答え合わせ
暗い場所。
一面の闇の中で、誰かが泣いていた。
悲しい。憎い。大好き。大嫌い。
帰りたい。壊したい。進まなきゃ。行きたくない。
嫌悪。絶望。懐古。憐憫。友愛。憤怒。嘲笑。
感情の渦に飲み込まれ、彼はうずくまって泣いていた。
これは過去……もしくは未来。
泣いているのは、俺であった。
「……う…………」
ふ、と意識が浮上する。
連動するように目が開き、飛び込んで来た光の眩しさに数度まばたきをした。
見慣れた天井。
拠点として使わせてもらっているデレーの別荘、その一室であると、目覚め切らない頭でゆっくり理解する。
俺は何をしていたんだっけ。
確か、スミニアのお祭りに参加して、竜人の弟子……レスという精霊に会って。
かと思えば急に襲われて、ククの助けでなんとか拠点に帰って。
それで――
「っそうだ、魔王!」
勢いよく起き上がろうとするが、目の奥がかき回されるようなひどい目まいに邪魔をされる。
あれからどうなった?
みんなは無事なのか?
今すぐにでも部屋を飛び出してみんなのところへ行きたいが、この状態ではとても走ったりなんかできそうもない。
俺は仕方なしにゆっくりと体を起こし、逸る気持ちを抑えてできるだけ慎重に動く。
ベッドから降り、壁に手を添えながら歩いてドアまで辿り着いた。
と、その瞬間。
「フウツさん!!!」
勢いよくドアが開いてデレーが現れた。
彼女はドアの近くに立つ俺を見ると、物凄い剣幕で俺を抱きかかえる。
「え、何どうしたの!?」
困惑する俺をよそに、デレーは迅速かつ驚くほど優しく俺をベッドに戻した。
「どうしたもこうしたもありませんわ! 絶対安静でしてよ、よろしくて!?」
「は、はい……」
魔王にやられた傷のことを言っているのだろう。
自分では「めちゃくちゃ痛かった」くらいにしか覚えてないけれど、それなりに大怪我だったらしい。
そうしているうちに他のみんなもどやどやと部屋に入ってくる。
良かった、全員無事だったんだ。
「わ、本当に目を覚ましてます……!」
「な? 言ったじゃろ、あやつはフウツのことには異様なほど敏感じゃと」
「凄い……これが人間の神秘でしょうか!」
「いやたぶんあやつだけじゃぞ」
ククも見たところピンピンしており、元気にエラと会話している。
強制的に抱えられて来たのかトキはバサークに俵抱きをされてもがいているし、ヒトギラはみんなから少し離れたところでしかめっ面をしている。
アクィラはふわふわ浮かびながらこちらを窺っていて、フワリは感情の読めない表情で各々を見ている。
この様子なら、おそらく魔王を退けることに成功したのだろう。
いつもと変わりないみんなに安心してふと視線を動かすと、デレーが何やらうつむいているのが目に入った。
「? デレー、どうし……」
ぽたり、と。
光りを反射しながら、1滴の雫がこぼれ落ちた。
「……っふ」
口からわずかに洩れる吐息。
ぐす、と鼻をすする音。
――デレーが、泣いていた。
「えっ……!?」
何か言うべきなのだろうが、その何かがわからず俺は言葉を詰まらせる。
「あー、フウツがデレー泣かしてるー!」
すかさずバサークから野次が飛ぶ。
泣いてる? あのデレーが?
見間違い、ではない。
顔を伏せてはいるが、肩を震わせ涙をこぼして泣いている。
部屋に入って来た時はいつも通りの勢いだったのに。
しかし、この状況からして原因は十中八九、俺だろう。
自分で言うのもなんだけど、デレーは俺を好いてくれている。
好きな相手が殺されかけたのだから、泣いてしまうのも仕方がない話だ。
それがわからないほど俺は鈍感ではない……と思う。
「デレーが静かに泣く」という光景が想像できなさすぎて面食らってはいるが。
「えっと……ごめんね、デレー。心配かけちゃった、よね」
「謝らないで、くださいまし。安心したら、少し涙が出た、だけですわ」
涙を拭い、途切れ途切れに彼女は言う。
「ようし、ではわしから諸々の情報を共有するぞい」
場の空気を切り替えるようにエラが手を叩いた。
そうだ、俺も気になることが山ほどある。
たぶん俺が寝ている間にある程度は状況を整理してもらっていただろうし、これを機に聞きたいところだ。
「まずフウツ、おぬしについて」
びし、とエラが俺を指差す。
「おぬしは魔王にざっくり刺されて死にかけじゃったが、トキの治療のおかげでなんとか傷は塞がった。しかしだいぶ血が出たから、しばらくはじっとしているように」
「わかった、ありがとう。ククは大丈夫なの?」
「はい。私は多少骨が折れただけだったので」
それは果たして大丈夫と言えるのだろうか……。
けど怪我自体は治っているみたいだし、そういう意味では心配いらないか。
「ちなみにその魔王は時間切れだかで魔界に帰って行ったので、当分は気にせずともよいじゃろう。まあこの辺はあとで詳しく」
ああ、やっぱりみんながなんとかしてくれてたんだ。
俺は内心、ほっと胸をなでおろした。
「で、ここからが本題じゃ。おぬし、刺される直前に魔王から言われた言葉を覚えておるか?」
「覚えてるよ。確か……そう、俺が『器』だって」
言われたことで、記憶が鮮明によみがえる。
魔王はあの時『器』だからとかなんとか言いながら俺を刺してきたのだ。
「なら話は早い。まあ灯台下暗しじゃったなということで、はい次」
「待って軽い。一応これ衝撃の事実の部類に入ると思うんだけど」
「はっはっは、冗談じゃ」
からからとエラは笑い、続ける。
「あの時は皆必死で考えている暇が無かったが、冷静になってみるととんでもない事実よな。ははは」
「笑い事じゃないんだよなあ……」
彼女の反応からして、俺が『魔王の器』であることは本当のようだ。
できれば嘘であってほしかった。
だって俺が『器』だったってことは、俺たちずっと無駄な骨を折りまくっていたということになるし。
「でもなんで魔魂探知機は反応しなかったんだろ?」
「そう、そこじゃ。おぬし、自分のスキルは覚えておるかえ?」
「スキル?」
そういえば、俺の――いつの間にか身に付いていた――スキルは《不可侵》。
効果は「自分の魂に対する他者からの干渉を無効化する」。
しかし、それがどうしたというのだろう。
「魔魂探知機は魔界の力を持つ魂に反応する。が、魔王の力を注がれていたであろうおぬしには反応しなかった。つまりじゃな」
エラは得意げに語り出した。
いつものことながら、話があちこちに脱線していたので以下にまとめる。
魔王から注がれた力は本来、魂に染み付き、いわば魔族と同じ状態になるはずだった。
しかし例のスキルが発現したことによりそれが阻害され、力が魂から弾き出され、かと言って体からは出て行かず、中途半端に体内に宿ることとなった。
故に魂自体は魔界の力を有しておらず、「魔界の力を持ってはいるものの魔魂探知機に反応しない」というみょうちきりんな生き物が出来上がったのだという。
「ついでにひとつ。おぬしが他人から忌み嫌われるのも、これが原因じゃ。こちらの人間が魔物や魔族を本能的に忌避することは知っておるか? これは魔界の力という『異物』に対する拒否反応なのじゃ。まあ本来は『なんか嫌な感じがする』くらいのものじゃが、この拒否反応は対象が『異物』であればあるほど強くなる」
「えーっと、じゃあ俺は人間なのに魔界の力を持ってるから、余計に『異物』感が強まって嫌われまくってる……ってこと?」
「その通り! 不気味な造形の生き物がいたとして、それと人間を合成するとさらに不気味になる、みたいな感じじゃな。飲み込みが良いのう、褒めてやらんこともない」
俺の嫌われ体質にも理由があったのか。
納得と言えば納得だ。
ということは、故郷のみんなも完全に不可抗力で俺を嫌っていたんだな。
そう思うと、やはり少々申し訳ない。
「ならここにいるみんなは? ククは魔族だからだろうけど、みんなはなんで俺を嫌わないの?」
「それは知らん」




