25匹目:チーズケーキはあんまり好きじゃない 7
その後もヒロインのことを陰ながら観察し続けた。学園のこと、攻略対象者たちのことも調べて、ゲームとは異なる点が多いことに気が付いた。
まずゲームでは男爵令嬢だったヒロインが平民だった。しかし平民のヒロインには伯爵家の後見が付いている。
ゲームでは貴族になったばかりのヒロインは貴族令嬢とは名ばかりで、入学当時はカーテシーもままならず言葉遣いも平民感丸出しだった。けれど立派な伯爵家で教育やサポートを受けたリアルヒロインは、初めからいっぱしの貴族令嬢に見えた。
野良猫のような愛らしさを醸し出しつつも悪役令嬢にも注意されない程度に品のある振る舞いは、育成を頑張ったときのゲーム後半のヒロインによく似ていた。
それはまるで。
「うわぁチートヒロインか! やば!」
平民でありながら高位貴族並みの魔力量を持ち、15歳でマグワイア魔導学園の特進科に入学した天才。幼さと野暮ったさの残る容姿はそれでも人目を惹くほど愛らしく、にこにこしながらお菓子を食べているその幸せそうな姿は学園内でも評判になるほどだ。
しかしその愛らしさを利用して近付くのは女子生徒のみ。しかも相手は高位貴族に限定することなく、食堂ではよく平民の生徒に混ざって昼食を取っている。異性にはその愛らしい笑みを向けることすら少なく、卒なく立ち回ってはつれなく逃げてしまう。
そこがまた愛らしいが、野良猫を無理やり捕まえるのも品がない。なんて男子生徒が冗談半分に話しているのを聞いた。
馬鹿正直に高位貴族に噛みつくあるある主人公だったゲームのヒロインよりも、ジェマ・セネットは誰からも好かれる素晴らしきヒロインだった。
ゲーム開始時から周囲の反感を買いまくり、わざわざ公爵令嬢が教育係になるほどの礼儀知らずだったゲームのヒロインとは大違いだ。カーテシーどころか真っすぐに立つ方法すら知らなかったヒロインの態度は、きちんと育成をしていかなければ攻略対象者たちの好感度が上がらないほど酷いものだったのに。
『あのさぁ。いくら学園内だからって、最低限の礼儀くらい守ってくれる?』
スンと表情を無くしたルシアンからそう吐き捨てられたとき、ふっととある記憶が蘇った。
ルシアンのそのセリフは、ゲームでヒロインに向けられたものだった。奇しくもその場所はヒロインとルシアンが出会った図書室の隅で。だからこそリリアンは思ってしまった。
「貴族になったばっかりの男爵令嬢でピンク色の髪で水色の目の新入生っていうのはあたしもおんなじだし……」
もしかしたら自分にもできるかもしれない。むしろ下手にチートをしている正ヒロインよりも、リリアンの方がヒロインに向いているのではないか。そんな風に思ってしまった。
それが、そんなに悪いことだったのだろうか。
『ねぇあなた。『星降る夜に捕まえて』ってご存じ?』
キョトンとした顔で振り向いたあと、警戒して尻尾を逆立てた子猫はやはり可愛かった。
この2カ月、リリアンもメイドに手伝ってもらって自分磨きを頑張った。父親に頼み込んで礼儀作法の家庭教師も付けてもらい、肌も髪もさらに磨いてネイルやメイク、小物の1つに至るまでこだわるようになった。
それでも天然ヒロインには勝ったと思えなかった。けれど自信は付いた。思い切って口の端を吊り上げくすくすと笑う。
警戒するジェマは表情を消して後ずさった。ぐっと唇を結び、リリアンとは目も合わせようとしない。
女子生徒相手には礼儀正しくいつもにこにこしているというのに、『星降る夜に捕まえて』の名前を出しただけでこの反応。予想は確信へと至り堪えきれずに零れたリリアンの笑みに、ジェマはまた嫌そうな顔をした。
『あは。やっぱり! あなたは知っていて乙女ゲームから逃げているのね? そうなのね! 趣味は悪いし理解もできないけれど、大丈夫よ。安心して。私ならあなたになれるから!』
やはりジェマにはゲームを全うする意思はない。ゲームの知識があってヒロインとして生まれて、なぜそれを放棄しようとするのかリリアンには理解ができない。
個人的な好みは別としても、将来有望な高位貴族と結ばれれば、今世の人生では勝ち組だ。しかも攻略できる手順を知っているのだ。やり方さえ間違えなければ成功が確約されている。まだ1年生の今、無理に婚約を決める必要はないけれど、打てる手は打っておいて損はないだろうに。
ゲームと違って現実では、いつまでに誰を攻略するか選ばなければならないなんて制限はない。2周目でなくても隠しキャラを攻略できる可能性もあるし、逆ハールートでなくとも数人を同時攻略することは可能だろう。
だってコレが現実なのだから、すべては自分自身の努力次第でなんとでもできるだろう。
リリアンがヒロインでなかったとしても。
やり方さえ間違わなければ。




