天才ゆえに
「エラ、エラ」
「うむ」
「人間ですらないんだけど」
「かっこよかろう?」
まさか2つ目にして人の形を奪われるとは思わなかった。
かっこいいことは認めるが、そういう問題じゃない。
自分の体を眺め、どこからどこまで完全に狼であることを不本意にも噛みしめていると、頭上からぬっと現れた手に抱き上げられる。
「あはは! フウツふわふわだ!」
「わ、ちょっと、撫でないでよー!」
手の主、バサークは俺をがっちり捕まえてわしわしと体を撫でまわしてきた。
動物を触りたい気持ちはわかるが、俺からすれば羞恥もいいところだ。
「見た目は成獣の狼なのにフウツさんの声がするの、滑稽ですね。間抜けな感じがしていいと思いますよ」
「よくない! ふぬぬ……てやっ!」
俺はなんとかバサークの腕から脱し、ヒトギラの後ろに避難する。
盾にするようで申し訳ないが、あのバサークに対抗するにはヒトギラの障壁しかないのだ。
「ああっ、ズルいですわ! フウツさん、私が守って差し上げますから、こちらへいらしてくださいな」
「いや駄目だ。能力からしてお前は攻め、俺が守りに決まっている。残念だったな諦めろ」
「くっ、本性を現しましたわね! あなたも所詮はケダモノ……フウツさんは任せられませんわ!」
「どの口が言ってるんだ?」
「ちょ、ちょっと、少なくとも今はやめよう、ね! ここ宿だから!」
慌てて飛び跳ねながら2人を仲裁する。
最近仲良くなってきたと思ってたのに、気を抜くとこれだよ……。
「……って、あれ? そういえば普通に四足歩行できてる……?」
俺はまた違和感、というより違和感が無いことに対する違和感を覚えた。
地に足を付けている感覚や、そのまま歩行する感覚は普段の二足歩行時と変わらない。
しかし、実際にしているのは四足歩行なのである。
「ふふん、良いところに気付いたのう」
「これも仕様なの?」
「そうとも。本来の変装魔法からちょいと式をいじって、『二足歩行』を『四足歩行』に置き換えているのじゃ。行動置換といったところかのう。これのメリットは、体を動かす感覚が変わらないこと。あえて意識せずとも変装後の体に合った動きができるのじゃよ」
自慢げにエラは続ける。
「まあ、そうであるがゆえのデメリットもある。完全に見かけだけの変化である点と、置換が1対1でしかできない点じゃな。あくまで変化しているのは外見だけじゃから身体能力は変わらぬし、呼吸方法なんかはそもそも置き換えができん。あくまでガワを操縦しているだけなのじゃ。例えば魚になれど水中での呼吸はできぬし、鳥になれど空を飛ぶことはできぬ。後者は『歩行』か何かと引き換えにすれば可能かもしれんがな。おぬしも狼の姿になっておるが、尻尾は動かせぬし走る速度も本来のおぬしと変わらぬのじゃ。ここさえどうにかできれば変身魔法の完全上位互換として成立するのじゃがのう……。まだまだ改善点ばかりじゃよ」
……めちゃくちゃ喋ってくれた。
魔法に関するエラの話は、俺に関するデレーの話と同じくらい長い気がする。
とりあえず人間のそれとかけ離れた動きはできないということでいいのだろうか。
トキは「なるほど」みたいな顔してるけど、俺はよくわからなかった。
「ええと、それじゃあ3つ目をお願いしてもいいかな」
「あいわかった。ほいっと」
またまた視界が光に包まれる。
頼む、三度目の正直であってくれ。
俺は固く目を瞑り、祈った。
数秒数えてゆっくりと目を開き、鏡を見る。
――あった。
俺には、男には無いはずの膨らみが、あった。
「なんで!?」
驚きのあまり大声を出してしまう。
慌てて股間を触った。
こちらは無い。
絶望である。
いや本当になんでだ?
性別変化はさっきやったよね?
「む、何か問題でも?」
「問題しかないよ! っていうか、どうして選択肢の3分の2を女の子の体にしたのさ」
「フウツよ、幼女と女性は全く別物なのじゃ。ゆえに、どちらか一方のみを優遇することはできぬ。おぬしも大人になればわかるはずじゃ。それぞれの持つ魅力がな」
「男性ガン無視なんだよなあ……」
髪が胸辺りまで伸びているばかりか、ご丁寧に服装まで女性のものになっている。
白いブラウスにカーディガン、膝丈のスカートと膝下の黒い靴下……これエラの趣味だろ。
というか恥ずかしくてあまり自分の体を見ていられない。
こんな形で青少年の心を弄ばないでいただきたいんだけど、本人は良かれと思ってやってるんだよな。
「エラさん、さすがにこれはよろしくありませんわ」
デレーが冷静にエラを諫める。
よかった、今度は理性がちゃんとはたらいているみたいだ。
「ただでさえ愛らしいフウツさんが女性になってしまったら、どんな虫が寄って来るかわかりませんわ。無論、私が全力でお守りしますが、それでも危険でしてよ。この魅力溢れるフウツさんをいやらしい目で見る人なんて、きっと山ほどいますもの。特にヒトギラさんとか」
「見るわけないだろうが殺すぞ」
うん、冷静ではある。
が、流れるようにヒトギラを煽るのはどうにかならないものか。
「どうじゃ、フウツ。どれが一番気に入ったのじゃ?」
「選択肢が無いに等しい」
「そう言うな。女の体も慣れれば癖になってくるかもしれんぞ?」
「なりたくない……」
ぶっちゃけ女の子も狼も女性も嫌だけど、「せっかくエラが一晩かけて作ってくれたのに全部無駄にしちゃうの?」と俺の良心が語りかけてくる。
「さあさあ、どれが良い?」
加えてエラも期待の眼差しを向けてくるものだから、もう逃げ場が無い。
せめてエラが悪意を持ってやっていたなら良かったのに……なんて現実逃避をしていても仕方がない。
俺は観念して口を開いた。
「えーっと……。うん、狼でお願い……しようかな」
苦渋の決断である。
一時的にとはいえ人型を手放すことへの抵抗は拭えない。
しかし、それでも俺は男のままでいたい。
あと惜しそうな表情のデレーにも悪いが、女の子の体で平然としていられるほど、俺はまだ大人ではないのである。
「ようし、決まりじゃな!」
エラが指を鳴らすと共にぱちんと光がはじけ、俺は男の体に戻る。
魔法をかけられていたのはほんの少しの間だったが、自分の体がいやに懐かしく感じられた。
「これからしばらくの間、人目につきやすい場所では基本的に変装魔法をかけっぱなしで過ごしてもらう。先に説明した通り、体に負担は無いはずじゃが、何かあればすぐ言うておくれ。天才の名にかけて即改善してやろうぞ」
「わかった。宿で寝る時とかは戻っていいんだね?」
「うむ。ああ、ちなみにわしも当分このままでいくぞい。手配書には何も書かれていなかったが、騎士団内にはがっつり人相がバラまかれておるからのう」
そう言ってエラはからからと笑う。
彼女がなぜ騎士団のブラックリストに入れられているか、またなぜ国から研究費を貰えているか、身をもってわからせられた俺であった。




