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愛の力

 私の視線に気付いたのか、魔王が緩慢な動きでこちらを見やった。

 それだけで、体に重い岩がのしかかったような重圧にさらされる。


「……っフウツさんから、離れてくださいまし」


 けれど、負けてはいられない。

 フウツさんを助けるためには、まずこの男を追い払わねばならないのだから。


 ちら、とフウツさんの方を見る。

 大丈夫、まだ息はある。


「さあ、おどきあそばせ!」


「道を開けるのはそちらだ、デレー。どのみち貴様らも殺す予定ではあるが、まずは『器』に乗り換えるのが先なのだから」


「気安く呼ばないでくださいまし!」


 私は大きく踏み込んで斧を振り上げる。

 ひらりと躱されたがそれは想定内。

 すぐに斧をぐるりと反転させて、次の一撃を繰り出す。


「まあ、そう急くな」


 魔王が手をついと動かした。

 バキン、と嫌な音がする。


 ふいに斧が軽くなり、見ると刃の部分が根本から折られていた。

 しかしこの程度で怯む私ではない。

 残った棒を槍の要領で構え、魔王の喉元へ突き出す。


「無駄なあがきを――」


「それはどうかしら!」


 じわりと体に力がみなぎる。

 いつの間にか、アクィラさんが私の隣に来ていた。

 なるほど、精霊の加護というやつか。


 私は勢いに乗せ、息を吐く間も無く攻撃をし続ける。


「とりゃーーーっ!!」


 と、バサークさんが飛び込んで来て、魔王に蹴りを入れた。

 わずかに魔王がふらつく。


「やった!」


 バサークさんはフウツさんに手を伸ばす。

 が、体勢を立て直した魔王の剣がそれを阻んだ。


「ちぇっ! 今ちょっと調子が戻って来てたのに!」


 彼女が宙返りをして後退すると同時に、氷の槍が魔王めがけて後ろから飛んでくる。

 さらに間髪入れずに障壁が展開され、ほんの少しだが魔王が後ずさった。


「援護する」


「後衛はわしらに任せよ!」


「ですからなんとかして、フウツさんを僕の射程範囲内まで運んでください!」


 私はこくりと頷き、魔王の方へ向き直る。

 すると、フワリさんが隣に来て私の肩を叩いた。


「デレー、これ使って」


 手渡されたのは変わった形をした木の棒だった。


「シシの木で作った剣。観賞用だから殺傷能力は低いけど、一応使えるはず」


「感謝しますわ」


 いないと思ったらこれを取りに行っていたのか。


 持っていた斧の柄を捨て、フワリさんの木剣に持ち替える。

 鍔が無く、剣身であろう部分が少し沿った形のそれは、しかし不思議と手に馴染んだ。


 いける。

 フウツさんに剣技を教えてほしいと言われたあの日から、斧のみならず剣も槍も弓も使えるように練習したのだ。


「今お助けしますわ、フウツさん」


 木剣を構え、一直線に斬り込む。

 狙うは鎧の切れ目だ。


「そんな玩具で私に傷を付けられるとでも――」


 一閃。


 浅い浅い、薄皮1枚にかろうじて届く一撃。

 しかしそれは確実に鎧を裂いて魔王の体に達し、傷を作った。


「やりますわね、アクィラさん」


「ふん、貴女もね」


 そこにアクィラさんの姿は無く、代わりに彼女の声が木剣から聞こえてくる。

 要するに、彼女がこの木剣に憑いて切れ味が増すよう力を行使してくれたのだ。


「あれ、びっくりしたのかな。ボクもびっくりしたけど」


「なんかよくわかんないけど、やったね!」


 すかさずフワリさんとバサークさんが追撃を仕掛ける。


 そう、私たちは純粋な力では魔王に勝てない。

 だから使える物は何でも使い、出せる策は全て出す。


 隙を作ってフウツさんをトキさんのところへ運べば私たちの勝ちだ。

 もしくは……魔王がこの世界に留まることを可能にしてる『何か』の機能が停止したら。


 現在、私たち全員が力を合わせてやっと奴の攻撃をしのいでいる。

 まだフウツさんを助ける方には手が回らない。


 何か、奴の気を引く決定的な何かがあれば……!


「っ小癪、な!」


 がくん、と体から力が抜ける。


 踏ん張ろうとするも叶わず、重力に従ってべしゃりと床に倒れた。

 落ちた、と言った方が的確かもしれない。


「くそ、本調子ではないと言うのに無駄な魔力を使ってしまった」


 魔王が忌々しそうに言う。


 これは拘束魔法だろうか?

 いや、そもそも力が全く入らない。


 もっと別の……おそらくは、さらに高度な魔法だ。

 エラさんたちの魔法も途絶えたということは、魔力の動きすら封じられているのだと考えられる。


「貴様らのせいで危うく『器』を失うところだった……が、まあいい。これで私は新たな身体を手に入れ、万全の力を取り戻せる」


 見えない糸に引っ張られるように、フウツさんの体が宙に浮く。

 魔王が指で弧を描くと魔法陣が現れ、彼はそこに磔にされた。


「……っ…………っ!!」


 動け、私の体!

 あんな奴の好きにさせてはならない。


 大好きなフウツさん優しいフウツさん明るいフウツさん愛らしいフウツさん凛々しいフウツさん純朴なフウツさん、私の私の私の、私のフウツさん!

 フウツさんは私のものだ、私だけのものなんだ!

 渡さない、絶対に渡さない。


 だから立て、立って剣をとれ!!


「貴様らはそこで見ているがいい。自分たちの努力虚しく、この無能が私に体を奪われるところを」


 魔王の手がフウツさんに伸びる。

 早く、早く動け、でないと……!


「さあ、その役立たずの魂を引きずり出してや――」


 突如訪れる沈黙。

 勝利の確信に満ちた声が途切れ、魔王は絶句した。


「な……」


 目を見開き、わなわなと震える。

 手はフウツさんに触れる直前で止まっていた。


 何が起きているかはわからないが、動くなら今だ。

 私は手足に力を込めようと意識を集中させる。


 すると、にわかに体が魔力に包まれた。

 この感覚は……強化魔法?


 なんとか視線を移動させて斜め後ろを見る。

 ヒトギラさんがこちらを見据えていた。


 「行け」。


 声は出ずとも、口は動かずとも、彼がそう言ったのがわかった。


 ええ、ええ、よろしくてよ。

 あなたは恋敵にもなり得る存在、されど今はその力を借りさせていただきましょう。


 私はゆっくりと、それでいて確かな感覚を以てして、立ち上がる。


 アクィラさんの力も失われているのだろうか。

 例えそうだとしても構わない。


 私の決意は、この愛は変わらない。


「覚悟!」


 真っすぐに突き出した剣は、迷いなく魔王の腕を貫いた。

 完全にこちらから注意が逸れていたのか、剣が突き刺さって初めて、魔王は私を見る。


「あああっ!」


 雄叫びを上げ、私は剣をそのまま振り抜く。

 いくらか赤い血が飛び散った。


 魔王はよろめき、フウツさんからやや離れる。


「なぜだ……」


 彼は呻く。


「動きも魔法も封じたはずだ! なのになぜ、なぜこいつの魂に触れられない! なぜ貴様は動いている!」


 ああ、そうか。


 私はふと思い出す。

 この私でさえ忘れかけていたあの力。

 あれがフウツさんを魔王の手から守ったのだ。


 私はわざと余裕ぶった表情で言い放ってやった。


「あら、ご存知でなくて? フウツさんのスキルは《不可侵》。何人たりとも、フウツさんの魂に干渉はできないのですわ」


 それから、と私は続ける。


「私がどうして動けたのか、でしたわね。単純なことですわ。すなわち――愛ゆえ、でしてよ。それも2人分の、ね」


「ふざけたことを……!」


 魔王が反撃せんと黒剣を振り上げた。

 私は来るであろう衝撃に備え、腰を落として構える。


 だが、その刃は何を裂くことも無く、そのまま下げられた。


「……時間切れだ。残念だが、ここは撤退としよう」


 魔王の体がぽろぽろと崩れる。

 彼はフウツさんの方を見た。


 兜越しでもわかる。

 彼の視線には、焼け付くほどの怨嗟が篭もっていた。


「スキル。お前ごときが、スキルを持っているだと」


 苦し紛れの一撃が来るのではと警戒し、私は剣を魔王に向けたままフウツさんの前に立つ。


「お前だけは必ず、最も惨たらしい方法で殺してやる。ここで命拾いしたことを後悔するほどに」


 とうとう魔王は、それ以上何もせずに消えていった。

 無論、魔界に帰っただけに過ぎないのだが。


 そして、不可解なことに。

 奴の残した憎悪は、首を絞めるような苦しみを孕んでいたのであった。


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