温かいまなざし
「そうですか、そんなことが……」
リーシアさんは悲しそうな顔をして言った。
あの後、デレーの言葉に引っ掛かりを覚えたのか、リーシアさんが「確かに、私はフウツさんのことをあまり知りませんね」と俺に生い立ちを聞いてきたのだ。
それで俺が故郷でのことを伝えたところ、この反応である。
以前ヒトギラに怒られてからはあまり迂闊に故郷のことを話さないようにしていたのだけれど、とても断れる雰囲気ではなかった。
せめて誤解を招かぬようにと、繰り返し「俺は全然気にしてないんだけど」とか「魔王の力のせいだから」とか「みんな本当は良い人で」とかくどいくらい挟んだんだけどなあ……。
「申し訳ありません、フウツさん。何も知らずに無神経なことを言ってしまって……」
「いえいえ! 全然大したことじゃないし、気にしないでください!」
「デレーさんも、私の過ちを指摘してくださってありがとうございます」
「わかればよろしいですわ。わかったからと言ってフウツさんに近付くのを許すわけではございませんけれども!」
デレーの対抗心はまったく変わっていないが、なぜかリーシアさんは先ほどのように引いたりしない。
そればかりか、穏やかに微笑んでさえいる。
「デレーさんはフウツさんのことを、本当に愛していらっしゃるのですね。心配せずとも、私は人の恋人を奪うような不埒な真似はしませんよ」
「まだ恋人ではございませんわ!!!」
珍しく顔を真っ赤にするデレー。
そこは照れるんだ……。
「おや、そうなんですね」
リーシアさんは完全に若者を見守る大人の目をしている。
ともあれ、少しは打ち解けられた……のかな?
それから俺たちは上に戻り、それぞれの部屋に帰ることとなった。
ちなみにリーシアさんが途中で違う方向に行くというので理由を問うてみると、彼は建物の管理室に直接寝泊りしているとのこと。
リーシアさん、そしてデレーと別れ、俺は自分の部屋へと入る。
もうあの恐ろしい声の余韻はきれいさっぱり消えており、俺は穏やかな気持ちで床に就くことができた。
翌朝。
リーシアさんに呼ばれてデレーたちと共に会議室に行くと、ゼンやカラン、ジェシカさんらが既に席に着いていた。
「おはよう! よく眠れたか?」
弾けんばかりの笑顔でゼンが言う。
「うん、おかげさまで」
そう返すと、彼は満足そうに頷いて言葉を続けた。
「ではさっそくだが、今後の方針について本部で話し合って来たから共有させてもらう!」
「まずはこちらをご覧ください」
ひらりと大きな紙が、リーシアさんの魔法で広げられる。
そこにはでかでかと予定表のようなものが書かれていた。
「これは本部の仲間が探ってきてくれた情報を元に作成した、魔王側の動きの予測表だ。情報によると、魔王が完全に復活するまではあと25日、意識が回復するまではあと20日ほどの猶予がある」
ということは、俺たちが監視を気にせず自由に動けるのはあと20日か。
長いような短いような。
「つまりオレたちは、この20日のうちに味方をできるだけ増やし、さらに5日のうちに魔王を打倒するのが理想だ。よってこれからみんなには、それぞれ手分けをして決戦の準備をしてもらいたい」
ゼンが言い終えると、リーシアさんが次の紙を掲げた。
今度は俺たちの名前が、いくつかのグループに分けて丸で囲まれている。
「まずはちょうちょ組! カランをリーダーに、情報収集を――」
「すみませんちょっといいですか」
「ん? キミは……トキだな! 質問か?」
「ちょうちょ組って何です?」
「班の名前だ! 可愛いだろう?」
「…………」
「諦めなトキ、ゼンのネーミングセンスは昔っからこうなんだ」
ジェシカさんが顔を引きつらせるトキの肩を叩く。
「よし、話を戻すぞ。えー、ちょうちょ組は情報収集を行ってもらう。リーダーはカラン、メンバーはここにいる中だとデレーとアクィラ、バサーク、トキ、フワリだな」
「はーい!」
大きく手を挙げ、バサークは返事をした。
フワリはこくりと頷き、トキは物凄く嫌そうである。
「次はおはな組。リーシアをリーダーとして、決戦用の魔法を開発する班だ。メンバーはクク、ヒトギラ、エラとする」
「異議あり」
間髪入れずにヒトギラが言う。
【魔法使い】である彼にはぴったりな役目だと思うのだが、何か不都合があるのだろうか。
「俺はフウツと共に行動する」
「うーん、しかし第三支部には魔法が得意な人が少なくてだな……」
「知るか。俺はほとんど魔力を消費せずに障壁を張れる。フウツの近くにいれば障壁の強度も上がる。よってフウツを守るのに適任だ。お前たちとしてもフウツは死守しなければならんだろう」
「むむむ……」
ヒトギラの熱弁に押されるゼン。
ここぞとばかりにヒトギラは追撃する。
「あと俺はフウツがいないとまともに行動できない、断言しよう。こいつらに関しては耐性がついてきたが、お前たちほぼ初対面の相手と居るのは拷問に近い。それでも何とかやっていられるのはフウツがいるからだ。いいか、繰り返すが俺はフウツがいなければ使い物にならない。お前たちからしても俺をフウツと行動させた方が得だと思うぞ」
常人なら少しは恥じそうな内容を、びっくりするくらい堂々とヒトギラは喋る。
それはもう、デレーばりに喋る。
対してゼンはしばらく黙って考え込んでいたが、意を決したように「わかった!」と言った。
「そこまで言うのなら、班を移動させよう。キミの言う通り、損得で考えてもそれが良さそうだ」
ゼンは屈託のない笑顔で断じる。
となると、当然……。
「お待ちくださいまし!」
今度はデレーが異を唱えた。
「私もフウツさんと行動することを希望しますわ!」
「んん、キミもか……。情報収集はとにかく人手が必要なんだが……」
「! ゼンさん、少しお耳を」
何を思い付いたのか、リーシアさんがゼンに耳打ちをする。
するとゼンは目を丸くし、口に手をあてて俺とデレーを交互に見た。
「なるほどそういうことか。うん、いいだろう。デレーもフウツと同じ班に入れるとしよう」
「まあ! 感謝いたしますわ!」
「おい待てなんでそうなる」
ヒトギラがすかさずツッコミを入れる。
それはそう。
「愛する者を想う健気心に……胸を打たれたんだ」
ゼンはデレーに「応援してるぞ!」みたいなウインクを飛ばした。
リーシアさんも親指を立てている。
彼が何を言ったのか、大方わかった。
「騙されるな、こいつのは愛なんて生易しいもんじゃないぞ」
「あら酷い。愛ですわよ、純粋無垢な。というかそう言うあなたもフウツさんに対してややこしい感情をお持ちなの、ご存知ありませんの?」
「何がややこしいんだ。俺はただ数多の人間魔族の中で唯一こいつだけが気持ち悪くないからというのと、単純に危なっかしくて見ていられないからという話でだな」
言い争いを始める2人をにこやかに見守るゼンとリーシアさん。
早くも彼らの扱いを心得たようであった。




