼いころからずっと決まっていたことだ。エリオットも、おそらくアンジェリカも、それ以外の未来など考えたことがないくらいに当たり前に決まっていた。


複雑な気持ちが一切ないとは言えないが、今から進む道を変更する労力や不安と天秤にかければそんなものは大したことではない。すべてはエリオットがアンジェリカよりも優秀だと示すことができれば済む話なのだから。


もしアンジェリカよりも優秀だと胸を張って言えるようになったら、きっと素直に謝って仲直りすることができるだろうと信じていた。




しかしまず学園入学の時点でエリオットは躓いた。


エリオットは15歳で入学することができなかったのに、アンジェリカは14歳で入学した。それだけでもエリオットの心は大いに荒らされた。同級生になれたと無邪気に喜ぶアンジェリカに返した言葉は何だったか。



『何が同級生だ。私を馬鹿にしているつもりか』



そんな風に八つ当たりをした気がする。自分が受けたショックをそのままアンジェリカにぶつけたのだ。


年下の可愛い女の子に。


吐き捨ててすぐに不味いことをしたと我に返った。けれど謝罪も言い訳も何も出てこないうちに、アンジェリカに先に謝られてしまった。そして結局エリオットは謝罪も何もせず、すべてアンジェリカが悪いことになってしまった。



思い返せば、アンジェリカとのやり取りはいつもそうだった。


アンジェリカはどれだけ自分が傷つけられようが、エリオットが困っているとその感情を隠してエリオットを助けてくれようとする。それで助けられてきたことは事実だ。けれどその度にエリオットの罪悪感は膨れ上がっていく。


いっそのこと早く見捨ててくれと何度も思った。婿取りをするアンジェリカが傷つけられているのだから、いくら大公家相手でも抗議するべきではないのか。


アンジェリカの祖母は元王女だ。彼女から抗議されれば大公家も真剣に対応せざるを得ない。


それなのにこれまでにそう言った話が出たことは1度もない。



――それだけアンジェリカが私との結婚を望んでいるのか?



エリオットが婚約者に何かをしてあげたことなんてほとんどない。何をしたかも思い出せないが、きっとこの15年の間に両手の指で足りる程度の回数、恩を着せるほどでもない些細なことしかしていないはずだ。


それなのにアンジェリカが不平不満を言ったことは1度もない。泣いたことも怒ったこともない。



自分は本当にアンジェリカのことをわかっているのか不安になった。けれどそれを素直に訊ねられるくらいなら、初めからお前に負けて悔しかったのだと謝罪している。



そして気が付いたら、学園最後の年になってしまった。






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