記憶の上書きデート 1
「わからないことがあれば、なんでも聞いてください。二年生のテスト範囲は、全教科勉強してありますので」
そう言ってにっこり微笑むと、目の前に座っている千翔先輩が、盛大に顔をしかめた。
放課後の図書室。中間テストを数日後に控えたわたしと千翔先輩は、向かい合って座っている。
テスト勉強をなにもしていないと平然と口にした千翔先輩に、無理やり勉強をさせるためだ。
先輩は嫌がっているけれど、これは先輩の将来のため。勉強はできないより、できたほうが絶対にいい。
「二年生のテスト範囲って……おまえ一年だよな?」
「はい。でも一週間ほぼ徹夜で頭に叩き込みましたので、たいていの質問には答えられると思います」
千翔先輩がはあーっと深いため息をつき、机に広げた教科書の上に顔を伏せた。
「まずは千翔先輩の苦手な英語からやりましょうか?」
「……もう、ほっといてくれ」
「ほっとけません。でも苦手な勉強をするのはつらいと思うので、終わったあとのお楽しみも用意しました」
「お楽しみ?」
「はい。テストが終わったら、デートしましょう」
「は?」
先輩が顔を上げて、ぽかんっと口を開けた。わたしはにっこりと微笑む。
「テスト終了後の日曜日は空けておいてくださいね」
だらしなく開いた口を閉じ、今度は顔をしかめた千翔先輩。
ああ、今日も最高です。そのしかめっ面。
「あのさ」
「はい」
「なんでおれが、おまえとデートしなきゃなんないわけ?」
「千翔先輩を元気づけるためです」
わたしはもう一度笑顔を見せる。
「朝十時に上ノ原駅で待ち合わせして、綾浜駅まで電車で行って、いま人気のアニメ映画を観て、近くのファストフード店でハンバーガーを食べて、海まで散歩して、海岸で遊んで、夕陽を眺めて帰る。どうですか? こんな感じで」
これは勉強の合間に、数日かけて作り上げた、千翔先輩のためのデートコースだ。
「映画は先輩の観たがっていた人気アニメです。お昼は先輩の好きなハンバーガーを食べましょう。先輩がチェックしていた期間限定のやつです。先輩、海も好きですよね? まだ泳ぐのは早いですけど、足ぐらいは入れると思います」
「よく調べたな」
「はい」
「でもおれ、べつに元気だし」
「胡桃さんのこと、もうまったく、これっぽっちも、一ミリも、一ミクロンも、好きじゃないって言えますか?」
千翔先輩があきれたようにわたしを見下ろす。
「おまえと遊びに行けば、胡桃のこと、忘れられるとでも?」
「はい。一回じゃ無理かもしれませんが、楽しいことを積み重ねていくうちに、つらいことを少しずつ忘れていくと思うんです。記憶の上書きですね。わたし、千翔先輩が楽しめるように、全力を尽くしますから!」
先輩が黙り込んだ。千翔先輩の無言は肯定の意味だ。
「じゃあ日曜日。上ノ原駅改札で、十時に」
「ちょっと待て。おまえ綾浜に住んでるのに、なんで上ノ原まで来るんだよ。おれが綾浜に行く」
「え、それでは予定と違います」
「予定に変更はつきものだ。綾浜駅改札に十時な。決まり」
先輩が勝手に決めて、面倒くさそうに教科書をめくりはじめた。
仕方ない。上ノ原まで迎えに行って、少しでも長く先輩といたかったけど、ここは黙って従おう。
「では勉強をはじめましょう」
そう言ってにっこり微笑むと、千翔先輩はまた深いため息をついた。




