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デレーの初恋

 ユラギノシア統一国家の第四領地を治めるヤン家。その当主・何某の次女。

 そんなくだらない肩書きを持って、私は生まれた。


 私の上には兄と姉が1人ずつ。

 兄は貴族になるために生まれてきたかのような人間で、誰もが彼に期待を寄せた。

 姉はおっとりしているが頭の回転が速く、学問の道に進んでこれまた期待の星となった。


 そして、私は。

 特に秀でたところも大きな欠点も無い、愛され守られるべき末っ子、と。

 それが周囲からの評価だった。

 父親からの、と言った方がより正確かもしれない。


 現当主たる父親は、私を猫可愛がりした。


 「綺麗な服を着なさい」「外は危ないから家にいなさい」「家のことは兄さんに任せなさい」「斧なんか捨てなさい」「ずっとずっと、私の可愛い娘でいなさい」


 私はその言葉通り、従順で可憐な貴族令嬢になる――なんてまっぴらごめんだった。

 そんなことになるくらいなら、控えめに言って死んだ方がマシだったのである。


 私は父親に反抗し続けた。

 服は好きなものを着たし、自由に街を見て回ったし、兄の仕事を手伝ったし、斧の練習も欠かさず、私は私の思うままに歩いた。


 母親は父親同様、ふざけたことを抜かしていたが、兄と姉は協力的だったのが不幸中の幸いだ。


 そんなこんなで、私は自力で取引を行いラナソンで別荘を手に入れるに至った。

 であればもう家にいる必要は無い。

 私はほとんどの時間を別荘で過ごすようになった。


 そして運命の日は訪れる。


 何気なく眺めていた窓の外。

 穏やかな春の町。

 その中を歩く、1人の少年の姿が目に入った。


 途端に、心臓が高鳴る。

 頬が熱くなる。


 私の心はこう叫んだ。


――好き!!


 好き、好き、好き!

 愛してる!

 今すぐあの人を抱きしめたい!


 私はたまらず役所に飛び込み、あれやこれやと勢いと屁理屈で戸籍を調べた。

 山ほどある書類。

 けれど私は迷わず『それ』を手に取る。


 名前、フウツ。

 マハジ村出身、16歳。役職は【剣士】、スキルは無し。


 フウツ。

 フウツさん。


 何度でも口にしたくなる。

 ああなんて素晴らしい名前!


 猛る胸は抑えられず、数日もせずに私は彼の住む村を訪れた。

 しかし暗くて彼はおろか周囲の様子すらよく見えず、翌日、改めて村に向かう。


 すると幸運にも、ちょうど彼が村から町にやってくるところだった。

 私は木陰に隠れて彼を眺めつつ、こっそりとついて行く。


 深い青に染まった髪。

 痩せ気味で小柄な身体。

 あれは……左右で目の色が違うのだろうか。


 どれだけ見ても飽きない。

 いっそ蝶の標本みたいに、額に入れて飾っておきたいほどだ。


 あまりに愛おしくてどうにかなってしまいそうだ。

 私の、私のフウツさん。

 好き、好き、大好き……。


 邪魔者が消えたところで、私は勇気を出して話しかけ、想いの証明として彼の望みを叶えてみせると申し出た。


 すると驚くべきことに、彼は私と冒険者になりたいと言うではないか。

 私は喜んでその願いを現実のものとした。


 そこからはまさに夢のようだった。


 私の別荘を拠点として、彼と共に依頼をこなす。

 ひとつ屋根の下で寝食を共にする。

 信じてもいない神様に感謝したくなるほど、それは素晴らしい現実だった。


 ある時、彼は私の想いには応えられないと言った。

 私はその言葉で、彼のことがますます好きになった。


 ああ!

 私の好きな人が!

 私のことを思いやってくれている!


 こんな幸福が他にあるだろうか。

 優しく、誠実なフウツさん。

 たとえ死んでも傍にいようと、改めて私は誓った。


 それからいくつかの困難が訪れた。


 まず彼の善意や成り行きでパーティーの仲間が増えていったこと。

 非常に不本意だったけれど、まあなんだかんだで慣れてしまった。

 だって彼を振り向かせるのはこの私以外にあり得ないと、強く確信していたから。

 それに……自分の欲に正直になりすぎると、父親みたいになってしまいそうで嫌だったのだ。


 しばらくして、父親が私を連れ戻そうとしに来たこと。

 あれには本当にうんざりした。


 あとはアクィラという不届き者のこと。

 危うくフウツさんを奪われてしまうところだった。

 彼女とは全くそりが合わないし油断もできないが、それでもまあ、フウツさんを守るために力を合わせるのはやぶさかではないと最近は思う。


 と、このように。

 結局のところ、どんな困難も私の敵ではなかったのである。


 魔王がどうとかいう話も、言ってしまえば些細なこと。

 私は彼と一緒にいられればそれでいい。

 私の幸せは彼と共に在る。


 これからもずっと。

 ずっとずっとお傍にいられるのならば、と。


 私は――いつの間にか、傲慢な愚者になっていたのだ。




「フウツさん!」


 ああ、なんて間抜けな悲鳴。


 鋭利な剣で刺し貫かれた彼の体は、ずるりと膝から崩れ落ちる。

 どちゃ、と嫌な音がした。


 体が倒れたので、自然と剣が引き抜かれる。

 べったりと付着しているのは彼の血。


 同じ色をした液体が、彼の体からとめどなく流れ出し床を染めていく。


 どこからどう見ても致命傷だ。


「あ、ああ……!」


 頭が真っ白になる。

 血が、フウツさんの愛らしい体が。


 死んでしまう。

 私が動けなかったせいで、フウツさんが死んでしまう。

 嫌、嫌、そんなの嫌!


 フウツさんは私のものだ。

 私の、私のフウツさんだ。

 私以外の人が勝手に彼の命を奪うなんて許せない。


 フウツさんは誰よりも幸せになるべき人なんだ。

 こんなところで死んでいいわけがない、だってまだ私、私……。


 ――そうだ。

 呆然としている場合じゃない。


 今ならまだ間に合う。

 魔王とかいうあの男を追い払って、トキさんに回復魔法をかけてもらうのだ。


 私は斧を構え、目の前の魔王を睨みつける。


 フウツさんは私が守る。

 誰にも渡したりなんかするものか!


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