25匹目:チーズケーキはあんまり好きじゃない 5
超エリート校のマグワイア魔導学園に入学するのはとても大変だった。人生2周目のリリアンでもあれだけキツかったのだ。前世の記憶もなく、ただの子どもであるのに自分よりも優秀な成績で入学した多くの同級生たちを心から尊敬する。
前世は特にやりたいこともどうしても入りたい学校もなくて、ランクを落とした安全圏の大学に推薦入学した。高校も同じように適当に楽に入れる学校を選んだので、2度の人生の中で初めての受験勉強だった。
ファンタジーな世界に興奮して幼いころから頑張ったのが役に立った。それでも大変だったこの3年間のことを思い出し、疲労と達成感で舞い上がっていた。
ましてや、リリアンにはマグワイア魔導学園という単語に聞き覚えがあった。
「いやいやいや。そんなラノベみたいな展開あるわけないし。そもそもあたし猫獣人でもないし。てことはつまりヒロインじゃないし? いくらパパが男爵になったからって高位貴族を攻略とか無理じゃん? ゲームに関わることすら無理っしょ……」
笑い飛ばそうとして失敗して、リリアンは前髪をぐしゃぐしゃと搔きまわした。
前世よりも柔らかく細い髪は、前世では人工的に染めないとあり得ないパステルピンク。前世では面倒でロングボブくらいに切りそろえていた髪も、今では世話焼きなメイドが手伝ってくれるおかげでつやつやのとぅるとぅるだ。乱れた髪を手櫛で直しながら、肩から滑り落ちたピンク色の髪を撫でた。
ニキビなんてほとんどできない真っ白でもちもちな卵肌に、アイプチもカラコンもいらないぱっちり大きな水色の目。前世で憧れた女の子らしい小さな体で、爪の先まで磨く余裕のある裕福な家に生まれた。
前世の記憶に引っ張られず、余計な夢を見なければ平民としては勝ち組の人生を歩めるはずだ。叙爵された父の元へはリリアン宛ての釣書も多く届いているという。
しかし残念ながら、リリアンの魔力量はたいした量ではなかった。悪くはないが良くもないといったところで、とても物語のヒロインになれるような特殊さはない。
そう、今世のリリアンには特別目立つような要素は1つもなかった。
ピンク色の髪も今世ではちらほら見かけるし、ただのヒューマンで身体的な特徴もない。物語のヒロインたちのようなチートもなければ、前世の知識を生かした発明ができる賢さも、高位貴族に目をかけてもらえるような美しさもない。
ピンク色の髪に水色の瞳で低身長。ストレート合格できれば【星降る夜に捕まえて】のヒロインと同じ年に入学できるが、ヒロインと同じ特進科には入学どころか受験もできなかった。夜更かしして肌荒れするくらい勉強をしても、適性のある治癒魔術科に入るのが精一杯だった。
だから、もう自分は乙女ゲームには関われない。モブにすらなれずに、遠くから眺めるしかないのだと思っていた。
大好きなキャラたちと同じ学園に通うことで満足するしかない。普通に生きていたら絶対に叶わなかった聖地巡礼ができるというだけで満足するべきなのだ。
そう思っていた。
まだ授業という授業もなく楽しいばかりの1日を過ごした放課後。自分と似たピンク色の髪の女子生徒を見かけて、リリアンの心臓は飛び跳ねた。痛いくらいに高鳴った胸を抑えて、そっとその女子生徒の後を追いかける。
猫に似た耳をぴこぴこと揺らし、楽しそうに尻尾を振りながら学内を練り歩いた彼女は、ホシツカの聖地巡礼をするかのごとくイベント場所を回っていった。
色々な場所をうろうろとしていたヒロインは、サポートキャラに子猫のように取っ捕まってカフェテリアに連行されていった。
「もしかして、これってホシツカのチュートリアル……!?」
そこからの流れは盗み聞きをしなくてもわかる。
サポートキャラは同じクラスの伯爵令嬢で、貴族になったばかりのヒロインを気にかけて貴族令嬢としての過ごし方や高位貴族との関わり方などを教えてくれるのだ。そこで注意事項として攻略対象たちのことを教わる。そして先ほどの校舎巡りで出会ったイケメンたちが、サポートキャラ曰く要注意人物だと知り驚愕する。
入学早々高位貴族に目を付けられてしまって『これからどうしよう~っ』というところでチュートリアルの第一段階が終わる。
ゲームから抜け出してきたかのような可愛いヒロインに、リリアンの目は釘付けになった。今世の自分もなかなか可愛いと思っていたけれど、あの子猫のような愛らしさには叶わない。
けれど。もしかしたら。
「もっと自分磨き頑張ったら、あたしも……」
攻略対象者たちへの態度がゲームとは少し違う気がした。
現実にいたらイライラするだろうなと思うような典型的良い子ちゃんヒロインだったのに、リアルのヒロインはちょっとだけ愛想が悪かったのだ。しかしサポートキャラや女子生徒たちに対しては、ゲームと同じくにこにこして尻尾をゆらゆらと揺らした人懐っこい子猫だった。
「もしリアルヒロインが男性嫌いとかだったら、譲ってくれちゃったりしたりするかもってこと!?」
そんな風に勘違いして、調子に乗らなければ良かったのだろうか。




