25匹目:チーズケーキはあんまり好きじゃない 8
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開き直ったジェマがスイーツを頬張り紅茶を啜る音だけが鳴っていた。誰かの呆れたようなため息と、それに答えるように振られた尻尾が椅子を打った。もうすっかりこちらへ興味を失ったようなその音が妙に物悲しかった。
なぜジェマはリリアンの傍を離れたのだろうか。もうリリアンの攻略は失敗したと、もう何もできないとでも言うつもりなのか。
なぜ。なぜうまくいかなかったのだろう。何がいけなかったのだろう。モブ如きが調子に乗ってヒロインぶった行動をしたのが悪かったとでもいうのか。
「うまく行ってたと思ってたのに、これまでのことは全部演技だったってこと?」
顔を上げることもできず、リリアンは呆然と呟いた。これではリリアンが演じていたのはヒロインなどではない。
ただの道化ではないか。
まるで顔面を思い切り殴り飛ばされたかのような衝撃と痛みに、ただ俯くしかなかった。これまでの努力が水の泡どころの話ではない。初めから、リリアンには何もなかった。
都合の悪い現実を見て見ぬフリして、都合の良い夢ばかりを見続けてきた罰がこれか。
ヒロインを奪い取ったことについてジェマから恨まれることは想像の範囲内だった。けれどジェマは1度たりともヒロインを夢見るようなことも、リリアンに対する恨み言も言わなかった。だから許されているだろうなんて、そこまで自分にだけ都合の良いことを言うつもりはない。でもこんな晒し上げるような復讐をされるほどに恨まれているなんて。
リリアンは『星降る夜に捕まえて』が大好きだった。乙女ゲームというジャンルが好きだったわけではない。『星降る夜に捕まえて』というゲームが好きだったのだ。
攻略対象全員の全ルートを攻略して、1番の推しだったシリルのルートはバッドエンドも含めて5周した。攻略ブログを付けていたこともあって、選択肢からストーリーにも好感度にも影響しないちょっとしたセリフまでそのほとんどを覚えている。
けれど乙女ゲームで攻略できるのは攻略対象のみ。主人公はもちろんヒロインだ。ファンブックまで読み込んだリリアンも、ヒロインの攻略方法だけはわからなかった。
ヒロインが何を好み、何を望んでいるか。どうしたら好感度が上がり、下がるのか。
『星降る夜に捕まえて』のヒロインとは似て否なるジェマが、何を考えているのか。
ただでさえゲームのヒロインとは異なる要素の多いジェマからヒロイン役を奪い取った挙句、好感度を上げるなんてことが本当にできるのか。何度も悩んだけれど、でもそれ以外に1周目で隠しキャラを引っ張り出す方法が思いつかなかった――なんて言い訳だ。
ただ、不安だっただけ。
ゲームに熱中するにはジェマの存在が邪魔だった。自分の知らないところで攻略を進めていたらどうしよう。恨まれて報復されたらどうしよう。考えれば考えるほど不安は膨れ上がり、どれだけ無視をされてもジェマの元へ通うのをやめられなかったのだ。少しでもジェマのことを知ることができるところにいたかった。
でも結局何もわからなかった。
ジェマが何も語らなかったせいだけではない。ヒロインとは違うジェマをヒロインと重ねて見ていたせいで、現実のジェマのことがまったく見えなかった。
自分はジェマのことを何も知らない。
知ろうともしなかったのだから当たり前だ。けれど、そんな当たり前のことにリリアンは今気が付いた。
「そんなに嫌ってたなら、もっと早く言ってくれればよかったのに」
「嫌っていたわけでは……」
「なんでいまさら……。そこまで……わざわざ終わりまで待って……?」
ホシツカのゲーム期間は1年間。しかし入学してから1か月はチュートリアルで、ラストイベントは建国祭。建国祭のエスコートを申し込まれるかどうかでハッピーエンドかグッドエンドか判明する。冬季休暇後はハッピーエンドならラブラブ期間となり、グッドエンドなら交際許可を得るために奔走することとなる。バッドエンドならそもそも建国祭の話題が出た時点でフラれ、建国祭後は悪役令嬢に虐められながらみっちり教育を受けさせられる。
ゲームならば建国祭に至るまででどのエンドに向かっているのか想像が付くものだ。けれど現実の攻略対象たちは皆ちゃんとした貴族令息だった。
つまりは迷惑していたとしても、微笑んで紳士的に振舞うことができるのだ。ジェマはそれをわかっていて、1人で勘違いしてはしゃいでいたリリアンを放置していた。
「ひどい……っ。そこまでしなくったって……!!」
転生したとハッキリ自覚したあと、家族や友人のことは割り切ることができた。前世でも単身上京して1人暮らしをし始めてもう3年が経っていたから。そして高校時代の友人たちとも疎遠になり、暇と寂しさを持て余して始めたのが『星降る夜に捕まえて』だった。
おとぎ話のように可愛い街並み、使用人のいる豪邸、ちょっとレトロで可愛いファッション、美味しい食事、優しい両親に、魔法。
狭い1LDK のアパートで着古したジャージを着て憧れた世界が目の前に広がっていたことに気が付いたのは、リリアンとして生き始めて何年経ったころだっただろうか。
「……みんな、あたしのこと騙してたんだ。そっか、みんな。あたしだけはしゃいで……。あはは、馬鹿みたいじゃん、あたし」
ジェマのように落ち着いてなんていられなかった。テンションが上がってちょっとはしゃいでしまったことに何の罪があるというのか。




