26匹目:あの日のアップルパイをもう1度 3
遅れたうえに今日も短いです。読みに来てくれてありがとう!
けれどジェマはまた別の話だ。
ジェマが唆さなければアンジェリカは黙って我慢を続けただろうし、ジェマが煽らなければ話し合うためにエリオットをぶん殴るという発想にも至らなかっただろう。エリオットとアンジェリカの婚約には様々な問題が絡んでいる。それで関係が成立しているのなら、アンジェリカは我慢を強いられることになったと思う。
ここで和解できなければ婚約解消などと言っていたけれど、それだって本当に解消できるか怪しいものだ。
大公令息と公爵令嬢の婚約だ。ジェマの暮らしていた田舎街の新聞でも取り上げられていたくらいの大ニュースだった。ただでさえ貴族の婚約はただの口約束ではない。持参金やら結納金やら、その他2人の婚約によって結ばれることになった契約や事業、多くの人間の未来まで背負っている。こんな子どもみたいな喧嘩で解消されてはたまらないだろう。
こんな、平民にも簡単に想像が付くことを、はたして優秀な公爵令嬢が一切予想していなかったなんてことがあるだろうか。
「和解できなければ解消」という選択肢が出てきてから、明らかに様子はおかしかった。しかしたとえ和解できなかったとしてもはいそうですかと解消できるほど軽い契約でないことは彼女も良く知っていることだ。
それに、この条件にはひとつ抜け穴がある。
「どうせ、アンジェリカ様は初めから別れるつもりなんてなかったでしょう。結局許すつもりならこんなことしなくても良かったじゃないですか。人のこと盛大に巻き込んでおいて、1人だけ被害者みたいな顔してるのが気に食わないなって」
実際に彼女たちが出した結論の通り、アンジェリカがすべてを許して黙れば良いのだ。
よく考えれば難しい問題など少しもない。アンジェリカの気分のみで決められる問題だったのだ。アンジェリカの婿候補よりエリオットの婿入り先の方がずっと少ない。ましてやエリオットのアンジェリカに対する態度は幼子の八つ当たりのようなものだ。これまでにも暴力を振るったり危害を加えようとしたことは1度もないと聞く。
アンジェリカさえ我慢できるなら、エリオットの気持ちはどうにでもなっただろう。
このお茶会を開く前にジェマはアンジェリカにしっかりと伝えた。婚約者に言いたいことをきちんと考えてこい。ただ殴るだけなら家で勝手にやれ、と。
それなのにアンジェリカは、毒を盛ったと嘘を吐き――ただぶん殴っただけで何の話し合いもせずに許してしまった。
それで良いならジェマを巻き込まず家でやってくれとちゃんとお願いしたのに。
「ごめんなさいね、ではわたしは許しませんよ。平民に開かせたお茶会で大公令息に『毒を盛った』なんて質の悪い冗談言ったり、エリオット様がちゃんと結論を出す前にリリアンを許しちゃったり。そうするつもりだったんなら、初めから全部自己責任でおやりなさいよ」
どれだけドキドキさせられたと思っているのだ。
アンジェリカは真面目で優しいけれど、これだけ多くの人を振り回して平然としていられるところはやはり公爵令嬢だ。




