ヤンデレ令嬢
デレーの別荘、改め拠点に到着した俺たちだったが、結局その日は体を休めるだけに終わった。
というのも、昨夜から動きっぱなしでろくに食事もとっておらず、とてもじゃないが依頼を取りに行ける状態ではなかったからだ。
俺は数週間くらいなら飲まず食わずでも平気だが、貴族のデレーはそうもいかないだろう。
それに、冒険者生活は始まったばかりだ。
何も焦ることはあるまい。
街で買ってきた出来合いのものを夕食とし、翌朝の朝食はデレーがパンと葉野菜、魚料理に温かいスープを出してくれた。
彼女は「粗食で申し訳ございませんが」と恥ずかしそうに言ったが、どれもとても美味しかった。
まさか料理の体を成したものを、しかも2食続けて食べられるなんて夢みたいだ。
「デレーは料理が上手だね。貴族は自分で料理しないものだと思ってたけど、そうでもないの?」
「いいえ、普通は料理も使用人の仕事でしてよ」
「ならどうして?」
「色々あって、自分で作るのが習慣になりましたの。それに……好きな人には、手料理を振る舞いたくなるものですわ」
な、なんか照れるな……。
「お腹もふくれましたし、さっそく依頼を受けに行きましょう」
「うん、そうだね」
いよいよ記念すべき1回目の仕事だ。
俺たちは各々荷物を持ち、張り切って屋敷を出た。
また昨日のギルドを訪れると、変わらず受付にはあの女性がいた。
しかし、彼女は俺――ではなく、デレーを見て顔色を変え、気まずそうに目を逸らす。
「えっと、依頼を受けたいんですけど」
少々疑問に思いつつ、俺は女性に話しかける。
昨日、デレーはパーティーのリーダーは俺ということで登録をしたらしい。
ので、俺は「リーダー」として諸々の手続きを代表して行う必要があるのだ。
体質のこともあるから気は進まないが、まあ決まったことは仕方がない。
せめてトラブルが起こらないことを祈っておこう。
「は、はい。では冒険者証をご提示ください」
女性に言われるまま、俺は首から冒険者証を外して手渡した。
彼女は冒険者証と書類の束を照らし合わせる。
「えー、パーティー名……ふ、『ふたりの愛の園』……で、お間違いない……でしょうか」
「……なんて?」
今なんかとんでもない言葉が聞こえたんだけど。
「間違いありませんわ」
デレーはにこりと笑っている。
あ、俺の幻聴かな?
疲れてるなー俺!
よし今度はちゃんと聞こう!
「すみません、もう一度パーティー名を言ってもらってもいいですか」
「…………『ふたりの愛の園』……です」
「デレー、ちょっとこっち来て」
俺はデレーと建物の裏に移動する。
「え、待って? いつの間にパーティー名決めたの?」
「昨日ですわ。自分の登録をして、募集締め切りと一緒に済ませておきましたの」
「うーんなるほどね? じゃあ、あのパーティー名ってどういう……? 何か隠された意味とかあったり?」
「そのままの意味ですわ」
俺は軽く目まいを覚えた。
村を焼いた時点で彼女がヤバい人なのはわかっていたが、まさか日常的にこんな感じなのだろうか。
いや!
早々に決めつけるのは良くない。
ただちょっぴり感性が独特なだけかもしれないじゃないか。
それに……よく考えると、俺にも非がある。
「好き」と言ってもらったのが嬉しくて何も考えてなかったけれど、そもそも俺は彼女を恋愛対象として見ていない。
一方で、デレーは「一目惚れ」をし、明確に俺を恋愛対象として見ている。
俺は自分を好いてくれる仲間ができた、ということにばかり目が行き、デレーの気持ちを考えず彼女の行動をすべて受け入れた。
そのせいで彼女は、ふたりが両想いだと勘違いをしてしまっているのではないか?
きっとそうだ。
だったら俺は、早急に謝らねばなるまい。
これだけ親切にしてもらっておいて今更「恋愛対象として見てない」なんて言ったら、嫌われるかもしれない。
なんならパーティーを離脱され、俺は独りに戻るかもしれない。
しかし、ここでハッキリ言っておかなければデレーをもっと傷付けることになる。
「デレー、ごめん!」
俺は腹をくくり、頭を下げた。
「俺、君のことは好きだけど、恋愛的な意味じゃないんだ。だから、君の気持ちには応えられない」
首を絞めるような沈黙。
そして――くす、とデレーが笑う声がした。
「知っていますわ」
「え……」
「でも、フウツさんが気にすることはありませんのよ。フウツさんに恋愛対象として見ていただけないのは、私の魅力が足りないだけですもの」
困ったような笑顔で、彼女は続ける。
「私のことを慮ってくださるなんて……ああ、私ますますあなたのことが好きになりましたわ。いつか必ず振り向かせてみせますから、お覚悟くださいな」
「う、うん……?」
付き合ってもらえないのに諦めないとは、乙女心は難解だ。
ともあれなんとかなった……のだろうか。
「では気を取り直して、受付に戻りましょう」
ぐるりと回って正面まで行く。
俺たちを見るやいなや、受付の女性は物凄く疲れたような顔になった。
「はあ……お話は済みましたか?」
「すみません、大丈夫です。それで、どんな依頼がありますか?」
「あなたたちのパーティーはランクDですから、受けられる依頼も同じくランクDのもののみになります。ですのでこちらからお選びください」
彼女は紙の束を渡してくれた。
ランク、というのは、パーティーなら強さ、依頼なら難易度を示す指標だ。
DからSまであり、パーティーより上のランクの依頼は原則受けられない。
パーティーのランクは依頼の消化効率の如何を主な基準とし、月に1回行われるギルドの定期査定で認められると昇格となる。
「どれどれ……魔物退治、荷車の護衛、魔物退治、魔物退治……」
やはり低ランクのうちは内容が限られてくるみたいだ。
「デレーはどれがいいと思う?」
「そうですわね。『カーク村付近の魔物退治』はいかが? ここからそう遠くありませんし、ちょうどいいと思いますわ」
「うん、じゃあそれにしよう。この依頼でお願いします」
俺は該当する紙を指し示しつつ、女性に紙束を返す。
彼女はそれを受け取るとさらさらと文字を書きこみ、別の紙を手渡した。
「ではこちらが依頼達成証明書になります。依頼内容を完遂いたしましたら、ここに書いてある依頼主にサインをもらって最寄りのギルドにご提出ください」
「わかりました、ありがとうございます」
よし、手続き完了だな。
デレーと共にギルドを後にし、カーク村の方へ歩き出す。
「私、第四領地のことならかなり詳しいと自負しておりますわ。ですから案内は任せてくださいまし」
「ありがとう。俺は全然わからないから助かるよ」
歩きながら、俺はこの3日間のことを思い返してみた。
確かに、俺の個人情報を把握していたり村を焼いたりしたのはヤバかったけれど、デレーはきっと、根は悪い人じゃない。
本当に悪い人なら、彼女との交際を断った時点で俺の命は無かっただろう。
そう、ただちょっと、感性が独特で突っ走ってしまいがちなだけだ。
彼女とならこの先ずっと上手くやっていけると、何より直感がそう言っている。
「そういえば受付の人、昨日とか一昨日とかとちょっと様子が違ったね」
「お恥ずかしい話ですが……私、少しあの方と口論になりまして」
「ええっ!? な、なんで?」
「昨日のことですわ。あの女……私の考えたパーティー名に文句を言ってきましたの。それで私、ああこいつはフウツさんに気があるからこんなふうに邪魔をしてくるんだって気付きまして」
ぴり、とデレーの雰囲気が変わる。
「不愛想だったからって油断せず、先にフウツさんを離れさせておいて正解でしたわ。きっとわざと冷たくして気を引くつもりだったんですのよ」
宙を睨むような目つきで、彼女はなおも続けた。
「でも大丈夫ですわ。フウツさんに手を出したら殺す、ときちんと言って聞かせておきましたもの。安心してくださいまし」
「………………うん」
前言撤回。
絶対ヤベー奴だし悪人に片足突っ込んでる。
受付の人に後で謝りに……いや、さらに悪化しそうだからやめておこう。




