発進! きょじんくん
エラは続ける。
「のう、カター。敗北を認めるには、まず『敗北』という事象の定義が必要じゃ。何を以て敗北とするか、それを決めねば判断はできぬ」
「…………?」
「ではわしが定義してやろう。この状況におけるわしの『敗北』とは、仲間が1人でも命を落としてしまうことじゃ。よし、これではっきりした。わしはまだ敗北しておらぬぞ」
「だから何だ。貴様らは今から私に斬られる。また貴様らに抵抗する力は残っていない。貴様の敗北は確実だ」
「いいや」
ずずん、と小さく地面が揺れた。
地に伏している俺やみんなと違い、立っているカターさんたちは気付いていないようだ。
「わしは負けぬ。むしろ勝つ。なぜなら天才じゃからの」
もう一度ずずず、と揺れ、さらにその揺れが徐々に大きくなる。
「……? なんだ、この揺れは」
ここでやっとカターさんとナオも揺れを認識した。
エラの余裕ぶりからして、彼女が何かやっていることには違いないのだろうが、その何かがわからない。
エラ以外の全員が困惑しているうちに、揺れはどんどん大きく……いや、近くなってくる。
「おお、そうじゃ。『勝利』の定義もしておかねばな。よいか、わしの『勝利』とは、全員無事にこの場から離脱することじゃ」
建物全体が揺れに耐えかねて軋む。
……何かが、地下から上がってくる?
それに気付いた直後、バキバキと床に亀裂が入り出した。
カターさんが足元にも入ったひびを警戒して大きく飛び退く。
やがて割れ目をこじ開けるように、それは姿を現した。
「そう……例えばこんなものを使って、な」
鈍く光を反射する表面。
感情を映さない、作り物の顔。
木の幹よりも太くたくましい腕。
地面から上半身しか出てないというのに、既に天井まで届きそうな背丈。
おそらく――こんなものは見たことが無いから「おそらく」というほかないが――巨大な、巨大な鉄人形であった。
「ん? どうした皆の者。反応が薄いぞ?」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
何これ?
いつの間にこんなものを造ってたんだ?
エラはどや顔をしているが、「凄い!」より「何?」の気持ちが圧倒的に勝っている。
あのバサークでさえぽかんとしてるし。
「まったく、あまりの偉大さに言葉も出んか。仕方のない奴らよ。あーどっこいしょ」
エラはふらふらと立ち上がり、鉄人形によじ登る。
背中の方に回って隠し戸のようなものを開けると、中へ入って行ってしまった。
「…………?」
ややあって、ガコン、という重々しい音と共に鉄人形の腕が動き出す。
中からエラが操っているのだろうか。
無機質な手はゆっくりとこちらに近付き、俺たちの前に手のひらを上にして止まった。
「乗れ……ってこと、かな」
「だ、大丈夫なのかしら」
「エラさんを信じるしかないですわね」
未だ唖然としているカターさんたちを尻目に、俺たちは恐る恐る大きく分厚い手の上に乗る。
すると手は再び動き出し、そのまま器用に背中の方へ回った。
ちょうどエラが使ったと思われる戸の正面に来たので、彼女を真似て開けてみる。
中を覗くと狭い階段になっており、奥に続いているようだった。
足を滑らせないよう、慎重に降りていく。
少し行くとまた扉があった。
後ろを振り向きみんながちゃんとついてきていることを確認し、俺は扉をそっと開ける。
と。
「わ……!」
そこに広がっていたのは、何やら謎の丸机を中央に据え、壁に黒い丸が描かれた方眼紙のようなものが貼られた部屋だった。
そして。とても鉄人形の中だとは思えない不思議な空間で、エラはニンマリと笑っているのであった。
「ふふん。ようこそ諸君、ここが巨大鉄人形・きょじんくんの操縦室じゃ」
「きょじんくん……」
「おっと賛辞は後じゃ。ひとまず『勝利』を掴むとしようぞ」
エラはそう言うと、中央の机に手を当てた。
「きょじんくん、発進じゃ!」
ガコン、と鉄人形……きょじんくんが動き出す。
「デレーよ、屋根をぶち抜くが良いか?」
「今更ですわ。矢の雨とこの鉄人形の出現で、既に半壊してますもの」
「はっは! ならば行くぞ!」
上昇する感覚と共に、メキメキメキッと木材の壊れる音がした。
上半身だけでいっぱいいっぱいだったのだ、立てば余裕で屋根を突き抜けるであろうことは想像がつく。
「ようし。動作は上々、お次は上昇じゃ!」
「上……昇……?」
もう直立状態にあるだろうに、さらに上昇?
と、いうことはまさか。
「おぬしら、ちゃんと捕まっておるのだぞ」
思わず足がすくみそうになる浮遊感、続いてぐるりと水中で半回転するような感覚が来る。
ゴゴゴ……ときょじんくんが小刻みに震え、おそらく前だと思われる方向に進み出した。
「ちょっとエラ、これどうなってるの? ねえお姉さんたち今どうなっちゃってるの?」
「飛んでおるぞい」
「飛ぶ」
「そうじゃ」
アクィラの目が点になる。
見上げるほどの巨体を持つ鉄人形を飛ばすなんて、いったいどれほどの魔力が必要なのか。
「そ、そうだ、魔力! エラ、魔力は大丈夫なの? さっき使い果たしたって……!」
「おうおう、案ずるな。今使っておる魔力は、こんなこともあろうかと備蓄しておいたものじゃ」
「え、魔力って溜めておけるの?」
「普通は無理じゃ。が、わしにかかればお茶の子さいさいよ」
言いながら、エラは机の引き出しを開けて中に入っている小瓶を見せた。
一見ただのガラス瓶だが、これが魔力を溜めておくことのできる道具なのだろう。
「さて、ここからしばらくは飛びっぱなしじゃからの。わしへの賛辞とか質問とか誉め言葉とか、たくさん言うが良いぞ」
「はいはい!」
バサークが勢いよく手を挙げた。
「ね、ね、これさ、あれでしょ!? あたしたちが前に欲しいねって言ってたやつ!」
俺たちが前に欲しがってた?
いったい何のことだろうか。
「おお! 気付いたかバサーク! その通りじゃ、よしよし頭を撫でてやろうな」
「えへ!」
どうやら正解だったらしい。
エラは上機嫌でバサークを撫でまわす。
しかし、俺たちがこんなトンデモ鉄人形を欲しがったことなんてあっただろうか。
魔力で自在に動かせる、巨大な鉄人形など。
――でっかくて強い鉄人形!
――物見台より背が高くて、自由に動かせるの!
……ん?
よくよく思い返してみると、なんかバサークがそんなことを言ってたような。
何の話の流れで言ってたんだっけ。
俺は記憶の棚を漁る。
ええと、確か『器』を探す旅の途中、第二領地に着いて間もない頃……。
――エラさんから手紙が届きましたの。
――何か必要なものがあれば作ってやる、と。
「ああっ! 秘密兵器か!」
「フウツも思い出したようじゃの。そうとも、このきょじんくんはおぬしらの要望に応えて造った、秘密兵器なのじゃ」
「んん? なんのこと? お姉さんわからないわ」
そういえば、あれはまだアクィラがいなかった時期だったっけ。
俺は彼女に、エラが何か作ってやると申し出てきたこと、俺たちはみんなで話し合って色々案を出したこと、その案の中に「巨大な鉄人形」があったことを話した。
「まあ、そんな面白そうなことしてたの? お姉さんも混ざりたかったわ」
「ならおぬしの要望も取り入れてやろう。なんでも良いぞ」
「本当? じゃあちょっと待っててね、とびっきり素敵なのを考えてあげるわ!」
アクィラも意外とこういうのが好きなのか、うきうきしながらああでもないこうでもないと案を練り始める。
「そうそう、採用したのは鉄人形の部分だけではないぞ。何をどこに組み込んだのか、たっぷり聞かせてやろう!」
そう高らかに宣言すると、エラはいつもの五割増しくらい自慢げに、きょじんくんの機能を語り出すのであった。




