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妹と兄

「わたし、あっちではお兄ちゃんと暮らしてたの。でも魔王様の部下の偉い人が来て、わたしに『大事な任務がある』って言って、わたし人間界に行くことになったんだ」


 椅子に腰かけ、足をぶらつかせながら彼女は続ける。


「『人間にバレないように、廃墟に住みつけ』って。人間に会っちゃ駄目、お外に出るのも駄目。理由は秘密らしいんだけど、とにかくこっそり生活するのがわたしの役目らしいの」


 うーん、なんだか妙な任務内容だ。

 諜報活動をさせるでもなく、ただただ息をひそめて生活しろと指示したところで、いったいあちらにどんな利益があるのか。


「だからさっきお外にいたのはね、ほんとはいけないことなんだ。でも……お兄ちゃんが来てくれた気がして、どうしても気になって。まあ結局お兄ちゃんはいなくて、代わりに狼さんがいたんだけどね」


 魔王の命令で、兄と引き離され異郷の地に放り出される……なんとも不憫なことだ。


 この子が持っているであろう緑の石を割れば魔界に帰してやることはできるが、その先でどんな目に遭わされるかわかったものではない。

 あの残忍な魔王のことだ、きっと相手が小さな少女でも容赦のない処罰を下すだろう。


「はあ……お兄ちゃんに会いたいなあ」


 少女は顔を曇らせ、溜め息混じりに呟いた。

 ますますなんとかしてやりたいという気持ちが強くなる。


 兄も魔族だというのなら、そこらの人間よか特徴的な姿をしているだろう。

 彼がこちらに来ている可能性は低いが、もし見かけた時にはそうとわかるよう、容姿を知っておきたい。


 俺は「気になる!」感を出すために、その場で跳ねてみた。


「なになに? もっと聞きたいの?」


 やった!

 俺はまたもや上手く意思を伝えられたことに喜ぶ。


 最初の噛み合わなさが嘘のようだ。

 これはもう、少女と心が通じ合ってきているんじゃないか?


「お兄ちゃんはねえ、すごくかっこよくて、すごく強いんだよ。おっきな場所で戦いのお仕事をしてるんだけどね、みんなバシバシーってやっつけちゃうんだ。見たのは1回だけだけど、すごかったよ!」


 大きな場所で戦う仕事……?

 戦うってことは騎士かな。

 でも大きな場所って何だろう。

 もしかしたらこちらには無い、魔界特有の職業かもしれない。


「固有魔法もかっこいいんだ! なんかね、手と足が硬くなったり変形したりするんだよ。いつもはわたしと同じような感じなんだけど、戦う時は……そう! 鎧を付けたみたいになるの!」


 手足が鎧のように強化される、か。

 扱いが上手ければ上手いほど、強力な武器となりそうだ。

 さながら街で暴れていた魔族のように。


 ……ん?


 街で暴れていた魔族……。

 そういえばあの人も、この子みたいに腕が2対あったよな。


 ……いや、まさかそんな。

 兄妹だからと言って、腕の数が同じとは限らない。

 仮に同じでも、魔界じゃ腕が多い人は珍しくない可能性だってある。

 身体の変形や強化も、そう奇抜な魔法でもあるまい。


 偶然、一部の特徴が一致しただけに違いない。


「お兄ちゃんね、見た目もかっこいいんだよ? 背が高くてー、角が片っぽだけにあってー、目とかもキリってしてるの。あはは、わたしとはあんまり似てないんだ。おそろいなのは、腕が4本あることくらいかなあ」


 前言撤回、確実に彼がこの少女の兄だ!


「…………! ……!」


「うわわ、どうしたの扉に体当たりなんかしだして! そんなに出たかった? ごめんね、今開けるね!?」


 俺は少女の手をぺしぺしと叩く。

 本当なら引っ張っていきたいところだが、ガワが狼なのでできない。


 君も来るんだよ!

 あっちにお兄さんがいるから!

 俺見たから!


「え、え? あ、わたしと一緒に行きたいの? でも2回も決まりごと破っちゃうのは……」


「いいから来て! お兄さんに会いたいで――あ」


「へ」


 やらかした。

 もどかしさに耐え切れず、うっかり声を出してしまった。


 すぐさま口を閉じ、目を泳がせる俺。

 だが時すでに遅し。

 少女は目をまん丸にして俺を見ている。


「お、狼さん、いま喋った……よね……?」


「……………………はい」


 もうこれは誤魔化しようがない。

 俺は観念して頷いた。


「す……すごーい! とってもおりこうさんなんだね! 人間の言葉、いっぱい練習したの?」


 彼女のキラキラした目が良心に刺さる。

 このまま喋れる狼の振りをするのは無理だ。

 申し訳ないが、とても俺の心が持たない。


「ううん、違うんだ。本当にごめん……実は――」


 俺は自分が狼のガワを被っただけの人間であることを少女に打ち明けた。


 さあ存分に怒りをぶつけてくれ、俺は最低な人間だ。

 でも人間を滅ぼす方向にシフトするのだけは、どうか勘弁してほしい。


 俺はぶつけられるであろう罵詈雑言と暴力に身構える。

 しかし。


「へえ、そうだったんだ!」


 少女の反応はあっさりしたものだった。


「でもなんで水路を流れてたの? 狼さん、元はお兄さんなんでしょ? わたしは微妙だけど、お兄さんなら足つくよね」


「それが、自分ではこの魔法を解除できなくて……。というか、怒らないの? 人間が動物の振りしてたんだよ」


「怒る? なんで?」


 首を傾げてきょとんとする少女。

 あれ、もしや俺が意識しすぎてただけ……?


「それより、さっきお兄さんがどうとかって言いかけてたよね。なんて言おうとしたの?」


「あ! そうだ、それなんだけど、俺さっきお兄さんに会ったんだよ!」


「お兄ちゃんに!? ほ、ほんと!?」


「うん、間違いないと思う。案内するからついてきて」


 俺は少女と共に家を出る。

 細い道を抜けて水路のところまで行き、上流に向かって走り出した。


 人間を殲滅せんとしていた彼に会い、少女がどんな行動に出るかはわからない。

 もしかしたら、彼女も敵に回るかもしれない。

 けれど、兄と引き離されて寂しがる少女を放っておくわけにはいかないのだ。


「ねえ狼のお兄さん。お名前、聞いてもいい?」


「! うん。俺はフウツ。冒険者のフウツだよ」


「お菓子みたいな名前だね! わたしはキャルラ。改めてよろしくね、狼のお兄さん」


 にこりと笑うキャルラに、俺も笑顔で返す。


 俺たちはひたすら全力で走り続けた。

 というより、俺がキャルラに遅れないように必死に走った。


 少女のキャルラでさえこの力である。

 ドラゴンがいたのと、おそらくまだ緑の石が開発されていなかったとはいえ、1000年前の人たちはよく魔族を追い返せたものだ。


「いた! あそこだよ!」


 やっとこさ辿り着くと、そこではまだキャルラのお兄さんとヒトギラたちが戦っている最中だった。


 別行動をしていたみんなは、予想通りだいたい集まっている。

 いないのはデレーとアクィラか。


「わ、ほんとだ、お兄ちゃんがいる! お兄ちゃーん!」


「みんなー! いったん止まってー!」


 キャルラと共に駆け寄る。

 するとこちらに気付いた一同が、ぴたりと戦いの手を止めた。


「おお、フウツ! やれやれ、無事じゃったか」


「お前な……。いつも突然いなくなりすぎだ、心臓に悪い。手綱でも付けておいてやろうか?」


「あはは、手綱は勘弁してほしいかな。えっとね、うっかり水路に落ちて下流の方に流されてたんだ。それからあの子に助けてもらって……」


 俺はキャルラの方に視線を向ける。

 彼女は兄に抱きつき、再会を喜んでいるところだった。


「お兄ちゃん、やっと会えた! ね、なんでこっちにいるの? お兄ちゃんも任務?」


 兄は何も言わず、呆気にとられている様子だ。

 いったい何を思っているのだろう。

 もし、妹のことを良く思っていないのだったら……。

 俺は少しの不安を感じながら、彼女らを見守る。


 けれど、少しの沈黙の後。

 ゆっくりと、そして花に触れるように優しく。

 彼はキャルラを抱きしめたのであった。

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