クラスメイトの美少女に彼氏として月一万で買われた
「おーい大地。助けてくれよ」
昼休み、購買に行こうとリュックから財布を探していると前の席の尾崎蓮が急に頭を下げてきた。
「なんだいきなり。要件を話せ」
「次の数学の小テストがやばいんだよ」
説明というにはあまりに雑だが大体は理解できた。数学の授業では復習のため毎回小テストが実施される。小テストは連続で赤点をとると補習に呼ばれることになる。この男は前回赤点をとり後がないのだろう。だから俺に縋りついてきたのだ。
「ご愁傷様。補習頑張ってくれ」
「冷たいなぁ。部活に遅れたくないんだよ。なんとかしてくれ」
「知らん。お前の怠慢が原因だろ」
部活一辺倒のこいつにとって部活に遅れることがどれほど辛いかは帰宅部の俺には予想がつかないがそれならばそもそもちゃんと予習してこいという話である。財布を取り出し購買に行こうとすると蓮に腕を掴まれた。
「おい、話は終わっただろ。離せ」
「これだけは使いたくなかったけどしょうがない」
蓮の表情は迷った末の苦渋の選択であることを物語っていた。
「何がだ」
「小テスト赤点回避させてくれたら昼飯奢ってやる」
「それを早く言え」
俺は蓮の手を振り払い自分の机に手を突っ込む。そして一冊のノートを取り出した。
「これは俺が数学の授業の要点をまとめたノートだ。付箋ついているところが今日の小テストで出るページだ。十分で教えてやるから死ぬ気で覚えろそれで受からないなら知らん」
「おお友よ」
こうして俺はきっかり十分で任務を終え蓮と共に購買に向かった。もう人気商品はなくなってしまっていたがタダで食えるなら贅沢は言うまい。俺は約束通り総菜パンとお茶を奢ってもらい教室に戻った。
「それにしても大地は金が絡むと急にやる気出すよな」
すっかり安心した顔になった蓮が昼食を食べながら話を振ってきた。
「俺みたいな貧乏学生にとって金がかかっているかいないかは天地の差だからな」
「俺が言うのもあれだけど金に釣られて悪い事するなよ」
「はいはい」
まあ友人の危機に付け込んで奢らせるのも悪事と言ってもいい気がするが黙っておこう。そうこうしているうちに昼食を食べ終え予習でもしようかと思っていると横に人の気配がしたのでそちらに目をやった。そうするとクラスメイトの金剛蒼がそこに立っていた。
「どうした金剛。なにかあったか」
「兼平君。今日の放課後時間ある?」
金剛とは二年生になってから初めて同じクラスになりそれから今日までの二週間話した記憶がない。その美貌故に多くの男子の注目の的であることは耳にしているがそれ以外はあまり知らない。そんな金剛が俺になぜ放課後の予定を聞く必要があるのだろうか。
「大丈夫だけど」
「良かったら授業終わってから体育館裏まで来てくれない?」
体育館裏で一体何をするのだろうか。正直面倒くさいから行きたくないが断る口実も思いつかない。せめてもの抵抗としてこの会話をすぐ終わらせることにした。
「いいけど」
「ありがとう。じゃあよろしくね」
そういうと金剛は微かに微笑んで自分の席に戻っていった。その笑みを見てこれは他の男どもが落ちるのも無理はないと思いつつ俺は予習を始めた。
そうして午後の授業を受けていると放課後になった。ちなみに蓮は数学の小テストを難なく突破し笑顔で
部活動に消えていった。俺も続くようにリュックに教科書やノートを詰め教室を出た。
体育館裏に到着するとそこには既に金剛が待っていた。教室を出る時金剛の姿がなかったのでおそらくいるのではないかと思っていたが。
「少し遅れた。待ったか?」
「ぜんぜん待ってないよ。来てくれてありがとう」
「でこんなとこまで呼んで用事はなんだ」
あれから考えたが正直なぜ呼ばれたのか予想がつかない。なんとなくだが面倒ごとな気がしている。
返答を待っていると金剛が口を開いた。
「兼平君。私と付き合ってくれない?」
「は?」
ついつい心の声が口から出てしまった。その美しさから男子どもから引く手あまたであろう金剛がわざわざなぜ俺を選ぶのか。罰ゲームの類かと思い周辺を見渡すが人の気配は感じられない。
「罰ゲームとかいたずらじゃないよ」
心を読まれてしまった。そんなに顔に出ていただろうか。ただ金剛のその告白した側にしては余裕がありすぎる表情からこれが普通の告白ではないことに気づいた。これで金剛がただの自信家だったら目も当てられないが。
「何が目的だ」
「やっぱ一筋縄じゃいかないか。分かった、理由話すね。私結構男子から告白されるの。それで高校入ってから一年間は我慢したんだけど正直断るのめんどくさくなっちゃって。それで彼氏作ったら告白されなくなるかなって思って」
モテる奴にはモテる奴なりの苦悩があるらしい。俺自身は全くモテないのであまり同情は出来ないが。ただその理由を聞いても疑問は残る。
「理由は分かったがどうして俺なんだ?金剛の告白断る奴なんかほとんどいないだろ」
別に金剛から告白されれば彼女持ち以外或いは彼女がいても大体の男はオッケーするだろう。それなのにわざわざ俺にする理由が分からない。
「兼平君って私に興味ないでしょ?そういう人って今まであまりいなかったから新鮮でさ。どうせ告白するなら目標が高い方が燃えるじゃん」
お前は登山家かと言いそうになるのをなんとか堪えた。金剛はどうやらチャレンジャー気質らしい。ただ俺は挑戦はしないたちなので金剛には諦めてもらおうとしよう。
「さっき金剛も言ってたけど俺は正直お前に興味がない。だから付き合おうとも思わない」
「私の告白断る人いないんじゃなかったの」
「ほとんどな。俺は数少ない例外だ」
それを聞くと金剛はプルプルと震えはじめた。最初はフラれたショックで泣いていると思ったがよく見ると笑いを堪えているようだ。
「何がおかしい」
「いや、兼平君は面白いなと思ってさ。予想はしてたけどほんとに断られるなんて」
「予想通りですまないな。じゃ俺帰るから」
そうして帰路につこうとすると金剛に腕を掴まれた。なんだか既視感のある光景だ。
「やっぱりこれを使わなきゃいけないか」
「もう話は終わっただろ。離してくれ」
「私と付き合ってくれたらお弁当作ってきてあげる」
まさか一日に二回も昼飯をだしにされるとは思わなかった。金剛が作ってくれる弁当この高校の男子ならいくら積んでも食べたいと思うだろう。俺としても女子の作る手料理に興味がないと言えば嘘になる。ただここで頷いてしまうと面倒ごとに巻き込まれることが確定してしまう。
「付き合うのと昼飯一食は流石に釣り合わないだろ」
「一回だけじゃないよ?私と付き合っているうちは平日は毎日お弁当作ってあげるよ」
前提が大きく狂わされてしまった。魅力的だった手作り弁当が平日は毎日作ってもらえるなら一食五百円だとすれば一か月で一万円ほど食費が浮くことになる。それは万年金欠の俺にとっては金剛と付き合うリスクを考えても余りあるリターンだ。
「そこまでして俺なんかと付き合いたいのか」
告白を断る理由もなくなってきたので俺に出来るのは皮肉っぽく返すことだけだ。金剛の方を見ると彼女は相変わらず笑みを崩していなかった。
「うん。そこまでする価値が私はあると思ってるから」
「物好きだな金剛は」
「初めて言われたかも。それで返事は?」
「……これからよろしく頼む」
「うん。よろしくね」
こうして俺と金剛の付き合いは始まった。なんだか上手く金剛に嵌められた気がするが背に腹は代えられないので仕方ない。これから金剛の彼氏になったせいで起こるであろう苦労を想像して俺は少しだけ胃が痛くなった。