眠れぬ夜に
ゼンが去った後、俺たちはひとまず支部内の居住スペースに案内してもらうことになった。
ちなみに、ジェシカさんは上に戻りカランは完全に寝てしまっていたので、案内役はリーシアさんである。
「昔からレジスタンスの中には、家を失った人や魔王から目を付けられた人が少なからずいました。彼らのために、各支部内には居住スペースが設けられているんですよ」
リーシアさんは歩きながら説明する。
「かく言う私や、先ほどのカランさんもそうでして。顔が割れているせいで地上に出られないので、常にここで生活しています」
「へえ、そうなんですね」
奥へ奥へと続く通路は、相も変わらず真っ白だ。
壁にはランプが備え付けられているが、それも白一色。
中の炎だけが赤く灯っていた。
「ふふ、真っ白なのが気になりますか?」
「えっ? あ、ああ、はい。少し」
リーシアさんに言われ、そんなに顔に出ていたのかと恥ずかしくなる。
「この建物は私が固有魔法で造ったものなんです。変形魔法に近い魔法で、材料となる土や石をこのようにしているのですが……どうもその過程で色が抜けてしまうんですよね」
彼は眉を下げて笑った。
するとそこへ、エラが口を挟む。
「おぬしおぬし、そう謙遜するでないぞ。この壁も床も、ただの土や石なんぞには出せぬ硬度になっておるではないか。さては物質の『内側』から変形させておるのじゃろう?」
「おや、おわかりいただけるのですか?」
「もちろんじゃ。わしは天才じゃからな、これくらい見抜けなくてどうする」
長い通路の突き当りは左右に分かれており、それぞれに等間隔で部屋が設置されているようだった。
ざっと見ただけでも30ずつくらいはありそうだ。
「右の通路沿いが女性部屋、左の通路沿いが男性部屋です。扉のプレートに名前が無いところは空き部屋ですので、お好きなところをお使いください」
「すまない、妹と同じ部屋を使うことはできうだろうか」
「それなら右側一番奥の部屋が広めになっているので、そこをどうぞ」
「まあ、備えがよろしいのですわね」
「ああいえ、部屋を配置する際にスペースの配分を間違えただけです」
リーシアさんの意外と抜けている一面も見られたところで、俺たちはいったん各自解散となった。
今後の方針はまた明日決めるとして、今日のところは疲れを取ってくれとのことだ。
最後に「申し訳ありません、今はこれしか無くて」と保存食らしき食べ物を俺たちに手渡し、リーシアさんは玄関の方へ去って行った。
みんなと別れ、俺は部屋に入る。
ちなみに、デレーに切望されたので男性エリアの中でも最も右に位置する部屋だ。
さらに言えば俺が部屋に入った後、右隣の部屋の扉が閉まる音がした。
これは十中八九ヒトギラだろう。
俺を挟んで両側にデレーとヒトギラ、といういつもの構図である。
ともあれ、やっと一息つける。
俺は備え付けのベッドに腰掛けた。
朝から風邪気味、それが原因で昼過ぎには力が暴走、きょじんくん爆発、ナオと和解、竜人が襲来し逃げようと思ったらまた爆発。
助けに来てくれたククの提案に賛成して魔界に来て、レジスタンスの支部まで連れて来てもらって……。
思えば嵐のような1日だった。
あまりにせわしなかったからか、いつの間にか体調不良も治っている。
「3000年の悲願、か」
何をするでもなく白い壁を眺めていると、ゼンたちの話が思い出された。
3000年間、魔界を支配し続けている魔王。
それに抗い続けるレジスタンス。
俺が見た限り、魔界は荒廃しているわけでも、逆に隅々まで監視・管理されているわけでもなさそうだった。
確かに魔王はかつて「黒き波」を起こし、今も人間界に同じことをしようとしている。
しかし魔王が魔界を案外まともに治めているのもまた事実だ。
魔王はいったい何がしたいのだろうか。
破壊を楽しんでいる?
魔界の敵になりかねない人間を滅ぼしたい?
それとも何か恨みがある?
考えてもそれらしい答えは見つからず、そうしているうちに俺は眠りに落ちた。
――眠る俺に、誰かが言う。
奴らを許すな、3000年の悲願を果たせと。
繰り返し、繰り返し。
そんな声がずっと続くものだから、目を覚ました時には俺は汗でびっしょりになっていた。
外……は見えないからどれくらい時間が経ったかわからない。
もう一度眠る気にはなれないし、部屋の外の様子を見に行ってみよう。
というわけで、俺は扉を開けて通路に出る。
通路は蝋燭の火が落とされていて、代わりに天井がところどころ淡く光っていた。
もう夜なのだろうか。
足元に気を付けつつ、薄暗がりの中をどこへともなく進んで行く。
辺りを満たす冷ややかな静寂は、足音を立てることさえ躊躇わせるほどだった。
夢の中で響いていた声の余韻がまだ頭に残っている。
魂を凍り付かせるような、怨恨を孕んだ声。
あれはいったい誰のものだったのだろう。
俺は半分無意識に溜め息をついた。
「何かお困りですか」
「うひゃあっ!?」
突然、後ろから声をかけられ、肩が飛び跳ねる。
振り向くとそこにいたのは、ランプを持ち苦笑するリーシアさんだった。
「すみません、驚かせてしまいましたね」
「い、いえ。俺がぼーっとしてただけなので……」
言いながら、顔に熱が集まるのがわかる。
ここが薄暗くて良かった……。
「夜の見回りをしていたのですが、偶然あなたが憂鬱そうに歩いているのを見かけまして。私に手助けができることならば、と」
「そうだったんですね」
どうやらもう夜、それも見回りをするくらいだからそれなりに更けているらしい。
道理で静かなわけだ。
「それで、フウツさん。何か寝付けない理由が?」
「その……ちょっと、夢見が悪くて。気分転換に歩こうかなって」
「なるほど……。そういうことでしたら、見回りついでに支部内を案内しましょうか? そう愉快なものはありませんが、気晴らしにはなるかもしれません」
「いいんですか?」
「もちろん」
にこり、という彼の柔らかい笑顔が、ランプの暖かい灯りに照らされる。
「じゃあお言葉に甘え――」
「お言葉に甘えさせていただきますわ」
ひゅ、と喉から変な音が出た。
いや誰かはわかる、わかるけど完全に意識の外から来たので心臓が口から出そうになってしまった。
「…………!?」
リーシアさんも絶句している。
それはそうだ、音も気配も無く背後から人が現れたら驚くに決まっている。
「深夜、2人きりで暗がりの中を散策……これすなわち不純交遊の始まりですわ。見逃すわけにはいかなくってよ」
「すみませんリーシアさん、デレーも一緒に行きたいそうです」
「は、はあ……」
唐突に現れ、知らない人からすれば意味不明なことを言い出すデレーに、さすがのリーシアさんも表情を引きつらせている。
「あれ、そういえばアクィラは?」
「この中ですわ。寝ている間に引っ張られて起こされるのはごめんだから、らしいですわよ」
彼女は彼女で、デレーの行動に慣れてきているようだ。




