「おまえの顔なんか見たくない」って言ってくれ 1
図書室の窓を、雨のしずくが流れ落ちる。この窓からは、一年生の昇降口が見える。
玄関にひとりで立っているのは千翔先輩だった。靴を履き替えた一年生たちが、不審な目で先輩を見て、通り過ぎていく。
しばらくすると、赤い傘を差した女子生徒が駆け寄ってきた。胡桃さんだ。話しかけられた千翔先輩は、雨のなかに黒い傘を開き、胡桃さんとふたりで歩きだした。
わたしは小さく息を吐き、窓から視線をそらす。そして机の上の参考書を見下ろした。
最近放課後は、図書室で勉強してから帰るようになった。一年生の昇降口で、千翔先輩がわたしを待っているからだ。それを避けるために、わたしはここで遅くまで時間をつぶす。
「ふう……」
なにをやっているんだろう、わたしは。
静かな室内にチャイムが響いた。まもなく閉館時間だ。わたしはゆっくりと荷物をまとめ、椅子から立ち上がった。
ひとりで階段を降り、ひとけのない昇降口で靴を履き替える。そして降り続く雨のなかに、傘を開いたとき、後ろから声をかけられた。
「瞳子ちゃん」
そっと振り返る。
「久しぶりだね」
「元気?」
そこには部活帰りらしい福丸先輩と柳楽先輩が、苦笑いしながら立っていた。
雨のなか、なんとなく三人並んで駅に向かった。ふたりの先輩の間に、なぜかわたし。先輩たちとこんなふうに歩くなんて、思ってもみなかった。
「あいつ……千翔のやつ、最近全然元気ないよ」
わたしの右隣で口を開いたのは、白いワイシャツの下にピンク色のTシャツを着ている福丸先輩だった。
「瞳子ちゃん。もう千翔のこと、嫌いになっちゃったの?」
そう言ってわたしの顔をのぞきこんでくるのは、左隣の柳楽先輩。背中にギターケースを背負っている。
わたしはきゅっと傘の柄を握りしめて答える。
「嫌いなわけじゃありません。でもいまの先輩に必要なのはわたしではなく、胡桃さんなんです」
傘のなかで、ふたりが顔を見合わせている。
「あー……たしかに胡桃さん、彼氏と別れたって言ってたよな」
「うん。最近よく、千翔と一緒にいる」
「でも……」
福丸先輩がつぶやいた。
「あんなに夢中だった胡桃さんといても、全然嬉しそうじゃないんだよ。千翔のやつ」
柳楽先輩も続けて言う。
「あいつさ、いつのまにか胡桃さんよりも、瞳子ちゃんのことが好きになっちゃったんじゃないのかな?」
傘に響く雨の音と、先輩たちの声。わたしは勢いよく顔を上げた。
「ダメです! そんなの……千翔先輩は胡桃さんと付き合わなければダメなんです!」
「瞳子ちゃん……」
ふたりの先輩が、傘の影からわたしのことを見つめている。
「瞳子ちゃんは……本当にそれでいいの?」
わたしは先輩たちの顔を見上げて、こくんっとうなずく。
「はい」
先輩たちは、なにか言いたそうな顔でわたしを見ていた。
そしてその日、わたしは家に帰ると、両親に伝えた。
高校を辞めて、海外に留学したいということを。




