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人嫌いの青年

 青年は、なかなかに容姿が整っていた。


 束ねられた長い黒髪は手入れが行き届いていたし、切れ長の目と凜とした顔つきは見る人にクールな印象を与える。


 白い服と白い手袋も相まって、高嶺の美男子という感じだ。

 メアリという人から告白されたのも頷ける。


 だからだろうか。

 その口から出た暴言は、余計に衝撃的なものに感じられた。


「ほら! こうやって悪びれもせずに言ってきたのよ!」


「顔が良いからって許されると思ってるのかしら?!」


 鬱陶しそうな表情の青年に、女性たちは烈火のごとく怒り狂う。


「……俺は本当のことを正直に言っただけだ。顔を合わせて話してやっているだけでもありがたいと思え。できれば死ね」


「だからそれがひどいって言ってんの!」


「ひどいのはお前らの方だろうが。人の気分を害しておいて何様のつもりだ? 失せるか死ぬかどっちかにしてくれ」


「はあ!?」


 メアリは青年に掴みかかろうとした。

 が、その手は彼に触れることなく弾かれる。


 障壁魔法だ。


「も、もういいわ! あんたなんかを好きになった私が馬鹿だった!」


 徹底的な拒絶に堪忍袋の緒が切れたのだろう、彼女らは捨て台詞を吐いて行ってしまった。


 残された俺たちの間に、微妙な空気が流れる。


「大変……だったね」


「ふん。よくあることだ」


 彼は顔をしかめたまま去ろうとする。

 と、腕を動かした拍子に上着の袖からハンカチが落ちた。


「あ、これ落ちたよ」


 俺はそれを拾い、肩を掴んで彼を引き留める。


「っ触る、な……」


 彼は俺の手を振り払おうとした(と思う)が、ふ、と直前で力が抜かれた。

 いったいどうしたんだろう。


「……? お前……。いや、少し待て」


 彼の困惑した様子に、俺たちも困惑して顔を見合わせる。


「手を出せ」


「う、うん」


 いわれるままにすると、彼は手袋を外して俺の手を握った。


 何がしたいんだ?


「…………ない……」


 彼はぺたぺたと感触を確かめるみたいに俺の腕を触る。


「気持ち悪くない……。お前、一体何者だ?」


 こっちの台詞なんだけど!?


 って、平気で俺に接してくるけど、もしかしてこの人も俺を嫌わないタイプかな?


「……あなた、先ほどからべたべたと……少し調子に乗りすぎですわ」


 いけない、デレーがまた不機嫌になり始めている。

 俺はやんわりと、かつ迅速に青年の手を振りほどいた。


「待って、大丈夫! 大丈夫だから! ほらもう離れてくれたよ」


「いいえ、こういう輩は優しくしても図に乗るだけですわよ」


 あーもう俺の馬鹿!

 さっき反省したばっかなのに。


「フウツさんが嫌がっているのがわかりませんの? フウツさんに親切にしていただいて勘違いしたみたいですけれど……フウツさんは誰にでも優しいのですわ。あなただけにではなくってよ? ご理解いただけまして?」


 またもや怒りをあらわにするデレーだったが、一応さっき俺が言ったことを聞いてくれたのか手は出していない。


「お返事は?」


「寄るな」


 ビシ、と空気にひびが入る音が聞こえた気がした。


「お前は駄目だ、他の奴らと変わらん。そっちの青髪は近付いてもいい」


 迷わず火に油を注ぎまくる青年。


 もう勘弁してほしい。

 このままでは確実に死人が出る。


「えーーーっと。そもそも気持ち悪いってどういうこと? 触られるのが嫌なの?」


 俺はなんとか言葉を捻り出した。


「言葉のままだが。害虫なんかは目にしただけでも嫌悪感を覚えるだろう、それと同じだ」


「生理的に無理ってこと?」


「ああ。外見、声、言動、感触、すべてが不愉快だ」


 なるほど。

 この人はある意味俺と逆なんだ。


 俺は理由なく人から嫌われる、彼は生理的に人を嫌ってしまう。

 これはもう、どうしようもないことなのだろう。


 となると、ちょうどデレーがなぜか俺を嫌わないのと同様に、彼にとって俺だけが「気持ち悪くない」ことの理由もわからないんだろうな。


 そう思うと急に親近感が湧いてきた。


「だから仕事はできるだけ人と話さなくて済む配達員をしているんだが……この顔目当てに寄って来るゴミがいつまで経ってもいなくならない」


「あれだけ暴言を吐いても? 噂とか広まらないのかな」


「かなり遠くまで配達をするから、そこまでは噂が届かないのかもしれん。ゴミ虫の事情など知りたくもないが」


 背後のデレーに気を付けながら話を続ける。


「転職してみるのはどう?」


「試せるものは全部試したが、これが一番マシだった。欲を言えば単独の冒険者が理想的だが、ギルドの仕組み上それは不可能なんでな」


 ギルドの規約として、ランクAになるまでは「単独冒険者」になることは許されない、というものがある。

 これは蛮勇で命を落とす冒険者を出さないようにするためだ。

 しかし彼は人間嫌いのせいでそもそもパーティーを組めないから、必然的に単独冒険者にもなれないというわけである。


「……俺はもう行く。お前と話せて良かった」


 じゃあな、と彼は踵を返す。


 その背中はどこか苦しそうで、俺まで胸が痛んだ。


 彼は一生、あんなふうに生きていくのだろうか。

 誰も彼もを嫌いながら、逃れようのない苦痛に苛まれ、ずっと独りで。


 実を言うと、俺はひとつだけ、その苦しみが多少なりとも軽くなる方法を思い付いていた。


 でもそれは今の仲間の気持ちを無視するもので。


 ……英雄でも救世主でもない俺には、二兎を追うことなどできない。

 これでいいんだ。

 善人ぶって人を傷付けるより、悪人として罪悪感を抱える方がいい。


 青年を見送り、俺は――


「フウツさん」


 デレーが俺の名を呼ぶ。


「あの方を呼び止めに行ってくださいまし」


「え……?」


「パーティーに入れて差し上げたいのでしょう? わかりますわ、優しいフウツさんのことですもの」


「で、でもデレーは……」


「いいんですの。正直いけ好かない男ですけれど、私も我がままが過ぎましたわ。それに、いざとなったら始末すればいいだけの話ですもの」


 さあ早く、とデレーは笑った。


 まさか彼女が譲歩するとは思いもよらなかった。

 少し認識を改めなくては。


「ありがとうデレー!」


 とりあえず最後の一言は聞かなかったことにして、俺は青年を追いかけるべく走り出した。


「おーい! 君、ちょっと待ってー!」


 俺に気付いた青年が振り返る。


「なんだ、また何か落としていたか?」


「ううん。君に提案があるんだ」


 俺は彼に、俺たちが冒険者であることやこれまでのいきさつ、俺の嫌われ体質について話した。


「君は俺だったら平気なんでしょ? なら俺のパーティーに入って、ランクAになったら離脱するのはどう? こんな体質だから、そうそう人は増えないと思うし」


 青年は目を丸くして「いいのか」と言った。


「二言は無いよ」


「……なら、その言葉に甘えよう」


 そう言い、青年はわずかに微笑んだ。


「俺はヒトギラだ。お前はフウツ、だったな」


「うん。それで、あっちの子は」


「デレーですわ」


「うわっ!?」


 知らぬ間に背後にデレーがいて心臓が飛び跳ねる。


 気配を消すのも貴族の教養だったりするのか、と問いたくなるほどの自然さであった。


「フウツさんに感謝することですわね」


「お前こそこいつに感謝した方がいいと思うぞ」


「あはは……」


 なんやかんやあったけど、依頼はこなせたし仲間も増えて結果オーライだ。


 2人が上手くやれるかがちょっぴり不安だけど。


「とりあえずお前は極力喋るな、あとどう考えてもフウツに執着しすぎだからどうにかしろ」


「まあ傲慢ですこと! 今ここでミンチにしてさしあげましょうか?」


「ただデカいだけの斧で俺の障壁魔法を破れるとでも?」


「ええ、そんな紙みたいな障壁なんて無いも同然ですもの」


 ……うん、まあ、なんとかなるだろう。


「2人とも、喧嘩するのはいいけど怪我はしないでね……」


 俺の声は2人には届かぬまま消えていった。


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