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いとしの千翔先輩 3

 授業が終わるとすぐに、あらかじめ用意してあった荷物を持ち、誰よりも早く教室を出る。そして二年生の昇降口に立ち、千翔先輩が現れるのを待つのだ。


 部活に行く生徒たちが、立っているわたしの横を通り過ぎる。帰宅部の男子グループが、なぜかにやにや笑いながら、わたしを見ている。

 だけどそんなことはどうでもよかった。

 わたしは千翔先輩を待っている、この時間がすごく好き。


 やがてざわつく廊下から、スマホをいじりながら歩いてくる背の高い男子生徒の姿が見えた。

 来た。七時間ぶりに会う千翔先輩だ。


「千翔先輩!」


 わたしの声に、まわりにいた生徒たちが、やっぱり笑いながら千翔先輩を見る。

 ゆっくりとスマホから視線を離した先輩は、わたしの姿を確認して、全身がしびれるような、最高のしかめっ面を見せてくれた。




「千翔先輩! 歩きスマホは危ないですよ」


 靴を履き替え、昇降口をでて駅へ向かう、千翔先輩の隣を歩く。

 毎朝一緒にいる福丸先輩と柳楽先輩は、軽音部という部活に入っているらしくて、放課後はいない。


「貸してください。わたしが預かっておきます」


 わたしが手を伸ばしたら、千翔先輩がさっとスマホを高く上げた。


「触んなよ!」


 その声に、胸がキュンっとしてしまう。千翔先輩の低くて冷たい声は、誰の声よりも、わたしの耳にしっくりくる。


「じゃあしまってください。わたし先輩に怪我してほしくないんです」

「うざ」


 短くつぶやいたあと、先輩はスマホをポケットに押し込んだ。


 よかった。スマホに熱中していた先輩が、走ってくる車に気づかずに、ひかれてしまったら嫌だもの。

 まぁそんな危険が迫ったら、わたしが命をかけてお守りするけれど。


「あ、千翔先輩、これ。よかったら使ってください」


 わたしはリュックのなかから、英語のノートを取りだす。


「なんだよ、これ」

「次のテストに出そうな英文を書きだしておきました。先輩、英語が苦手だって言ってたので」

「はぁ?」


 先輩がぱらぱらとノートを開いて、目を丸くする。


「これ……おまえが作ったのか?」

「はい」

「高二の英語だろ?」

「はい。先輩の受けている授業内容や、去年のテスト問題などを総合的に判断して作りました」

「すげぇな……」


 つぶやいてから、先輩はハッとした顔で、ノートをわたしに押し戻す。


「てか、こんなもん頼んでねぇだろ!」

「でも先輩に、前回のような、百点満点中二十五点なんて、最悪な点数は取ってほしくな……」

「わー! もういい! だまれ!」


 近くを通る生徒たちが、くすくす笑っている。

 先輩はノートを乱暴に自分のリュックに突っ込んだ。


「とりあえず……預かっておく」

「ありがとうございます!」


 わたしがにっこり笑ったら、先輩はふてくされた顔をふいっとそむけた。


 わたしたちはそのまま、駅に向かって歩く。


「千翔先輩。お弁当は、食べてくれました?」


 むすっとしたまま歩いている、千翔先輩に聞く。


「……食った」

「味はどうでした? 辛すぎるとか、甘すぎるとかありませんでした?」


 先輩はなにも言わない。わたしを無視する先輩、素敵すぎる。

 わたしは先輩の横顔ににこっと微笑んで、黙って先輩の隣を歩く。


「おい」


 いつものように改札を抜け、下りホームに進んでいたら、先輩が立ち止まった。


「これ以上ついてくんな。おまえは綾浜だから、反対方向だろ?」

「え、先輩。わたしが綾浜に住んでるって、覚えてくれたんですか?」

「何度も言われたら、嫌でも覚えるわ」


 そんなに何度も言ったかな? 言ったかもしれないな。

 入学してから一か月、わたしは毎日、千翔先輩に会っているから。


「でもわたし、上ノ原駅まで一緒に行きます。先輩去年一度、寝過ごして終点まで行ってしまったことありましたよね? だからちゃんと電車降りるまで見届けます。家までは行かないから安心してください」

「いや、いいって。てか、おれが寝過ごしたこと、なんで知ってんだよ」

「福丸先輩たちから聞きました」


 先輩が怒った顔をした。そんな顔もカッコいい。

 すると先輩がわたしの腕をいきなりつかんだ。


「え?」


 そしてわたしの手を引っ張り、無言で上りホームへ向かっていく。


「千翔先輩? どこ行くんですか?」

「おまえがやめないなら、おれが綾浜まで行く」

「ダメですよ! そんなことしたら、片道三十分、往復一時間の無駄な時間を過ごすことになります!」

「だったらやめるか? おまえも」


 上りホームでわたしたちは向かい合った。先輩はわたしを睨むように見つめている。

 そんな……わたしは毎日上ノ原駅まで先輩を送るのが日課だったのに。このままさよならなんて、予定外だ。でも……


「……わかりました」

「よし。じゃあここでお別れだ」


 千翔先輩の手がわたしから離れ、いま来た階段を降りはじめた。

 先輩が行ってしまう。でもこうしないと、先輩が綾浜まで来てしまう。そんな無駄なこと、先輩にさせてはいけない。


 ハッと顔を上げると、向かいのホームに先輩が立っていた。むすっとした顔で、こっちを見ている。

 なぜか心臓がドキドキした。


「千翔先輩……」


 線路に上りと下り、両方の電車が同時にきた。先輩の姿が見えなくなる。

 ぎゅっと強く目をつぶって、その場に立ちつくす。


 この電車に乗るのはやめよう。同時に別れるのは嫌だ。せめて先輩の乗った電車が見えなくなるまで、ここから見送ろう。


 静かに目を開く。ゆっくりと走り出す電車。下り電車を見送ったあと、ひと気のなくなった向かい側のホームを見る。


「え……」


 そこにはポケットに手をつっこんで、ふてくされたような態度でこっちを見ている、千翔先輩の姿があった。

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