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絶対勝ってくださいね 1

 上ノ原駅改札、朝、七時五十分。

 峯崎高校の制服を着た男子生徒三人組が現れる。

 福丸耀太先輩と柳楽進先輩と喜多川千翔先輩だ。


 今日も千翔先輩はふたりの後ろから、むすっとした顔で歩いてくる。

 あれ、今日はスマホいじってない。よかった。歩きスマホは危ないものね。


「おはようございます!」

「おはよー、瞳子ちゃん」

「瞳子ちゃん、今日もかわいいね」

「ありがとうございます」


 にこやかに微笑んでから、千翔先輩に声をかける。


「おはようございます! 千翔先輩!」


 千翔先輩はじろっとわたしを睨んだあと、わたしの横をなにも言わずに通り過ぎた。

 無視だ、無視。やばい。嬉しすぎて泣きそう。


「おい、千翔。挨拶くらいしたらどうなんだよ」

「そうそう、おまえ、瞳子ちゃんに冷たすぎるぞ?」


 千翔先輩はふたりの先輩のことも無視して、改札に向かっていく。

 その背中を見ていたら、つい涙があふれてきた。


「うわ、瞳子ちゃん、大丈夫?」

「千翔! おい! 瞳子ちゃん、泣いちゃったぞ!」

「あ、いえ、いいんです。この涙は……違うんです」

「違うって?」


 首をかしげた先輩たちに笑顔で答える。


「あまりにも千翔先輩が素敵すぎて、涙でちゃいました」


 えへっと笑ったら、先輩たちは顔を見合わせて苦笑いした。


「あのさぁ、瞳子ちゃん?」

「はい?」

「千翔のどこがいいの?」

「えっ」


 わたしは思わず飛び上がりそうなほど驚いた。いまさらそんな質問が飛んでくるとは思わなかったから。


「どこって……全部ですよ。朝から不機嫌そうなところも、わたしを無視するところも、すぐ『ちっ』って舌打ちするところも、あからさまにわたしの顔見て不機嫌になるところも……」

「はぁ……」


 先輩たちが呆れている。たぶん先輩たちにはわからないんだろう、千翔先輩の魅力が。

 でもわたしも、最初ホームで助けてもらったときは、ここまで千翔先輩の魅力はわからなかった。

 ただジャージを貸してくれた人に、どうしてもお礼をしたくて。


 同じ高校に入学して、千翔先輩を見つけ、ジャージを返しに行ったとき、先輩はわたしを見て顔をしかめた。

 なんだ、こいつって感じで。


 その顔を見た瞬間、胸がきゅーんってしびれて、どうしたらいいのかわからなくなった。

 こんな気持ちははじめてだった。元カレといても、こんな気持ちにはならなかった。


 そのときわたしは思ったんだ。

 この素敵な人を、幸せにしてあげたい。一生そばにいて、すべての不幸から守ってあげたい。それがわたしの見つけた「生きる意味」。


 時計を見たら、七時五十三分だった。


「あっ、千翔先輩、待ってくださーい! 今日もお弁当作ってきたんです!」


 わたしはふたりの先輩に「お先に」と告げて、千翔先輩を追いかける。

 改札を抜け、上りホームに出たところに、先輩が立っていた。


「あの、お弁当。いらなかったら、捨ててくれてけっこうですから」


 わたしは青い風呂敷に包まれたお弁当を先輩に差しだす。

 先輩は少し考え込んだあと、わたしの手からそれを受け取り、かわりに赤い風呂敷に包まれたものと、ピンクの水筒をよこした。


「昨日の弁当箱と水筒。ちゃんと洗ったから」

「えっ、わざわざ洗ってくれたんですか?」


 先輩がわたしの胸に赤い風呂敷を押しつける。わたしはそれを受け取り、笑顔で言う。


「今日もハンバーグ入れてあります」

「あのさ」

「はい?」

「たしかにおれはハンバーグが好きだけど……毎日入れなくてもいい」

「えっ、そうですか? じゃあ毎日はやめますね」


 先輩はそれ以上なにも言わずに、お弁当をリュックのなかに押し込んだ。

 ああ、食べてくれるんだ。今日も早起きしてよかった。


「あ、千翔先輩。明日の朝はここに来れないんですけど、お弁当は作ってくるので」


 先輩がじろっとわたしを睨む。ホームに電車が到着すると、アナウンスが流れる。


「……なんでだよ」


 そのアナウンスに交じって、先輩の声がした。


「明日は球技大会ですよ。うちのクラス、本番前の朝練があるんです。わたしはバスケなんですけど、先輩は……」

「サボる」

「え?」

「球技大会なんてだりーこと、やってられるか。おれは図書室で寝てる」


 意味がわからなかった。わたしがいままで生きてきた人生で、『球技大会をサボる』という選択肢はなかったから。


「ダメです!」


 わたしは千翔先輩の腕をつかんだ。先輩がぎょっとした顔で、わたしを見下ろす。


「サボるなんてダメです! 球技大会はスポーツを通して新しいクラスの仲間と絆を深めるという大事な学校行事で……」

「おれは仲間との絆なんて興味ねーんだよ」


 先輩はそう吐き捨てて、ちょうどやってきた電車に飛び乗る。


「先輩! 待ってください!」


 わたしも電車に乗って、先輩に駆け寄る。


「そんなこと言わないで、ちゃんと出てください。わたし応援に行きますからね?」

「応援なんていらねーって」

「先輩恥ずかしいんですか? みっともない姿をわたしに見られるのが」

「は?」


 顔をそむけていた先輩が、やっとこっちを向いた。


「みっともないって、なんだよ!」

「先輩、運動不足なので、まともに競技ができないと思って……あ、でも恥ずかしがることはありません。どんなへっぴり腰でも、わたし全力で先輩を応援させていただきます」

「うっせぇ! おれはできないんじゃなくて、やらないだけだ!」


 先輩が偉そうに言う。


「じゃあやりましょう。スポーツは身体にいいですし、仲間と協力してなにかを成し遂げるのは、楽しいですよ」


 千翔先輩は「ふんっ」とそっぽを向いて、それからひと言も話してくれなかった。

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