25匹目:チーズケーキはあんまり好きじゃない 9
「結果的にそうなってしまったことは、本当に申し訳ないと思っているわ。わたくしはエリオットの婚約者としても白花会の会長としても、きちんとあなたに指導しなければならない立場にあったというのに。結論を出すことを先延ばしにしてしまったから、あなたからも逃げることになってしまった。……わたくしたちは、きっともっと早くにきちんと話し合うべきだったのだわ」
なぜ公爵令嬢が身の程知らずで馬鹿な男爵令嬢のメンタルケアまでしてやらなければならないのか疑問は残るが、アンジェリカ本人がそう答えを出したのならそれで良いのだろう。
さくりと舌触り滑らかなクッキーを食み、ジェマはとっくに茶番劇と化した3人のやり取りに耳を傾けていた。ジェマの席からは誰の表情も見えないが、声色から感情は想像が付く。
逃げるか真摯に向き合うかの2択しかない真面目な公爵令嬢は、ただ少し不器用で恋に臆病だっただけで良い人ではある。公爵令嬢でありながらも白花会員として下位貴族だけでなく平民の生徒にまで親身になってくれるような人だ。エリオットとの恋物語がまとまった今、リリアンに対しても隔意なく面倒見の良さを発揮し始めた。それを発揮する必要性があるかどうかは知らないが。
いつまでもうじうじと結論を出そうとしないアンジェリカに苛立ち、3人ともに責任があると言った。しかしそれは白花会を持ち出してまでアンジェリカに責任を負わせようとしたわけではない。
そこまで気負わなくったっていいのになぁと他人事のように思いながら、ジェマはティーカップを傾けた。
中途半端に警告して放置したというのは悪手だったとは思うが、リリアンの行いの責任はリリアンが取るべきだ。なぜあそこまで夢中になってはしゃいだのかは知らないけれど、ゲームという認識のもと長期にわたって高位貴族に迷惑をかけてきた。今リリアンがすべきことは、絶望することではなく反省して謝罪することである。
エリオットのせいでリリアンまで騙された被害者のような雰囲気になってはいるが、リリアンの方からエリオットに近付いたのだ。エリオットがアンジェリカへの当てつけのためにリリアンを引っかけたわけではない。
アンジェリカたちとは違って、リリアンには複雑な事情も何もない。ただ猛アタックした男の子にフラれただけ。しかも複数人に滅茶苦茶にちょっかいを出していたくせして、よくもあぁ被害者面して他人を責め立てることができたものだ。
だからリリアンへの1番良い対処法は黙って放置することだと言っているのに。
そんなに甘やかしてかまってやるなと教えてあげることすら面倒くさくて、ジェマはまたクッキーをひとかけら口に放り込んだ。
「けれどエリオットとの関係は置いておいても、あなたの言動は酷いものでした。作法もなっていなければ目上の相手に対する礼節も知らない。あなたはご自分が自己中心的な振る舞いが許される立場ではないことはわかっているかしら。それはたとえあなたが大公令息の恋人だったとしても変わらないわ」
「……は?」
いきなり説教を始めたアンジェリカに、リリアンが苛立ちの混ざった声を上げた。気持ちは理解できるが彼女はまだ拘束されていたはずだ。
以前から思ってはいたが、リリアンには本当に危機管理能力というものが欠如しているらしい。
「けれどあなたが誰の注意も受け付けなかったのは、エリオットと親しくなさっていたせいなのでしょう? もしわたくしがエリオットの軽率な行いを止められていたら、あなたの評判もここまで悪くはならなかったはずだわ」
「は……? だから何」
「だから、わたくしが責任をもってあなたの教育を行いますわ。卒業まで残り時間は少ないですけれど、多少はマシにできるでしょう」
ジェマはアンジェリカがうじうじし続けているのが面倒になっただけで、そこまでやれとは言っていないのに。
なんだかアンジェリカに軽い気持ちで言ったことがすべて大袈裟に捉えられてしまっている気がする。今更ではあるが、これからはもっと発言に気を付けよう。
空気を読まずさくさくと焼き菓子を齧りながら、1人納得して静かに頷いた。
「……は? こっからそうなる?」
ぴくりと耳を揺らして、聞き間違いかと思うほど小さなリリアンの呟きを拾った。まだ逆切れする元気があるのかといっそ感心したとき、ガンガンと何かを蹴りつける大きな音が響いてアンジェリカの困惑する声をかき消した。
「なんでよ! マジでバッドエンドじゃん……っ」




