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終わりは突然に

「さて、皆お疲れのところ悪いが」


 エラが切り出す。


「ちと話をしよう。アクィラよ、図書館で見たという予言の詩を今一度、教えておくれ」


「? ええ、いいけど。えっと……くろいなみ くろいなみ――」


 アクィラは詩を書きとった紙を取り出し、ゆっくりと読み上げた。

 ククの顔がわずかに曇る。

 すかさず、エラがこう問うた。


「この詩の意味、おぬしならわかるな?」


「……はい」


「ではわしにしてくれたように、皆にも説明してやってくれ。わしが語るより、おぬしの口から伝えた方がよかろう」


「わかりました。ではお話ししましょう。……この詩に書かれている出来事は、かつて魔界を襲った厄災と酷似しています」


 ククは淡々と語り出す。

 それは要約すると、以下のような内容だった。


 3000年前、魔界は平和そのものだった。

 争いは無く、飢えも無く、誰もが穏やかに暮らしていた。


 しかしそこに現れたのが魔王だ。

 魔王はその強大な力で、厄災を起こした。


 厄災とは、別名『黒き波』。

 文字通りの真っ黒な液状の物体だという。

 『黒き波』は大地を蹂躙し、それに飲まれた人は命を落とした。

 やがて大陸全土を覆った『波』は海に出、『波』に侵された海は変質して大地となった。


 そうして多くの人の命を奪った魔王は運よく生き残った人々を支配下に置き、魔界の王として君臨したのだという。


「つまり、『くろいなみ』は『黒き波』のことを、『うみはかえって……』は海が変質・消滅したことを表しているとみて間違いありません」


「それじゃあ、この予言の詩は」


「はい。魔王が再びあの厄災を起こそうとしている……そういうことになります」


 『黒き波』がまた現れるかもしれない。

 考えるだけで、得も言われぬ恐怖に苛まれる。

 あれだけは絶対に駄目だと、本能が強く叫んでいるようだ。


「魔王は『魔王の器』の体を乗っ取った後、『黒き波』を起こそうとしているわけですね?」


「そうじゃろうな。まったく、なんとも破滅的な計画よの」


 詩には『ひとのじだいは これでおしまい』『はじめはひとり さいごもひとり』とある。

 最終的には魔界と人間界、両方から人を消し去るつもりなのだろう。


「でも、それなら帝王主義っていうのはどうなるんだろう。あれが魔王の目的って言われてたよね」


「はい、表向きには今も魔王様の目的は帝王主義……魔界と人間界を自分の支配下に置くことの実現と公表されています。しかしそれは真の目的を隠すための嘘だった、ということでしょう」


「いよいよ深刻な事態になってきましたわね。一刻も早く『器』を保護し、魔王が力を取り戻すのを防がなくては」


「騎士団にもこれは伝えた方が良いよね。ボク今から行ってこようか」


 そうだね、と言おうとしたその時。


「その必要は無いよ」


 突然、誰かの声がした。

 何やらどこかで聞いたことのある声だ。


 俺たちは振り向く。

 視線の先、闇の中から彼は現れた。


「あなたは……!」


「やあ、久しぶりだね」


 照明の光が彼の姿を露わにする。

 それは、いつか俺の前に現れたローブの人物だった。


 相変わらずフードで顔がよく見えないが、かろうじて見える口元はにこりと笑っている。


「フウツさん、その方は誰ですの?」


 デレーが警戒心をむき出しにして問うた。

 彼女からしたら何の前触れもなく見知らぬ人が現れたのだ、無理もない。


「俺の知り合いだよ。ほら、俺が変な空間に閉じ込められたことがあったでしょ? その時に会ったんだ」


「そうそう。俺はずっと君たちを見守ってたんだよ。さっきも一瞬だけど、手助けをしてあげただろ?」


「さっき……? あ、もしかしてあの黒い剣?」


「うん。ちょっとした時間稼ぎだけれどね。言ったでしょ、然るべき時までは、俺がちゃんと守ってあげるって」


 素性も名前もわからないけれど、とてつもなく強いことだけはわかる。

 そして彼がこうして現れたということは……。


「あはは、もうわかったみたいだね。そう、時は来た。故に俺は君たちの前に姿を現したんだよ。これからよろしくね、フウツ」


 彼は右手を差し出す。

 一緒に行動してくれるのだろうか。


「えっと、こちらこそ――」


 ともあれ握手に応じようとした瞬間、ぐいっと腕を引っ張られる感覚がした。


「うわっ!」


 気付けば視点が随分と後ろに移動しており、目の前には俺の腕を掴んだままバサークが立っている。

 彼女に引き戻されたのか、と急な移動に納得するも、「なぜ?」と別の部分で疑問が生まれた。


「びっくりした……。バサーク、どうしたの?」


「ダメ」


「駄目って、何が?」


「あの人。近付いちゃダメ」


 彼女は正面、すなわちローブの彼の方を見据えたまま言う。


「心外だなあ」


 ふと見ると、他のみんなも一様に険しい顔をしていた。

 まだ疑っている……どころか、少しも隙を見せないほどに警戒し、あるいは恐れているようでさえある。


「フウツさん、ほんとに、ほんとに駄目です。い、今すぐ、逃げてください。あの方は」


 中でも真っ青な顔色のククが震えながら言った。

 そこでやっと、俺も警戒心が芽生えてくる。


「こら、余計なこと言わないの」


 先ほどと少しも変わらない様子で、ローブの彼は苦笑した。

 同時に、ククが忽然と消える。


 ガラ、と壁の崩れる音。

 俺がそちらを向いた時にはもう、壁に叩きつけられたであろうククが倒れるところだった。


 彼女は消えたのではない。

 吹き飛ばされたのであった。


「せっかく見逃してあげてたんだからさ、立場はわきまえよう?」


「クク!」


「おっと、動かないでねエラ。自分が今どうすべきか、聡明な君ならわかるだろ?」


 動かしかけた足を悔しげに戻すエラ。

 それを見て、彼は満足そうに笑った。


「よかった。俺も君たちを無駄に傷付けたくはないんだ。そこで転がってるゴミも死んではいないと思うよ」


「……貴方、誰よ。急に上がりこんできて、いったい何様なわけ」


「ん? わからない? しょうがないなあ、じゃあ名乗ってあげるよ」


 彼はローブに手をかけ、ばさりと脱ぎ捨てる。

 さらにローブと入れ替わるように、足元から黒い渦が巻き上がって彼を包んだ。


 渦が止んだ後。

 そこに立っていたのは、禍々しい鎧とマントに身を包んだ長身瘦躯の男だった。


「この姿には似合わないし、ふざけた口調はもうやめようか。……では改めて」


 兜に覆われ、表情はまったく見えない。

 それでも、彼が笑うのをやめたのがわかった。


 一瞬の、しかし永遠に感じられる沈黙。


 彼は地を這うような声で、言った。



「――控えよ。私は魔王。魔界を統べる絶対の王である」



 魔王。

 彼が、魔王?


 現実味が全く無い、はずなのに。

 彼から放たれる、呼吸の仕方も忘れてしまいそうなほどの重圧が、それは真であるとどうしようもなく証明している。


「抵抗を止め、死を受け入れろ。さすればそれほど痛みは無い。特に」


 魔王が俺の方を見る。


「お前は大切な『器』なのだから」


 え、と。

 声を上げる間もなく、腹部に衝撃が走った。


 腹を見る。

 黒い剣が深々と突き刺さっていた。


 顔を上げる。

 風ひとつ立てることなく、魔王が目の前に来ていた。


 魔王が刺したままの剣をねじる。

 かは、と漏れた音は、たぶん俺の口から出たもの。


 中で何かが千切れる感触がした。

 ぼたぼたと温かいものが零れ落ちる。


 目の前がチカチカして、足が震えた。

 指先が急に冷える。

 立っていられない。


「誕生日おめでとう。そして、さらばだ」


 熱い。寒い。痛い。

 苦しい。息ができない。

 『器』? 誕生日?

 俺が? 俺の?

 知らない。知らない。知らない。


 思考と感覚がぐずぐずに溶けて、混ざって、何もわからなくなる。


 なんだっけ。

 なにがどうして、こうなったんだっけ。

 俺は最初から、こうなるって決まってた?


「フウツさん!」


 ああ、あれはデレーの声だ。


 俺のことを初めて好きだと言ってくれた、ちょっと変わった女の子。


 ごとりと音がする。

 俺が倒れて、床に頭を打ち付けた音だった。


 何か言わなくちゃ。

 そうだ、ありがとうって、みんなに。

 俺といてくれてありがとうって。


 ……言いたいのに。


 口から溢れるのは鉄臭い液体だけ。

 ああ、床がよごれる。

 ごめんね、後でちゃんとそうじするから。


 だから。

 おれを、ここにいさせて。


 それいがいはいらないから。

 どうか、すてないで。


 きらわれもののおれだけど。


 それでも、おれは、みんなと…………。


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