特に意味の無いポーズと掛け声
ゼン曰く、第一支部が既に協力者候補の情報を掴んでいるのだという。
まずはその協力者候補関連の諸々を第一支部の人たちから聞き、それから接触を図ろうというわけだ。
俺たちは地上に出、朝の通りを歩いて行く。
「おお、ゼン! おはよう!」
「おはよう、サムのおっちゃん!」
「おはよーゼン兄ちゃん!」
「おはよう!」
道行く人々はゼンを見ると顔を綻ばせて声をかけ、ゼンもまた、それに笑顔で応える。
「ゼンって人気者なんだね」
「いや、ここのみんなが良い奴なだけだ。キミも話してみろ、きっとすぐに仲良くなれるぞ!」
ゼンはそう言い、俺の背中をポンと叩いた。
確かに、彼に挨拶をしていく人々は俺と目が合っても睨んだり嫌そうな顔をしたりせず、そればかりか朗らかに笑いかけてくる。
ゼンの言う通り、みんな「良い奴」なのだろう。
「い……いけませんわ……」
ふいにデレーがぽつりと呟いた。
「十把一絡げの塵芥共がフウツさんに好意的な視線を……? 誰もフウツさんを嫌わないということはフウツさんを狙う虫が増えるということ、ああいけませんわ! フウツさんのためを思うならフウツさんが人から好かれるのは喜ばしいことですのにそれを拒否するいけない私が! いえ落ち着きなさいデレー、何千何万の虫けらがフウツさんを狙おうとも全て叩き落せば良いだけのことでしてよ何も恐れることはありませんわ」
声は小さいながらも怒涛の勢いの独り言だ。
まあいつものことだし、聞いたところ自己解決したみたいだからよかった、ということにしておこう。
魔王城を右手にしながら歩き続け、やがて到着したのは小さな山。
俺たちは鬱蒼とした中を進み、少し開けた場所に出た。
「ここに第一支部が?」
「いいや、これから向かうんだ。ヒトギラ、これを」
ゼンがヒトギラに何かを投げて寄越す。
「なんだこれは」
「ブローチですの?」
「認識阻害魔法の簡易発動装置だ。人間用には作ってもらってないから魔力消費が多いかもだけど、見たところキミなら大丈夫だろう」
「だったらお前が魔力を流せばいいだろうが」
「んー、そうできれば一番なんだけど、如何せん今ちょっと魔力切れ気味で……。悪いな。あとまあ、キミに持っててもらってた方が落とす心配ないし」
どういうこと? と首を傾げていると、ゼンが俺たちから数歩離れて「じゃ、行っくぞー!」と右腕を大きく掲げ、謎のポーズをとった。
「変身!」
彼が高らかにそう叫ぶと、足元から炎の渦が巻き上がり彼の体をすっぽりと包む。
「何して――あっつ! 待って焦げる焦げる!」
炎はみるみるうちに膨れ上がり、こちらまで巻き込まれそうになる。
本当に何してるんだ?
とりあえず炎の届かない場所まで後退して見ていると、膨れに膨れた炎が突如、弾けるように霧散する。
そしてそこにいたのは……1頭の凛々しい魔物であった。
「ゼ……ゼン?」
「ああ! ゼンだぞ! でもってこれがオレの固有魔法だ!」
昔話に出てくるドラゴンと似た姿の魔物は、紛れもないゼンの声を発している。
荘厳な見た目に反して親しみやすい口調で喋るものだから、頭が混乱してしまいそうだ。
「これで第一支部まで飛んで行く。さ、オレの背中に乗ってくれ」
「う、うん。えっと……うわっ!」
どうやって登れば良いものかと戸惑っていると、尻尾で掬い上げるように背中に乗せられた。
次いでデレーとヒトギラもひょいひょいと上げられる。
「かっ飛ばすからしっかり掴まるんだぞ! それから口は開けないように! 顔は下に向けてオレの背中だけを見る、あと目は薄目だ!」
「わ、わかった!」
ゼンが腕と同化した翼を2、3度動かす。
「よし! しゅっぱーつ!」
そうしてひときわ大きく羽ばたいたかと思うと、次の瞬間には地面が遥か下の方まで離れていた。
俺は慌てて、言われた通りの姿勢をとる。
ぐん、と体が後ろに引っ張られ、びゅうと風の音が耳を打った。
ゼンが一直線に飛んでいるのがわかる。
とにかく振り落とされないように目いっぱいしがみついていると、いくらかしてにわかに風が止んだ。
「着いたぞ!」
「えっ、もう?」
体感だと数十秒くらいしか経っていない気がするが、実際はもっと長く飛んでいたのだろうか。
俺たちはまた尻尾で背中から降ろされ、ゼンは元の姿に戻る。
「ヒトギラもお疲れ! 魔力は大丈夫か?」
「平気だ」
ぶっきらぼうに言い放ち、ヒトギラはゼンにブローチを投げて返した。
「結構結構!」
「ところで、ここはどこですの?」
「『南の大地』のヴァンク山だ。なぜか毒性の植物しか生えていないから、基本的には人が寄り付かない。だからその辺の木とかも、迂闊に触ると肌がえらいことになるぞ」
それを聞いて、俺たちはそっと周りの木から離れる。
危険極まりないが、トキが知ったら狂喜しそうな場所だ。
「な、なんでこんな危ない山に降りたの?」
「それはだな……」
ゼンは大剣を地面に突き立てる。
そして梃子の要領で、ぐ、ぐ、と持ち手に力を入れると、地面の一部が四角い板のようになって持ち上がってきた。
よほど重いらしく、ゼンは額に汗を浮かべている。
「よい、せっと!」
やがてある一点を越すと、板は一気に跳ね上がるみたいに開いた。
「ふう。いつやっても骨が折れるなあ」
板の下に隠されていたのは、真っ直ぐに下りるタイプの階段。
どこに繋がっているかは言うまでもないだろう。
俺たちはゼンの後について階段を下り、地下通路を通って行き止まりになっている場所までやって来た。
地下に降りてぐるぐる歩き回らなければいけないのは、レジスタンスの支部共通らしい。
「『毒にやられた、開けてくれ』」
ゼンが壁に向かって言う。
「『どんな毒だ』」
声が返ってくる。
「『妄信』」
数秒の沈黙、そして壁が動いて扉が現れた。
なるほど合言葉は支部ことに違うのか。
通路の造りといい、よく考えてあるなあ。
感心するのもほどほどに、扉を抜けて中に入る。
第三支部とは違い、俺たちを出迎えたのはこぢんまりとした玄関だった。
しかし扉も通路も見当たらない。
が、ゼンが正面の壁に手を当てると、壁が半分に割れるように開いて長い通路が姿を現した。
「おお……。どうなってるの、これ」
「体内の魔力に反応して開くんだ。大昔の研究者が開発した技術らしいぞ」
ゼンは先に進みながら話す。
「ここは3000年前、魔法研究所だったそうだ。レジスタンスの初代リーダーが魔法研究者で、400年前くらいまでは本部として使われてたらしい」
「なんで今は違うの?」
「もっと本部に適した……つまりは魔王に見つかりにくい場所ができたからだ。ここは人が寄り付かないとは言え、目立つっちゃ目立つからな」
山の中よりも見つかりにくい場所なんてあるのだろうか。
海……は無いんだし、だったらいっそ雲の上とか?
「ま、本部を見たらきっと納得するさ」
ゼンは突き当りの壁にまた手を当てる。
先ほどと同じように壁が開き、新たな部屋が現れた。
「さあここが中央ホールだ!」
「わ――ああ!?」
感嘆の声が驚愕の声に変わる。
ホールに足を踏み入れた俺の視界に飛び込んで来たのは、床にべっちゃりと倒れ伏す少女だった。




