メタモルフォーゼ
「はーっはっはっは! やっぱわし天才! 一晩で変装魔法を3通りも編み出してしもうたわい!! はっはっはっは!」
翌朝、俺たちはそんなエラの声で叩き起こされた。
さらにそのまま各々の部屋から引っ張り出され、8人全員がひとつの部屋に集まる。
そう広くない部屋でみちみちに詰まりながらも、円になって向き合った。
「ではさっそく、わしの超凄い……いや別に式が面倒なだけで難しくはないんじゃが、まあ実用性に満ちた魔法を披露するぞい!」
「…………」
「拍手!」
「わー」
寝起きで微妙にテンションの低い俺たちとは対照的に、エラは活き活きしており楽しげだ。
本当に魔法が好きなんだなあ……。
「おっと、その前に変装魔法がどんなものかを説明しなくてはな。まずはこれを見るが良い」
言い終えると同時に、淡い光がエラを包む。
いくらかして光が晴れた後、そこに立っていたのはいつもと少し容貌の違った彼女だった。
肩くらいまであった髪は腰あたりまで伸び、色も赤みがかった白から濃い紫に変化している。
さらに橙色だった目は赤く染まり、背丈もやや高くなっているときた。
「どうじゃ? 凄かろう?」
「う、うん! 髪の長さとか、身長も変えられるんだね!」
「ふはは! そうじゃろそうじゃろ! もっと褒めるが良い!」
変装と言うから服装が変わったりする程度だと思っていたが、これは素直に凄い。
ここまで変わってしまえば、顔をまじまじと見られない限りエラとはわからないだろう。
「変装魔法は変身魔法と違って、体への負担が全くと言っていいほど無いのじゃ。肉体を作り変えるのではなく、用意したガワを被るようなものじゃからの。反面、式の組み立ては複雑になるが、わしの手にかかればこんなものよ」
「でも魔力はどうするんです? それなりに高等な魔法でしょう、フウツさんの魔力量で賄えますかね?」
「ふっ。案ずるな、燃費はめちゃくちゃ良いぞ。フウツの申し訳程度の魔力でも、ほぼ1日中持つほどにな! いやー、利便性高すぎじゃろこれ! 己の才能が恐ろしいわ!」
いつになくご機嫌である。
もう完全に気持ちよくなっているエラは、俺たちが口を挟む間もなく語り続ける。
「いやな、魔力の消費量は魔法式の如何によってかなり差が出るのじゃ。魔法式とはすなわち魔法を発動させるための命令書のようなもので、これがまだるっこしいと魔力が無駄な動きをしてしまうのじゃよ。例えば同威力の炎魔法でも、魔力消費が10でいいところを100使ってしまったりする。ちなみにどんな単純な魔法にも式があるのは知っておったか? 皆、単純ゆえに意識しておらんだけなのじゃよ。歩く時にいちいち手順を考えないのと同じじゃな。しかしそのレベルでも式の違いは存在するもので、もし自分の燃費を改善したいなら魔法式の勉強をして――」
「エラ、止まって。また話が長くなってる」
「む、そうか。すまんのう。で、ええと……そうじゃ、先にフウツに魔法をかけてやらねばな」
フワリに指摘され、エラはやっと話を戻す。
「先ほども言った通り、3通り用意したからの。おぬしの好きなものを選ぶと良い。ではゆくぞ、それっ」
エラの時と同様キラキラとした光が現れ、俺の視界を埋め尽くした。
眩しくて思わず目を細める。
いったいどんな姿になっているのだろう。
ワクワクしているうちに、光が消えて視界も明瞭になった。
「ほい、これがひとつめじゃ」
目線が低い。
前を見ると、エラとちょうど目が合う。
彼女と同じくらいまで背が縮んだらしい。
「おお……子どもの姿になった感じかな? 鏡見てもいい?」
「うむ、存分に堪能するが良い」
備え付けの鏡の前に移動する。
そこには確かに、幼い見た目の俺が映っていた。
ついでに言うと髪は特に変化していないが、目は両方とも空色になっている。
「服も変わってるね。似合ってるよ、フウツくん」
「うふふ、ますます可愛らしいわ」
「ちびっこフウツだね!」
みんなが口々に感想を言う。
が、一番聞こえてきそうなデレーの声がしない。
不思議に思って振り向くと、彼女は口元を抑えてわなわなと震えていた。
「い……」
「い?」
「いけませんわ……これはいけませんわ! 犯罪的愛らしさでしてよ!? ああエラさん、あなたはなんと罪深いことを……! フウツさんフウツさん……子どもの……子どものフウツさん……? そんな、そんな……あまりに……そんな……趣深い……。内なる欲望が溢れてしまいますわよ! いえ、いえ! かくなる上はヒトギラさん、私を魔法で抑えてくださいまし! 私まだ児童に手を出す不埒者にはなりたくありませんわ!!」
堰を切ったように思いの丈をぶちまけるデレー。
黙っていたのは心の中で理性と欲望が戦っていたからか。
正体を隠すという点では問題ないが、どうもこれは彼女の心臓によろしくなさそうだ。
早いとこ次の姿に切り替えてもらおう。
「じ、じゃあ次……あれ?」
と、そこで俺はある違和感に気付く。
何か……股間の辺りがすっきりしすぎている。
子どもだからナニの大きさが違うのはわかるが、それにしても動いた時の抵抗が少なすぎるのだ。
否――少ない、というよりもはや無に近い。
俺はおそるおそる手を当ててみた。
「…………」
無かった。
あるべきものが、消え失せていた。
「……あの、エラ?」
「なんじゃ」
「えーっと……性別、変えた?」
「ふふ」
「ふふじゃないよ!」
あくまで合理的に考えればこれもアリだ。
別人であることを装うには、そもそもの性別を変えてしまうのが手っ取り早い。
でも俺は年齢も年齢だし、それなりにそういうことを意識してしまったりもする。
俺が成熟した大人の精神を持っていたなら良かったかもしれないけれど、残念ながら時期尚早である。
子どもとはいえ女の子の体で生活するなんて……要するに、なんだかいけないことをしている気になってしまうのだ。
「どうした? 幼女の体も悪くないぞ?」
「わ、悪くはないのかもしれないけど……!」
口ごもる俺に、デレーが静かに近付いてきた。
さっきまでの荒ぶり様はどこへやら、ただ静かな微笑みを湛えている。
もう落ち着いたのだろうか。
「……フウツさん、私この姿が良いと思いますわ。ええ、女同士でしたら何も気にすることはありません。私がお世話をして差し上げましてよ。具体的には共に湯浴みをしたり、あとは同衾など」
全く落ち着いていなかった。
欲望はまだご健在のようである。
1周回って動が静になっただけだなこれ。
「エラ、さっさと次のに切り替えろ。フウツが狂人の餌食になる」
「む、せっかちじゃのう。もっと出来の良さを味わってもらいたいのじゃが。まあ良いわ、ほれフウツ、近う寄れ」
「うん……」
俺は鏡から離れ、エラの元へ行く。
ありがとうヒトギラ、君のおかげでデレーを犯罪者にせずに済みそうだ。
「次はさらに自信作じゃぞ。きっとおぬしも気に入ることじゃろう」
「本当かな……」
不安しかないが、身をゆだねるほかない。
俺は大人しく魔法をかけられた。
再び視界が光に包まれ、ほどなくして元に戻る。
が。
「…………ん?」
目線は高くなるどころか、さらに低くなっていた。
もはや見上げないとみんなの顔が見えない。
そのみんなも、エラ以外はぽかんとしている。
デレーですら単純に驚いた表情をしているのだ。
俺はいったいどうなったんだ?
小首を傾げながらもう一度、鏡の前に立つ。
すると、そこにいたのは――灰色の毛並みを持った、1頭の狼だった。




