前編
ごめんなさい。
入力間違えしてました。
もう一度お願いします。
出歩くにはもってこいの日和に私は、友と出掛けることに。
私はそこで、銀色に光るラジオカセットに魅せられた。
友人と一緒に入った中古販売店には数々の古物が、溢れていた。
何十年経つであろうかと思わされる古びた品からまだ真新しい品まで。どれもが何らかの理由で主人をなくしたものばかりである。
その中にひっそりと佇む銀のラジオカセット。
数多く並ぶ商品の中、なぜか目が離せない。
私が知る年代デッキにしては珍しく小ぶりな。ついかわいいと思い、魅入ってしまうが果たして原因はそれだけなのか。
「なんだよ。そんな物よりコレどうよ」
友が呆れた口調で私に言った。
友はここにギターを求めにやってきた。
大学で音楽サークルを開く同い年、背格好の良いこの男はギターが似合う。だからライブなどを開き自分自身を見せびらかせてたのだが、つい先日、音を奏でる相棒を叩き割ってしまったのだ。
「で、どう? コレ」
「良いんじゃない? まだ新しめっぽいし、手に馴染みそうなら」
ギャーン。
指でかき鳴らし、納得すると嬉しそうにレジへと品を抱えて行きやがった。オーディオコーナーにいる私を残して。
高い品が安く買えてよかったな。
楽器を手にし、レジに並ぶ背中は喜んでるように見え、私は微笑んだ。店員とあいつの会話を耳にし、私はまた気になる商品へ眼を戻す。
メガネをかけ、普通そこそこの私の顔が、ラジオの狭い銀の取っ手に反射した。
「買うのか?」
金を払い終え、私の横に並ぶ友は訊ねた。
「いや見てただけだ、もう行こうか」
私は視線を出口にやり、友の背をすぅと押し導線を外へ向かわせた。意気揚々と私の横を歩くそいつは、背中のケースを持ち直す。
「付き合ってもらったお礼にコーヒー奢る」
だが、奴の魂胆は見え見えだ。
「ふふ、そう言って茶をしばく知り合いにそれを見せびらかすんだろう?」
「ご名答、行き先も」
「君の好きなジャズ喫茶。いいよ、奢られてやるからそこで存分に弾きなよ。それを」
ヤツはギターケースを軽くポンと叩き、嬉しそうに歩いた。軽い足取りを見せられ、こっちまで楽しくなった。
コイツのこういう素直なとこが好きで連んでる。もう何年かな?
カララァン
喫茶店の扉が開くたびに響く、鈴の音。
和モダン造りで気に入る店のBGMには、ジャズが似合う。
良い雰囲気のたまり場だ。
高校受験の疲れの合間に立ち寄っただけの店だったが、今ではすっかり常連だ。あいつも同じで憩いに利用していたが、一つ違うところがあるとすれば流れるギター音に魅入られたことだ。
そして自分のお飾りにしてしまった。
月何回か催されるジャズやオリジナルバンドも私達は大好きだ。
時が経ち、気がつけばあいつも立派な一員。月三回はサークル仲間をここでお披露目。
その度私は付き合わされるが、自身のことのように嬉しく、気分は毎回跳ね上がる。
今日もそのはずだった。
ギターの弦が幾つもの和音を織り、店内に響かせ私はゆるり。珈琲をスプーンで波立て濃厚な香りを泳がし鼻で嗅ぎ、満足していた。
優しい音色と一杯に身を委ね、心地良さに酔いしれていると耳に小さなノイズが走った。
?
私は少し気に留めるも、楽しい時間に戻ることにした。そんな音よりこちらの方が大事であったから。
音が止んだ。
私はゆっくりと瞼を開いた。そんな私をある痛さが襲う。鼻がキュッとなった上に呼吸ができない。肌に触れる感触を力いっぱい叩いた。
息が詰まった原因は、友の指だった。
「ああ、ごめん。気になって鼻を抓んだんだ、大丈夫か?」
おかしなことを訊ねるもんだ。
何故そのようなことを訊くのかと友人の顔を見やると、おかしな返答をされた。
「手がダイヤルを回す動きをしていた」
「ダイヤル?」
「金庫かチューナーを弄る指の動きをさせていた。寝ているのは遠目からでも窺えたが何もないモノを手探るんだ。キモいだろう」
「! 確かに」
私は寝ていたのか?
「あそこにいる連中も心配してたぞ」
友人はギター仲間を指差した。
私はチラリと集団に視線をおいた。眼が交わると弦を触れていた皆の指は止まり、手は大きく振られた。
おずおずと手を振りかえし、顔を元に戻した。
「心配かけたようで」
「おう。夢?」
訊かれ思い返し、耳に入ったノイズを思い出した。
「そう天気予報が流れてた」
「天気?」
そうだ。私は寝ていたんだ。夢であのラジカセが出てきて、チューナーを合わせ音を聴いてたんだ。
「ラジオだよ、『今から大雨でしょう』って」
私が言葉を零した瞬間、窓の外は轟音を撒き散らした。
先ほどまで晴れていた空は、ジャジャ降りの水で賑わう。
「おお、何スマホでも見たの。的中じゃん。傘ねぇ〜よ」
私を心配したヤツは話を疎かに聞き、ギターを強く握った。
私の顔色、口調、容態を確認し勝手に頷き、気が合う場所へと戻っていきやがった。
心配はどこへやら。私は友人を見つめ、ため息を大きく吐いた。
先ほどの夢を、じっとりと反芻した。
私ではなく、あのラジオが囁いたんだ。
ジジッと耳にある不快感は消えない。
窓ガラスに滴る水を眺め、単なる夢だと納得させ、残された冷たい珈琲に手をつけた。
あいつは奥で気の合う仲間と自分に酔いしれていた。
窓は外気との温度差で曇り、私は白くなったガラスに落書きをして時間が過ぎるのを待った。
雨は続く。
降り注いだ水は止むことなく大音量を立て、夜もはしゃぎ続けた。
うるさいなと思いながら、布団に入った。あいつは帰り際にマスターから大きなビニールをもらいギターケースにくくりつけ、文句を言いながら走って行ったが大丈夫だったろうか。
心配し携帯を取るも、まぁいいかと枕元に戻し置き、眠ることにした。
瞼に焼き付いた、あいつの姿が忘れられない。
そのせいだろうか? 夢に現れた。
ジャギャラー〜ーン。
ギターを奏でる人物の横には銀のラジオが置いてあった。何回もキュルキュルとカセットを巻かせ、動きが止まるとまた繰り返す。
目が覚めるまで繰り返された。
一連の流れが止まないラジカセと弦の奏そう。
朝起きて、顔を洗う私は眼の下にあるクマに驚いた。
きちんと寝れなかった苛立ちもさることながら、夢の内容にもムカついた。
何だったんだ? うるさい夢だった。
単に夢見が悪かっただけだ、と思うことにした。
あれから一週間。
毎夜、付き合わされる騒音に耐えれなくなった私は友に相談をした。
例の茶店で真剣に話す私をヤツは、笑う。
「そんなの気のせいでしょう、今日からは普通かもよ」
「そうだ……な」
相談が終え、安堵する私は友の横に置かれたケースを睨め付け、咳払いをした。
「今日もいい?」
「いいも何もそのつもりだろうよ、まったく」
ゆったりと好きな時間が流れるはずだった。
眼を閉じた途端、銀色の物体が現れた。今回はきちんと耳に残る音を繰り広げた。
ラジオのダイヤルを回し、天気を聴く私なのだが喋る聲が雀のようにかわいい。場所は暖かい部屋、優しい音色に溢れ、カセットを出し入れた直後私が言う。
『今から水が降ってくるから気をつけて』
ぼやける景色の中、響く声に導かれ眼を開けた。ぼんやりした空気の中、澱みなく流れる珈琲の香りが鼻につく。「今から?」考え中の私に友の言葉が耳に入ってきた。
「おいっ」
「!!!!!」
意識を起こされた私は次の光景に、さらにビビった。
『水が降る』夢の中の言葉通り、友人目掛けコップの水が降ってきた。私は急いで友人に被さった。
私はそいつとギターの代わりに水を浴びてしまう。背中に流れる冷たい感触を味わった直後、小鳥の聲で囁かれた。
『ほらね。でもギターが無事で良かった』
私は同じセリフをポロリ。
「ギターが無事で良かった」
「あっ、ありがとう。でもお前がマスター」
タオルをもらい、私の身体を拭く友人の姿が窓越しに写りこんだ。その横で銀が反射した。
私は驚いた。
この場にない物を窓は、写し出したんだ。
「お、おい」
「どうした?」
ガラスに写し出されたテーブルの上、ラジオの姿を確認した。
砂糖ポット、塩の小瓶、紙ナプキン。飲みかけの珈琲カップ。しかし眼にした物体はない!
テーブルを弄る私を、友人は訝しげに見た。
「大丈夫か?」
大丈夫ではなかった。
私は友人と別れ、晩ごはんを食べ終えゆっくり布団に潜る。
いい夢を見る予定がまた奇怪なラジオに付き合わされ、機器をいじる可愛い聲とカセットを回す怪奇音が頭で渦巻く。
キュルキュルという音が仕出し、可愛い鳥の囀り聲が何かを話す。
内容はきちんと聞き取れず、不快な謎を残し、毎晩続く夢に眼の下は青黒く腫れ上がってしまい。
どうすればいい?
模索する私はとうとう、倒れてしまった……。
倒れる最中、友人がいたような。しかもそいつの手には銀に輝く代物が見受けられた気が、した。
何にせよ今の私は目の前が暗く、景色は閉ざされてくだけであった。
ご迷惑おかけしました。
とんでもないことを。
こちら最初のくだりは「ラストホームズ」の飛鳥様にお手伝いしていただきました。
ご拝読ありがとうございます。