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プロローグ
「これ、使えよ」
耳元でささやかれた低い声に、びくっと身体が震えた。
隣に見えたのは、学校のジャージを差しだす、制服姿の男の人。
わけがわからず突っ立っていたら、素早く腰にそれを巻かれた。
え? なに?
「トイレは改札のそば」
トイレ? そういえば今日、生理二日目だったことを思いだす。
「その服、返さなくていいから」
呆然と立ちつくすわたしを残し、背の高い後ろ姿が去っていく。
『まもなく電車がまいります……』
駅のホームにアナウンスが響いた。目の前に電車が到着し、なかから人が降りてくる。
そうだ。わたしいま、ここから飛び降りようとしていたんだ。
ドアが閉まって、電車が走りだす。
過ぎ去っていく車両を見送ってから、ひとり駅のトイレに向かう。
腰に結ばれたジャージをほどくと、今日のデートのために買った白いワンピースに、赤い染みがついていた。
なぜか目の奥が熱くなり、わたしはジャージを胸に抱きしめる。
あの日、生きる気力を失っていたわたしは、見知らぬ彼のおかげで、ふたたび生きる意味を見つけたのだ。