26匹目:あの日のアップルパイをもう1度 1
随分前から東屋の外で待機していたプロの警備員にリリアンが引き渡された。ベルノルトの態度からして、学内で目立たないよう変装した騎士なのだろう。主家のお嬢様に危害を加えようとしたリリアンのことも丁寧に連行していった。
彼らが出入りするのと同時に冷たい空気が入り込み、ジェマはふるりと身を震わせる。
人の感情なんてままならないものだ。もう何がどうなってどこに着地したのだかよくわからなくなっている。少なくともジェマが思い描いていたスッキリと気持ちの良い終わり方ではなくて、なんともまぁモヤモヤする終わり方である。
今の気持ちを一言で表すとしたら、それで良いなら最初からそうしろよ、だ。
恋に悩む乙女なんて皆そんなものかもしれないが、ぐるぐると悩んで転びかけて挙句変な方向へ突っ走ったアンジェリカに振り回されただけという結果になった。だから余計なアドバイスなんてしないで、美味しいお菓子を食べながらただ黙って話を聴いていれば良かったのだ。
今更後悔しても遅いが、なんとかアシュダートン伯爵家を巻き込んでジェマが罰せられる最悪の事態は回避できただろうか。
どうせアンジェリカとの付き合いなんてあと数ヶ月の話だ。そんな風に油断していたから、本来は慎重に言葉を選ばなければならない相手に対してつい口が滑るという大事故を引き起こした。
しかしそれもアンジェリカが正常な判断力を有していればこんな事態には陥らなかった。ジェマの最大の間違いは、完璧令嬢がまともだと誤認したこと。彼女が追い詰められていなければ受け入れられることのなかった提案が、まるっと全部採用されてしまうなんて誰が予想しただろうか。
リリアンを助けようと動いたアンジェリカは、きっとほんのり眉を下げていつもよりちょっとだけ固く結んだ唇に力を入れている。
最終的にリリアンの味方でいたのは、敵であるはずのアンジェリカだけだったということがなんとも複雑な気分にさせる。もともとこのお茶会にリリアンの味方なんて呼んでいないのだから孤立するのは当たり前だが、アンジェリカが面倒を見ようとするとは思わなかった。
アンジェリカは特別悪いことをしたわけではない。できることは多くあったし、彼女にしかできないこともたくさんあった。
エリオットの婚約者であり、女子生徒の中で1番地位の高い公爵令嬢のアンジェリカの言動は高い影響力がある。もしアンジェリカが適切に対処していれば、ここまでの騒動にはならなかったのだ。
けれど何もしなかったからと言って責められる謂れもない。
アンジェリカ自ら問題を起こしていたわけではないのだ。「浮気される方にも問題がある」なんて馬鹿なことを言う輩のことは無視していれば良い。
本人が言ったような白花会会長としての責任なんて微々たるものだ。そもそも白花会は相互協力体制を築くことが目的であって、高位貴族が下位貴族を統制するための組織ではない。リリアンのように有難い忠告や指導に耳を傾けようともしないはねっかえりの問題行動の責任まで負わせられない。
学園を出てしまえば、リリアンたちのような問題児はさくっと切り捨てられて終わりだ。白花会には生徒に罰則を与える権限もない。リリアンの言動の責任をアンジェリカが負う必要はないのだ。
エリオットについてもそうだ。多少は婚約者として連帯責任を負う場合もあるだろうが、エリオットだって幼子ではないのだ。ましてやこちらもアンジェリカの忠告に聞く耳を持たないタイプの問題児。もともとの力関係も明確にアンジェリカが上に立っているわけでもなく、地位が上のエリオットを制御できなかったとてアンジェリカに責任が生じるとも思わない。
最初にこの東屋で話をしたときから思っていた。アンジェリカは少々自己犠牲が過ぎるところがある。
色んな気持ちを押し殺して微笑むことが癖になっているのかもしれない。どれだけジェマが唆そうとしても一切心のうちを語ろうとしなかったアンジェリカの気持ちなんてわからないしもうどうでもいい。けれどあそこまでいくといっそ迷惑だ。
いまいち解決したように見えないのは、特別罪を犯したわけでもないアンジェリカが引くほどの自己犠牲精神を発揮したせいだろう。
「ごめんなさいね、ジェマちゃん。結局こんなことになってしまって」
「……んやそれは良いですけど。アンジェリカ様たちがそれで良いなら、別に、うん。わたしには関係ないですし」
いや関係ないとまでは言えないが、ジェマが必死で頭を悩ませたって最後に結論を出せるのはジェマではない。アンジェリカたち3人の人生なんて背負うつもりはない。彼女たちが納得できる結論に至ったのであればそれで良いのだ。たぶん。




