王都
「さて、では騎士団が戻って来る前に諸々済ませてしまおうかの」
エラは遠話機を取り出し、ククに繋ぐ。
『はいエラさん、どうしましたか?』
「新たに2人、魔族を匿うことになった。今から送るから出迎えてやってくれ。おぬし同様、魔王から追われる身とのことじゃ。部屋は適当なところを空けてやっとくれな」
『了解しました! お待ちしていますね』
びっくりするくらいとんとん拍子に話が進んだ。
経緯を説明されずともすぐに飲み込むククは、もしかして大物の器なのではなかろうか。
「よしメイル、キャルラと近寄ってこれに魔力を込めよ」
「? なんだ、これは」
「ワープ魔法発動装置じゃ。燃費はあまり良くないが、一瞬でわしの屋敷に移動できるぞい」
「わかった。ありがとう」
メイルさんはエラからワープ装置を受け取る。
「お兄ちゃん、何するの?」
「この少女の家に行く。しばらくは魔界に戻らずに、人間界で生活するんだ」
「そうなの? あ、でも任務はどうしよう。言われたことちゃんとしなかったら、魔王様に叱られちゃわない?」
「大丈夫だ。私が休暇を取らせてくれと言っておく」
「そっか! じゃあ平気だね」
メイルさんはキャルラとぴったりくっつき、ワープ装置を握りしめた。
「この恩は返す。お前たちが窮地に陥った時には、必ず駆け付け助力すると約束しよう」
「また遊ぼうね!」
メイルさんはこちらを真っ直ぐに見据えて、キャルラは笑顔で手を振る。
ほどなくして2人の姿は消え、後には俺たちとやや傷付いた街だけが残った。
「じゃあ僕らも行きますかね。騎士団は放っておいていいでしょう?」
「そうじゃのう。できるだけ接触は控えたいし、援軍が到着する前にとんずらするのが吉じゃな」
騎士団の人たちに申し訳なさを覚えつつも、俺はみんなと一緒にその場を離れる。
聞き込みどころじゃなくなってしまったけれど、メイルさんたちから魔界の様子を聞けたのは良かった。
こちらに送られてくる魔族は、誰しもが来たくて来ているのではない。
実力があれば、メイルさんのように脅されて従わざるを得なくされているのだ。
となると今後、魔族と遭遇した際に、上手くすれば戦わずに済む場合が出てくるかもしれない。
あと、メイルさんの強さからして緑色の石の改良版ができていることは確かだ。
だがおそらく、魔王が使っていたであろうものとは別物である。
俺たちといた時間だけを考えても、メイルさんは魔王より長く人間界にいた。
加えて、彼は強かったが魔王ほどではない。
その分は緑色の石の効果が弱くていいはずだ。
つまり。
現在魔界には、メイルさんクラスの魔族までが人間界で問題なく活動できる石と、魔王クラスの魔族でもわずかな時間だけなら人間界で活動できる石とがあることになる。
魔界の技術も日々進歩しているようだ。
うかうかしていると、本格的に魔王軍がまた攻めてくるだろう。
早く俺たちか騎士団が『勇者』を見つけ出さなくては。
とまあ、そんなこんなで俺たちはクアナを去り、いよいよ王都に足を踏み入れることとなった。
「うわあ、すごい大きい壁だね! あたし、飛び越えられるかどうかやってみようかな!」
「ちょっとバサークさん、あまりはしゃがないでくださいよ。周囲から変に注目されては、これからの行動に支障が出ます」
「はーい」
中に入る前に、まず門のところで手続きをする。
職業と王都に行く目的を尋ねられたが、まさか正直に冒険者とは言えるはずもない。
デレーは事前に決めていた、友人とその家族とで連れ立って観光に、という設定を役人に伝えた。
荷物検査も難なく通過し、俺たちは門をくぐる。
すると途端に、煌びやかな光景が目に飛び込んで来た。
大小様々な建物が所狭しと立ち並び、遠くの方には王城だと一目でわかる立派な城がある。
この距離でも大きく見えるのだから、近くに行っててっぺんを見上げたら首が痛くなりそうだ。
脇に規則正しく木が植えられた通り、そして通りが交差する場所は少し広くなっており、中心に噴水が設置されている。
嬉しそうな人、不機嫌そうな人、憂鬱そうな人。
睦まじく腕を組んで歩く恋人たち、1人でぼんやりしながら歩く人、走り回る子どもに手を焼く親。
老女、青年、初老の男性、めかし込んだ女性。
それはもう、目が回ってしまいそうなくらいに色々な人たちが行き交っていた。
これがユラギノシアの中心都市、王都。
その華やかさたるや、クアナやセジューの比ではない。
「これだけの活気……。やはり王族は王都の民にさえ、魔王や『器』のことを一切公表していないようですわね。安心と言えば安心ですわ」
「そうだね。ただ指名手配の方はしっかり周知させてるみたい」
フワリは近くの建物の外壁を指差す。
そこには店の広告や催しを宣伝するビラと共に、「指名手配! この人物率いるパーティーを見つけたら騎士団まで」という紙が貼ってあった。
無論、「この人物」とは俺のことである。
「あら、あっちにも同じのがあるわ。あそこにも」
「フウツ有名人になっちゃってるね!」
嬉しくないなあ……。
しかし、王都は王族や騎士団本部のお膝元。
狼の姿だから大丈夫だとは思うが、念には念を入れ、絶対にボロを出さないようにしなくては。
「ええ、フウツさんだけでなく、私たちも十二分に気を付けて行きましょう。騎士はもちろん、知人ともできるだけ接触しない方が良いですわね」
「賛成です。というか、その関連でいくと一番マズいのは僕なんですけどね。仮にも行方不明児童なので、万が一親に見つかると……」
そういえばそうだった。
とは言え彼の出身は第七領地だ。
警戒するに越したことは無いが、親と出くわす確率は低いだろう。
「では調査に取り掛かるとするかのう。クアナの時と同様に、いくつかの組に分かれて、おっと」
と、エラが喋っているところに誰かがぶつかって来た。
「ああ、ごめんなさい。少し余所見をしていたわ」
それは中年……と言うにはまだ少し若いくらいの女性。
彼女は自分が他人とぶつかってしまったことに気付き、すぐに謝罪する。
「気にするな、ご婦人。おぬしこそ大丈夫かえ?」
「うふふ、変わった話し方をするのね。でも心配してくれてありがとう。ところで――」
ぴたり、と。
女性の動きが止まった。
穏やかな笑みを凍り付かせ、その目線はエラとは別のものを見ている。
つられてそちらを見ると、目を泳がせるトキがいた。
……まさか。
嫌な想像と冷や汗がどっと溢れる。
だって今さっき「まあ大丈夫じゃない?」みたいな話をしていたところじゃないか。
いや、だからこそなのか?
油断した瞬間に即死みたいなアレなのか?
異様な緊迫感の中、女性の口がゆっくりと開く。
「…………トキ?」
かすれるような音で紡がれる彼の名。
まるでそれは死刑宣告のようでもあり。
俺たちの誰もが、どうしようもなく理解してしまった。
この女性が、トキの母親であると。




