『勇者』
「いてて……」
もうもうと砂埃やら爆発の煙やらが立ち込める中、俺はむくりと起き上がった。
勢い余って転び掌を擦りむいたようだが、不思議なことにそれ以外の痛みが無い。
「フウツさん、ご無事ですか?」
同じく隣で起き上がったデレーも、ほとんど外傷が無いみたいだ。
「うん。……爆発、したんだよね?」
「しましたわ。あれをご覧くださいまし」
デレーの指す方を見ると、みんなの魔力を吸い取っていたあの物体がボロボロと崩れ去っていくところだった。
爆風でなぎ倒された木々の間を通ってそちらへ行く。
薄々そうだろうとは思っていたが、物体の根本周辺に倒れているみんなも無傷であった。
「よかった、全員なんともないね。あ、でも魔力はどうなったんだろう」
「ご安心くださいまし、ちゃんと戻ってきておりますわ。それより、フウツさんも少し顔色が良くなっていましてよ」
「え? あ、本当だ」
頭痛や風邪っぽさは残るものの、あの奇妙な気持ち悪さは無くなっている。
というか、溢れて纏わりついていた魔力が消えていた。
「やっと収まったのね、お姉さん死ぬかと思ったわ」
何がどうなったのやら、と小首を傾げていると、アクィラがデレーの斧から出て来た。
「あら、そんなところにいましたのね」
「魔力を取られないように隠れてたのよ。精霊は繊細なんだから」
「ご、ごめん……」
「ああ違うのよ、フウツちゃんのせいだなんてちっとも思ってないわ! 悪いのはフウツちゃんに力を押し付けた魔王じゃない。気にしなくていいのよ」
「ちょっとアクィラさん! どさくさに紛れてボディタッチをしないでくださいまし!」
「なによ、これくらい良いじゃないの。ねえ?」
いつものごとく言い合い始める2人。
その騒がしさにつられてか、他のみんなも次々と起き出した。
「む? おお、魔力が収まっておるではないか。どうやら自力で暴走を収めたようじゃな」
「あれ!? あたし寝てた? あっヒトギラも寝てる! おーい!」
「起きてるから黙れ……」
「うーん、何か良いものを見そびれたような気がする」
これだけ元気ならデレー同様、みんなも魔力が戻っているのだろう。
なんとか丸く収まってよかった。
「で、この惨状は何ですか?」
トキがぐるりと辺りを見回す。
木々が倒れてすっかり見晴らしが良くなり、きょじんくんのあった場所は地面がえぐれ、その惨憺たる有り様は「惨状」と言うにふさわしい。
俺はきょじんくんでアレを壊そうとしたこと、途中で何かがぶつかってきて失敗したこと、魔力吸収魔法の装置を付かったが実は自爆装置だったことを話した。
「というわけで……えっと、すみませんでした……」
「最後のに関しては完全に私のせいですわ。私が間違えてフウツさんに渡しましたの」
「はっはっは、良い良い。装置を似た形に作ったわしにも落ち度がある」
「そうですね僕らの忠告ガン無視しましたもんね」
エラ曰く、「死んだふり作戦」のための自爆装置とアクィラから注文を受けた魔力吸収装置を平行して作っていたという。
そして助手をしていたヒトギラとトキから形が似ていることを指摘されたが、「まあちゃんと見ればわかるし大丈夫じゃろ!」と続行したとのこと。
ちなみに魔力吸収装置の方はすでにきょじんくんに組み込んであったらしい。
つまりさっきの爆発で木端微塵である。
「まあきょじんくんは駄目になったが、無駄になったわけではない。いくつか改善点も見つかったしの」
「ああ。それより今は、騎士団から逃れる方法を――」
「待って、何か来る」
俺は南の空から迫る何かを感じ、反射的に上を見上げる。
目を凝らしてみると、遠くの方からこちらに向かって飛んでくる光があった。
「撃ち落とすか?」
「ううん、あれは……」
近付いてくるにつれ、光かと思われたそれは次第に人の形を露わにしていく。
同時に、ぴりぴりと骨の髄が痺れる。
「敵じゃない、と思う」
あれよあれよと言う間に距離を縮め、彼は俺たちの目の前に降り立った。
俺よりいくらか若い、弓使いの少年。
「……『魔王の器』、フウツ」
彼――騎士見習いのナオは真っ直ぐに俺を見据え、静かに言う。
金色の輝きを纏い弓を持つその姿は、さながら神の使いのようであった。
そうか、と俺は直感的に確信する。
彼が「それ」であるということを、彼から零れ出る綺羅星のごとき力が雄弁に語っていた。
「おい待て、敵じゃないか。下がれフウツ」
「単身乗り込んでくるとは良い度胸ですわね。フウツさんには指一本、触れさせなくってよ」
ヒトギラとデレーが得物を構えて前に出る。
しかしナオは弓を持つ左手を下ろしたままだ。
「? いったい何のつもり……ってフウツさん! 近付いては危険ですわ!」
デレーの声が遠く感じられた。
いや、ナオと俺以外のすべてが、遠い。
そう思うほど、彼との間に強烈なものを感じるのだ。
導かれるように、惹かれるように、俺はナオの方へと歩み寄る。
実際のところ、俺の中の力は彼を酷く拒んでいるのだけれど。
彼と目を合わせたまま、しばらくの沈黙の後。
俺の口は、あるいは力は、自然とその言葉を紡いだ。
「……『勇者』、ナオ」
一陣の風が俺たちの間を吹き抜ける。
彼はゆっくりと頷く。
それは澄み渡るような肯定。
体の中で魔王の力が疼くのを感じながら、しかし俺の心は穏やかであった。
それはきっと、彼も同じだろう。
「ど――どういうこと!? ちょっとお姉さん理解が追い付かないんだけど! ねえ!」
「アクィラさん、肩を叩かないでくださいまし! でも気持ちはわかりますわ!」
「あたしもわかんない! えっと、ナオが『勇者』なの? ほんとに?」
一気に場がどよめく。
敵対していた人物が突然飛んできて、さらに前置きも無く『勇者』だと判明したのだ、無理もないだろう。
直感のままに動いたが、ぶっちゃけ俺もわけがわからない。
ただ「事実」だけが猛スピードで頭の中に突っ込んで来たのだ。
もはや事故である。
「本当だよ。フウツ……さん、あんたならわかるでしょ」
「うん。わかるってことしかわからないけど」
あはは、と俺は笑う。
と、そこへヒトギラがずいと割り込んで来た。
「おい、あははじゃないだろ危機感を持て。油断させておいて殺す気かもしれんぞ」
「違う。おれはもうフウツに敵意も嫌悪感も覚えてない」
俺を後ろに隠して立ちふさがるヒトギラにナオが言い返す。
「『勇者』の力が目覚めたおかげだ。予言を思い出してみなよ」
「予言だと?」
「はいはい! 『魔王の器が現れし時、勇者もまた現れる。魔王の器とはすなわち、魔王の力を有し我らの世界の破壊者と成る人間である。勇者とはすなわち、魔王の力に打ち勝つ公平の体現者にして唯一無二の救世主である』!」
ここぞとばかりにバサークが予言を諳んじた。
「『魔王の力に打ち勝つ』ってあるでしょ。つまり、『勇者』は魔王の力の影響を受けないんだよ」
「だってさ。ほら、大丈夫だよ。俺も敵意とか全然感じないし。ね?」
「……ふん」
ヒトギラは渋々といったふうにどく。
わかってもらえたみたいだ。
「はっ。過保護は厄介だな」
「焼かれたいかクソガキ」




