風邪は万病のもと
それから俺たちはジュネの街に滞在し始めた。
居住場所として選んだのは、北端のところにあったほとんど無傷の建物。
扉が無くなってはいたが、街中を見た感じだとそこが最も雨風をしのげそうだったのだ。
一応中心部にも行ってみたがお椀状に大きく地面がえぐれており、もちろん建物も無く、住むなんてとても無理だった。
エラはいったい何の実験をしていたのだろうか、気にはなるが微妙に怖くて聞けない。
初夏ということもあってか、動物も植物も豊富で食べるものに困ることは無かった。
シカやウサギ、リスなんかが活発に活動しているし、ノトウやワラブみたいな山菜もたくさん生えている。
また、狩りや山菜採りと平行して、これからどうするかについても話し合った。
騎士団が『勇者』を見つけるまでここにいるのも良いが、おそらくきょじんくんが飛んでいるところは見られている。
彼らはじきに兵をまとめてここにやって来るだろう。
しかしできるだけ戦いは避けたい。
人間同士で争っている間に魔王軍がやってきて……なんて笑えない話だ。
では延々と逃げ回るか?
今となってはそれもあまり良い選択ではない。
きょじんくんという強大な戦力があると知ったのだから、騎士団は今まで以上に俺たちを危険視するだろう。
となると、必然的に対・俺たちの方に人を回し、『勇者』探索の方の人員は減る。
これでは本末転倒だ。
戦っても駄目、逃げても駄目。
そこで俺たちは、「死んだふり作戦」を決行することにした。
以下はその時の会話だ。
「死んだふり、ですの?」
「うん。何かこう、凄い爆発と同時にどこかにワープしたら『あ、あいつら死んだな』ってならない?」
「まあ上手く行けば騎士団の目を欺けるかもしれんが……」
「少々インパクトが足りないのでは? ほら、僕たち散々やらかしてきてますし、爆発くらいでは死んだと思ってもらえないかと」
「ふむ、じゃあきょじんくんを爆発させるか?」
「え」
「わしらが全員乗り込んだ状態ならば行けると思うぞ。うむ、さすがわしじゃ。異論は無いな? ならば決まりじゃな! 今から自爆装置作ってくる」
以上。
俺が発案し、没になるかと思われた「死んだふり作戦」は意外な形で採用となった。
ほぼエラの独断だが、より良い案が思い浮かばなかったため正式に決定。
というわけで俺たちは、騎士団が来るギリギリまで体力や魔力の回復に努めることとなったのだ。
住めば都とはよく言うもので、俺たちは案外すぐにジュネでの生活に慣れていった。
食材を採ってくる者、それを料理する者、エラと共にきょじんくんの調整を行う者。
役割分担をしつつ穏やかに過ごす日々は、先日までの目まぐるしさが嘘のように感じられるほどだった。
しかし、無情にもその時は訪れる。
ジュネの街に滞在し始めていくらか経った日のことだ。
「おはよう、みんな」
「おはようございます、フウツさん。……あら、少し顔色が優れませんわ。眠りが浅かったのですわね。ああ頭痛と倦怠感もありますのね、これはいけませんわ。今日はお休みになってくださいまし。なんなら私がすべて、ええすべてのお世話をいたしましょうか」
「だ、大丈夫。平気だよ」
とうとう体調まで完璧に察知するようになったデレーにやや恐怖を覚えたが、言っていることは事実であった。
気候が変わったせいで軽く風邪をひいたのかもしれない。
とは言え、動けないほどではないから休むまでもないだろう。
デレーは心配していたが、俺はいつも通り作業に勤しむことにした。
――ここで彼女の言う通り休んでおけば、あんなことにはならなかったのかもしれないのに。
不調を押してバサークたちと共に狩りへ出向いていた俺だったが、昼頃になるとだんだん具合が悪化してきた。
「ねえフウツくん、やっぱり休んでた方がいいよ。なんかすっごいふわふわしてるもん」
「でも……」
「いいから。ここはボクらに任せて、夕飯まで寝ておいでよ」
「……わかった。ごめんね」
これ以上は誤魔化せないか、と俺は観念し、お言葉に甘えて拠点にしている建物に戻ることにする。
倦怠感は収まったが頭痛は続いており、さらに妙な気持ちの悪さみたいなものが出てきていた。
吐きそうとかではないが、体の内側がもぞもぞするというか落ち着かないというか。
「は……っくしゅん」
俺はくしゃみをした。
そう、ただのくしゃみである。
鼻がむずむずした時に出るアレである。
繰り返すが、誓って、俺がしたのはくしゃみである。
「……あえ?」
しかし、くしゃみと一緒に出て来たのか何なのか、ボン、みたいな音と共に現れたのは――巨大な木のような物体だった。
なにこれ。
俺は呆然として、瞬きの間に出現したそれを見る。
木のような、とは言ったが明らかに木ではない。
だって虹色に発光しているし、てっぺんが霞むくらい高いし、枝の代わりに幹から手が生えてうにょうにょしてるし。
眺めれば眺めるほど、「木」という例えの不適切さが浮き彫りになってくる。
こんな木があってたまるか。
なぜくしゃみと共に現れたかはわからないが、これはただ事ではない。
「み、みんなを呼……」
慌てて駆けだそうとした瞬間、にわかに胃からせり上がるものを感じ、咄嗟に背中を丸めるようにしてそのまま吐いた。
吐き気も催してから吐くまでの時間が短すぎて、何か起きたのか理解できずに数秒ほど思考が停止する。
……吐くタイプの気持ち悪さじゃないってさっき言ったじゃん!
我に返り過去の自分に文句を言うも吐き気は収まらず、俺は意味不明な物体の脇にうずくまった。
「フウツさん! ご無事ですか!?」
すかさずデレーが駆けつけて来る。
俺の姿を見ると即座に駆け寄り、背中をさすってくれた。
「ああ、お労しい……。これが元凶ですの?」
「た、たぶん……?」
奇妙な物体はわさわさと動きながらも、特に危害を加えてくる様子は無い。
本当に何なのだろうか。
「んもう! デレーったらいちいち行動が早すぎるのよ! 強制的に引っ張られるお姉さんの身にもなってちょうだい」
「うわあ、すごいおっきいね! 何これ!」
「また面白いことになってますね、フウツさん」
みんなも次々に集まってくる。
まあこれだけ大きい物体が出現すれば、そりゃあ見に来るだろう。
「……フウツお前、魔力が大変なことになってるぞ」
「魔力?」
「感じたことのない魔力だ。おそらく魔王の力だろうな。それが物凄い勢いで漏れ出している」
「早い話が暴走じゃな! コレはその副産物じゃろ」
エラがなぜか喜々として説明しだす。
「デレーから聞いたぞい、おぬし朝から風邪気味だったそうじゃな? そのせいで魔王の力を収めておく機能に不具合が起き、ちょっとした刺激で暴走するようになっていたのじゃろう。で、何がきっかけでコレが出て来た?」
「く……くしゃみ」
しん、と場が静まり返った。
そして一拍置いて。
「ははははははは! それは良い! くしゃみで暴走とは、なかなか愉快なことをしてくれるなフウツ! え!? 魔王もまさか『器』がこんなことになっているとは夢にも思わんじゃろうて!」
爆笑するエラ。
俺は言わなきゃよかった、と猛烈に後悔するのであった。




