5匹目:甘い毒とシュークリーム 3
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読んでくれている人ありがとう!
ギリギリ次のストックが間に合ったから毎日投稿続けられそうだよ~!
将来有望な騎士見習いは、しょんぼりしていても姿勢は崩さないらしい。
代わりに手持ち無沙汰そうにティーカップを何度も口へ運び、さわさわと揺れる木々をぼんやり見つめている。
しかし、タイミング悪く1口大のマドレーヌを口に入れてしまったジェマは喋れない。
まあ疲れたときには、ぼーっと綺麗な景色を観て眺めるだけの時間が合っても良いだろう。1人で頷いて、思っていたより少し大きかったマドレーヌをむぐむぐと咀嚼する。
この菓子店はバターとミルクにこだわっていて、特に焼き菓子が美味しいらしいとは聞いていた。噂に違わぬ――いや、噂以上の味だ。
お土産のシュークリームまで貰ってしまったことだし、もう少し親身になってもバチは当たらないだろう。
存分に味わってマドレーヌを飲み込み、わざとかちゃりと音を立ててカップを持ち上げた。それにサッとベルノルトの意識もジェマへ向けられた。
ふぅと息を吐いて顔を上げる。
「アンジェリカ様の婚約話については存じませんが、ランズベリー嬢については白花会でのサポートを止める方向で動くようですよ。ランズベリー嬢だけじゃなくて、態度が酷い人全員」
「そうなのか。それでエリオット様にも近付かれなくなったのだろうか」
「……彼の問題行動がランズベリー嬢に関わることだけならそうなんじゃないですか?」
「なるほど、君は婚約に関することは知らないんだったな」
ジェマが言い淀む内容まであっさり看破して頷くベルノルトは、主人の失態についてきちんと理解しているようだ。
なんとなく居心地が悪くなって、心の中で誰にともなくペッと唾を吐く。
ジェマの立場では、間違っても無責任に「お前の主人見限られそうだぞ」とは言えないのだ。察することができないお馬鹿さんかと思って油断していたが、ただ色恋に関して鈍感なだけのようだ。
それはそれで現在進行形で色恋に狂っているアホとの相性は悪い気もするが、放置されていて良いのだろうか。
まあいいかとミルクティーを啜る。
「とにかく、あなたもランズベリー嬢に入れ込んでいる阿呆認定されている可能性が高いので、家族かアンジェリカ様に相談した方が良いですよ」
「わかった。とりあえず今日母上に相談してみよう」
「それが良いと思います。あと、ランズベリー嬢は現状、理解しようとか間違えを正そうとか努力しても無駄な相手ですので、話したくなければ話さなくて良いと思います。というより頑張って関わるだけ損している節があるので、それに関してもお母さまにご相談されるのをおすすめします」
「いや、しかしこのまま誤解を解かないというのも……」
素直すぎて可哀想になってくる。これではさぞリリアンとの話はかみ合わなかっただろう。きっと『悲恋の騎士』などと言われても、きちんと反論していたのだろう。
とはいえ『悲恋の騎士』の話は質が悪い。最悪ベルノルトの騎士としての未来が潰されるくらいの悪質さだ。
リリアンや平民、下位貴族令嬢が「ロマンチックよねぇ」などと言っているのを聞いたことがある。けれど現実的には、主君の婚約者に想いを寄せる騎士など要らんというのがまともな貴族の感覚らしい。
シュークリームと焼き菓子も全部美味しいから仕方がない。できる範囲で味方をしてやろう。
ピンク色のメレンゲクッキーを1つ口に放り込み、キッと目に力を入れる。ベルノルトが目を丸くしているが気にしない。ジェマは美味しいお菓子とリリアンの被害者には弱かった。
「『悲恋の騎士』の噂はわたしの方で対処しておきます。今回の話の分はシュークリーム、噂の対処は焼き菓子で十分ですので。というか持って来すぎです。なんならこの焼き菓子の小袋2つくらいでも良かったくらいです」
バスケットを開けた瞬間にテンションが爆上がりして『全部食べて良いか』と尋ね、すでに全部の袋を開けて1つずつ味見している自分のことをすっかり棚に上げている。
「それでは、『悲恋の騎士』の噂を否定するための力強い根拠が欲しいので、さっきポロっと零した可愛い人のことについて詳しく教えてください」
「いやいや待て待て待て! どうしてそうなる!」
「アンジェリカ様のことは尊敬しているだけ、じゃ否定する材料としては弱すぎるんですよ」
「だからって別に彼女を巻き込む必要はないだろう!」
「巻き込みはしませんのでご安心ください。ランズベリー嬢に目を付けられたら危ないですからね」
新しい紅茶を注いでやりながら、どこの誰ですかと質問を重ねる。
これはただの好奇心ではないのだ。ベルノルトを救うためなのだ。さあ話したまえ、とキリっと表情を険しくしながらパウンドケーキをぱくりと齧る。思わず口元が緩みそうになるが、気合を入れて睨みつける。
ベルノルトはあたふたと紅茶を啜って誤魔化そうとしたが、すぐに紅茶を飲み干してしまったらしい。小さくため息を吐いて、とうとう観念した。
「…………名前は聞いてない。その菓子を買うために店に行ったときにたまたま出会っただけで、別に恋だとかそういうわけではなくてだな」
「ほほう。この店なら貴族令嬢でしょうか」
「おそらくは。あちらは俺のことを知っていたらしい。それに学園の生徒だと聞いた」
それならジェマにも探せそうだ。いや、探しだしたところで、今どうにかしてしまってリリアンのための加害者に選ばれてしまったら申し訳ない。それにジェマは政治的な事情などもわからないので、安易に紹介するとも言えないので安心してほしい。
「その、少しふくよかな方でな。でもとても笑い方が柔らかくて、話し方も穏やかで、話していてとても楽し――待て。違うと言っているだろう。にこにこするな。探そうなどとするなよ。別にそんなお節介はいらないからな!」
ジェマは自分の恋愛にはあまり興味がないが、人の恋バナを聞くのは結構好きだ。幸せそうな人の話を聞くと無意識ににこにこしてしまう。美味しいお茶請けがあればなお良し。
両手でわざとらしくぐにぐにと表情を戻し、ジェマは小さく謝罪する。
「大丈夫ですよ、本当にやりませんって。でもお母さまに話すときにも、アンジェリカ様でもランズベリー嬢でもない人みたいな人が好みかもしれないと付け加えたら、一気に信憑性増しますよ」
ベルノルトはぐっと言葉を呑み、彼女を特定できそうな外見の特徴や、店に行った時間帯などを白状する。真っ赤な顔でそわそわと何度も髪を撫でつけているので、そっと甘さ控えめのバタークッキーを差し出した。
「よし。まあこれだけあれば特定できそうです。でも相手には迷惑をかけないようにしますのでご安心ください。まだ別に恋と決まったわけでもないですもんね。可愛い=好きじゃないですしね」
彼女の客観的な特徴とベルノルトが可愛いと思ったところが半々程度になったメモを見て、うむうむと頷いた。
ベルノルトは倒れるのではないかと思うくらい顔が真っ赤になっている。氷を入れたアイスティーを出してみると、もうすっかり肌寒いというのにぐいっと一気に飲み干した。
とりあえず今日は叱られるのを覚悟でお母さんに相談しなさいと言って立ち上がった。片付けのためにベルノルトを立たせたら、ゆでだこのようになっているベルノルトはふらふらと足元も覚束ない。
確かに必要性はあったがやりすぎたかもしれない。
好奇心より申し訳無さが勝って、お茶とお茶菓子を用意してベルノルトと一緒に東屋に置いてきた。
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