兄として
「あはは、久しぶりの『ぎゅー』だ!」
「……キャルラ」
「なあに?」
「無事、なんだな」
「? うん。わたし、ちゃんとお仕事してたんだよ! 偉いでしょ」
「仕事……?」
「んもう、忘れちゃったの? 任務のことだよ」
再会を喜ぶ兄妹。
しかし、その会話はどこか噛み合っていない。
「どういう! 状況ですの!」
「わっ」
またもや音も無く背後に立っていたデレーに、問答無用で抱き上げられる。
「申し訳ありませんわ、フウツさん。あなたがいなくなったと気付いてからすぐ探しに行こうとしたのですが、あの魔族が離脱を許してくださらず……。つい先ほど、やっと離脱に成功したのですわ」
「俺が間抜けだっただけだから気にしないで。むしろこっちこそごめんね、無駄に走らせちゃって」
「いいのよフウツちゃん、お姉さんは貴方が怪我無く帰ってきてくれただけで十分よ」
「……私とフウツさんの会話を邪魔しないでくださる?」
「あら、貴女の持久力を底上げするために、わざわざ加護を与えてあげたのはお姉さんなんだけど?」
「それはそれ、これはこれですわ。しゃしゃり出ないでくださいまし」
いつものように火花を散らす2人を見ていると、いっそ微笑ましいくらいの気持ちになる。
「そうだエラ、騎士団は?」
「住民の避難誘導と護衛をしておる。『ここはわしらが抑えるからおぬしらは民の守護と応援要請を頼む』と言ったら素直に場を離れてくれたわい。あのような強い魔族とはできるだけ戦いたくない、というのもあるのじゃろうな」
確かに、彼は魔王を除けば今までで一番、強者の気迫みたいなものがあった。
キャルラは「戦いの仕事をしている」と言っていたし、かなりの実力者なのだろう。
「狼のお兄さん」
噂をすればなんとやら。
キャルラの声に振り向くと、彼女と神妙な面持ちのお兄さんが立っていた。
「あのね、お兄ちゃんがお話ししたいんだって。いい?」
「いいけど、何の話?」
「それは俺の口から言う。そこの少年よ、向こうでキャルラの相手をしていてくれないか。この狼と2人きりで話したいのだ」
お兄さんに頼まれたトキは、やや面倒くさそうな表情をする。
が、「わかりました」と渋々ながら頷き、キャルラを連れてバサークのところへと離れて行った。
「……狼の少年。妹と再会させてくれたこと、心の底から感謝する」
「いえ、そんな」
「さっそく本題に入りたい、のだが……」
ちらりとお兄さんは俺の背後に目をやる。
「2名ほど、物凄くこちらを凝視してきているがあれは何だ」
「あ、いつものことなので大丈夫です。ちょっと心配症気味なんですよ」
「そ、そうか」
見ずともわかる、デレーとヒトギラだ。
まあさっきまで戦っていた相手だし、警戒するのも無理はない。
「では、改めて。私の名はメイル。お前のことはあらかたキャルラから聞いた。魔法で姿を変化させているそうだな」
「はい、少し事情があって」
「ほう。事情、か……まあ追及はすまい。それより、お前に頼みたいことがある。街の人間を襲っておいて、図々しいことは承知の上だ。だがどうか、話だけでも聞いてほしい。魔族である妹に良くしてくれた、お前を見込んでのことだ」
俺は頷く。
メイルさんは「すまない」と言い、淡々と語り出した。
――私と妹は、なんてことはない平凡な家庭で育った。
しかし両親を早くに亡くしたため、私はどうにか仕事に就き生きていくための金を稼がねばならなくなった。
そこで私が選んだのは、地下闘技場だ。
闘技場は知っているか?
人間界のものと同一かはわからないが、魔界における闘技場は文字通り、戦士たちが闘う場だ。
観客は入場料を支払って試合を観、買った戦士がその金の一部をもらえるんだ。
地下闘技場はそこから派生したものでな。
戦士は相手を殺しても構わない、観客は勝ちそうな方に金を賭け、予想が的中すれば儲けられる……。
平たく言えば博打場と闘技場が合わさった施設だ。
危険ではあるが、戦士が貰える賞金は正規の闘技場よりずっと高い。
私はその金目当てに、地下闘技場の戦士となった。
ちなみに妹にはぼかして伝えてあるから、お前も秘密にしておいてくれ。
以降、それなりに安定した生活を送っていたのだが、先日、魔王の使者がやって来て私に言った。
人間界侵攻の先兵としてあちらの世界に行け、と。
私はもちろん断った。
人間界を攻めることには関心が無かったし、そもそも妹をひとり置いてはいけない。
使者はいったん引き下がったが、その晩、こともあろうか妹がいなくなったのだ。
そうして狼狽する私の元に再び使者が現れ、「妹を預かった」「お前が協力を拒否するのは勝手だが、その場合は妹の首が飛ぶ」と脅しをかけてきた。
妹の命か、異世界の人間の命か。
そんな単純なこと、比べるまでもない。
俺は二つ返事で魔王に協力することを了承した。
だが蓋を開けてみれば、妹は人質どころかわずかな食料だけで、任務と偽り人間界に放り出されていたというではないか。
奴らがどんなつもりでそんなことをしたかは不明だが、少なくとも妹を返すつもりなどさらさら無かったのだろう。
私は危うく、いいように利用され妹まで失うところだったというわけだ。
「なるほど、そういうことだったんですね。それで、俺に頼みたいことって?」
「ああ。妹と会えた以上、もう魔王に従う必要は無い。かと言って、魔界に戻るのは危険だ。私はこのまま妹共々、人間界に残ろうと思う。だからこのことを、どうか他の人間に口外しないでほしい。お前、ひいてはお前たちへの頼みはそれだ」
「わかりました。でも人間界で暮らすつもりなら──」
「わしの屋敷に迎えてやろう!」
ここぞとばかりにエラが割り込んで高らかに言う。
メイルさんは俺と2人きりで話を、とのことだったが、まあエラが素直に従うわけもないか。
「すでに1人、わしの屋敷に魔族を住まわせておる。ククという少女なのじゃがな、あやつも仲間が増えれば喜ぶじゃろう。どうじゃ?」
エラの提案にメイルさんは驚いた顔をし、少し考え、そして頷いた。
「そうだな、お言葉に甘えよう。対価は?」
「屋敷を守ってくれれば良い。あとはまあ、困ったときに助けを求めるかもじゃ」
「いいのか、それだけで。気に入らない奴の1人や2人くらい始末してやってもいいのだぞ」
「天才に二言は無い! よし交渉成立、ククに連絡するから妹にその旨を話しておくがよい!」
「恩に着る」
メイルさんは短く礼を言い、キャルラのところへ行く。
当のキャルラはトキ、バサーク、そしてフワリと何やら人形遊びをしていた。
たぶんあの人形はフワリの作ったやつだ。
メイルさんが話しかけるとキャルラは彼の腕を引っ張り、遊びの輪の中に招き入れる。
少々困ったように眉を下げながらも、メイルさんは笑顔であった。
「良いのう、兄妹というものは」
「そうだね。ああいうの、ちょっと憧れちゃうなあ」
「でしたらフウツさん、私と結婚すれば義兄姉ができますわよ? いかが?」
「うーん遠慮しておこうかな」




