おひさ!
「だ、大丈夫ですか!?」
俺は慌てて少女に駆け寄った。
反応は無い。
今度は息があるかどうか確かめるため、少女の顔を覗き込む。
と、かっ開かれた彼女の目と俺の目がばちりと合った。
思わず「ひっ」と小さく悲鳴がこぼれる。
「え、あ、起きてる……?」
「…………」
「あのー」
「うるさい」
ぴしゃりとそう言い捨て、少女はのそりと起き上がった。
ひとまず元気そうではある、のかな。
「ウロ、みんなは?」
「……会議室」
ゼンの問いにもぶっきらぼうに答え、心底だるそうに少女――ウロは去って行った。
「無礼な子どもですわね、頭カチ割って差し上げたいところですわ」
「ははは! まあウロはいつでも誰に対してもあんな感じだ。けどやることはきっちりやるタイプだから、大目に見てやってくれ」
斧に手をかけるデレーの肩を軽く叩き、ゼンはウロの向かった方へと歩き出す。
あのウロという少女、なんだか既視感があるような無いような……。
どこかで会ったことがあるのだろうか。
首を捻りながらゼンについて行き、「会議室」と書かれたプレートの張ってある部屋に入る。
そこでは第三支部のと同じような楕円の机を囲み、ウロともう1人、青年が座っていた。
「やっほー、ゼン。昨晩ぶり。お前の指示通り、私たち以外はもうみんな動き始めてるよ」
「そうか、ありがとうエリダ」
エリダと呼ばれた青年は口角を吊り上げ、ひらひらと手を振る。
片目を覆うように伸ばされた前髪が印象的だ。
「彼がここ第一支部のリーダーだ。見た目は若いが実際はオレよりずっと年上だぞ!」
「おいおい、余計なこと言わないの。……で、後ろの彼らが件の?」
「ああ。右から順に、ヒトギラ、フウツ、デレーだ」
ゼンは俺たちを示しながら言った。
「ふうん。お前がフウツか。『魔王の器』って言っても、威厳の欠片も無いなあ。こんなちんちくりんに乗り移ってどうすんだって感じだよね。私が魔王ならもっと強そうな『器』にす――」
ガン! という音がエリダさんの言葉を遮る。
見ると、デレーの斧が机に突き刺さっていた。
「侮辱しましたわね?」
「え」
「今あなた、フウツさんのことを侮辱しましたわね? 撤回してくださいまし。あなたの首と胴が繋がっているうちに」
「デ、デレー、ちょっと落ち着いて。斧しまって。たぶん緊張をほぐすために冗談言ってくれたんだよ、だから怒らなくていいよ。ね?」
どうどう、と俺は怒りの炎を燃やすデレーをなだめる。
「まあフウツさん、なんてお優しい……。フウツさんに免じて、この場は潔く退かせていただきますわ。命拾いしましたわね」
デレーは机から斧を引き抜いた。
ああ、がっつり割れ目ができちゃってる。
無残な姿になった机を見、傍観に徹していたヒトギラが盛大に溜め息を吐いた。
「やっぱり置いて行くべきだっただろこいつ」
「そ、そんなこと……無いよ、うん」
そうは言いつつもなんとなく目を逸らしてしまう。
デレーは普通にしてたら話術なんかも得意なんだから、この俺関連のことですぐキレる癖さえどうにかなればなあ。
「ゼン、この人間ほんとに味方?」
「味方だ! ちょっと心配症な恋する乙女だぞ! ちなみにこっちのヒトギラは仲間想いの熱血漢だ!」
うーん、なかなかにフィルターのかかった紹介だ。
特にヒトギラ。仲間想いなのはそうだけど、熱血漢……?
ゼンはいったい彼のどこを見て熱血だと思ったのだろうか。
ちらりとヒトギラの方を見ると、めちゃくちゃ嫌そうに顔を歪めていた。
できる限り会話を避けていた彼だが、これにはさすがに抗議をしたいらしく口を開く。
「おい何が熱血漢だ、脳みそ腐ってるんじゃないか?」
「ん? だってキミはフウツについて行くために弁を振るっていただろう。自分の熱い思いを言葉に乗せて訴える、まさに熱血だ! 何かおかしいか?」
「お前の頭」
ヒトギラの嫌味が全く効いていない。
おかしいとまではいかないが、どういう思考回路をしてるんだ。
「はいはい、そこまで。あんまり悠長にもしてられないんだから、さっさと本題に入るよ」
このまま喋らせておくと埒が明かないと判断したのか、エリダさんが手を叩いて会話を終わらせる。
「お前たち、ゼンから話は聞いてるよね?」
「はい」
「よろしい。じゃあはい、これ」
エリダさんは机の上を滑らせるようにして、数枚の紙をこちらに寄越した。
紙にはそれぞれ、人の名前や外見の特徴、住んでいる場所なんかが記されている。
「レジスタンスに引き込めそうな人物……のうち、ちょっと一筋縄じゃいかなさそうな奴らのリスト。簡単に行きそうな方は第二支部と手分けして勧誘してるから、お前たちはこっちを頼むよ」
「了解した! よし行くぞ3人とも!」
「えっ、もう!?」
リストを手に取るや否や駆けだすゼン。
電光石火のごとく、行動がいちいち早い。
あっと言う間に部屋から出て通路を突っ走って行く彼を、見失わないように追いかける。
そうして俺たちは来た道を通り地上に出て、1本だけある道を頼りに山を下った。
「まずはこのウラハって人だ。姉と2人暮らし、町では暴れん坊として有名。先日、人間界に行くはずだった人から緑色の石を強奪したせいで、魔王側から酷い罰を受けている」
何枚かの紙のうち、一番上にあったものを読みながらゼンは言う。
「魔王側ですら手を焼く暴れ馬だ、味方に付けられれば心強いだろう!」
暴れん坊のウラハ……。
どこかで聞いたことがあるような名前だけれど、誰だったかな。
ウラハ……ウラハ……?
駄目だ、思い出せない。
俺はいったん考えるのをやめることにした。
だがそんな俺の疑問は、その後すぐに解消されることとなる。
「ごめんくださーい!」
山のふもとからしばらく行った先の町で、俺たちはとある平屋を訪問した。
情報によれば、ここにウラハとその姉が住んでいるのだという。
ゼンが無遠慮に扉を叩いていると、家の中からトタトタと足音がしてきた。
足音は大きくなり、やがて扉の前で止まる。
「ちょっと話がしたいんだが、ウラハという人物はいるか?」
「ああ、ウラハは俺だぜ」
軋んだ音を立てて扉が開き、家の主が姿を現した。
それは薄赤色の肌に蛇のようにうごめく髪、そしてひとつの目に3つの瞳を持つ少年。
朗らかな笑みをつくる口から覗くのは鋭い牙――
「って、あの時の魔族じゃん!」
思わず大きな声が出た。
そうだ思い出した、ウラハは『器』探しの旅をしていた時に遭遇した魔族だ。
街で暴れていたところを俺たちが見つけて、そのまま戦闘になったんだっけ。
「ん? おお! あの時の青い奴と薄ピンクの奴と黒い奴! でもなんでここにいるんだ? だってお前ら人げ――」
「おっと! 玄関口で話すのもなんだ、中に入ってもいいか?」
ナイスゼン。
魔王の監視が無いとは言え、俺たちが人間であることを不特定多数に知られるのはよろしくない。
こうして俺たちは無事に第一の候補者であるウラハと接触を果たし、家に上げてもらうことに成功したのであった。




