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図書館ではお静かに!

 日が高くなるにつれ、人も徐々に多くなっていく。

 昼頃になると、もうあちこちから絶えず賑わいの声が聞こえてくるくらいになっていた。


「街のことが知りたい? 嬉しいことを言ってくれるねえ」


「いいですよ、何が知りたいですか? 歴史? 文化?」


「あなたたちも竜人の仮装をしてみない? きっと似合うわよ」


 街の人々はもとより客人を歓迎する文化があるのだろう。

 お祭りムードも相まって、嫌な顔ひとつせず話をしてくれる。


 ……いや今のは誇張した。

 俺と目が合うとすっごく顔をしかめる。

 まあそれでもデレーの社交術のおかげで、今のところは順調だ。


「あら、あの建物、図書館じゃないかしら? ほら最初の人間が言ってた」


 アクィラがデレーの肩を叩いて言った。

 ほんの少しだが、彼女のデレーに対する態度が柔らかくなっている気がする。

 デレーの活躍を認めてのことかもしれない。


「そうですわね。フウツさん、行ってみましょうか?」


「うん。せっかくだから例の記録とか読んでみよう」


 あと、そろそろ休憩を挟んだ方がいいと思うし。

 俺たちもそうだが、ヒトギラもかなり疲れてきているだろう。

 ずっと無言でついてきてくれているけれど、周囲は人でごった返している。

 その点、図書館なら人もそれほど多くはないだろうし、史料探しと一息つくのとで一石二鳥だ。


 図書館は外観からして立派な造りで、貴族の屋敷くらいの大きさがあった。

 正面玄関の重い扉を開けて中に入ると、右手にあるカウンターに座る女性が会釈をする。


 床はカーペットになっているため足音がほとんど響かないし、話し声も無いに等しい。

 シンとした独特の空気が肌を撫でた。


「じゃあ各自でひと通り見て回ったら、ここで合流しよう」


 俺は極力声を落として言う。


「わかりましたわ。では私はあちらの方へ」


「あっ、ちょっと! 歩くの慣れてないんだからあんまり早歩きしないでくれる!」


「はいはい」


 同じく小声で言い合いながら、デレーとアクィラが奥へと進んで行った。


 さて、それなら俺は2階の方に……と階段を昇り、ずらりと並ぶ本棚を順に巡っていく、が。


「……あの、ヒトギラ?」


「なんだ」


「別に一緒に行動しなくてもいい気がするんだけど……」


 なぜか俺の後ろにぴったり続くように、ヒトギラがついてきていた。

 嫌というわけではないが、後頭部に視線が刺さりまくるのでどうにも気になる。


「見た感じ人もあんまりいないし、手分けして探した方が」


「駄目だ。俺は死ぬほど疲れたから本を探す気力が無い」


「じゃあ椅子に座って休んで」


「1人だけ休むわけにもいかないだろう。よってお前が届かない高さにある本を取る役目を請け負うことにする」


 提案をことごとく食い気味に拒否された。

 どうあっても俺に同行する気らしい。


 繰り返すが、決して嫌ではない。

 嫌ではないけれど、意図が読めなさすぎるのと、明らかにガン見されているのとで落ち着かないのだ。


「あー、うん。じゃあお願いしようかな……」


 まあヒトギラのしたいようにさせておこう。


 諦めて引き続きあれかこれかと本を吟味していると、今度はふと何か予感がした。

 俺は通路の方を振り返る。

 しかしそこには何も無い。

 なんだ気のせいかと視線を本棚に戻すと――


「距離が、近くてよ?」


「っ!?」


 ちょうど、ひと1人分くらい空いていたスペースにデレーが立っていた。

 俺は危うく悲鳴を上げそうになるがぐっと堪える。


「い、1階にいたんじゃ……」


 心臓が早鐘のように鳴っている。

 正直さっきのは今までで一番驚いたし怖かった。


 彼女の暗殺者じみた行動は今に始まったことではないが、びっくりするものはびっくりする。


「ええ、確かに1階にいたのですけれど。ヒトギラさんがフウツさんに接近している気配を感知したしましたので、参上した次第ですわ」


「急に立ち止まったかと思ったら物凄い速さで移動し始めて……。お姉さんもう腰抜かしそうだったわ。貴女、本当に人間? 竜人か魔族の間違いじゃないの?」


「ただの恋する乙女でしてよ」


「フウツちゃん、この子ヤバいわよ。貴方のことはやっぱりお姉さんが保護すべきだと思うの」


「ふん。五十歩百歩だな」


「なんですって?」


「もー! みんな解散! 解散!」


 また喧嘩を始めそうになる3人を引きはがし、ヒトギラ含めて散ってもらう。

 アクィラも、ちょっとはデレーと打ち解けたかと思ったんだけどなあ。


 俺は溜め息をつきつつ、整頓された本を順番に見ていく。

 思えば、図書館に来るのは初めてのことだ。


 少し前まで無縁だった「本」というものが、今はこんなにたくさん目の前に並んでいる。

 この静かな雰囲気も、まるで異世界にでも来たみたいだ。


 適当な本を手に取り、開いてみる。

 線状に規則正しく文字が連なっており、目がチカチカした。

 指でなぞりながらゆっくり読んでいくと、そこには魔法式がどうのとか、魔力の流れがどうのとか書いてあるのがわかる。


 数ページ読んだだけでも凄い情報量だ。

 俺なんかの頭には到底入りきらないだろう。

 きっとこれは、トキやエラみたいな頭の良い人が読むものに違いない。


 いや、もしかしたら俺でも勉強すれば理解できるようになるのかも……?

 でもまあ、今は読み書きができるだけで十分だな。


 そうしてある通路に差し掛かった時、ばさりと背後で音がした。

 見ると、本が1冊落ちている。

 視線を動かすと、その本が入っていたであろう本棚のスペースがぽっかりと空いていた。


 誰かが雑にしまったせいで落ちてしまったのだろう。

 俺は本を元の場所に戻してやろうと手を伸ばした。

 しかし。


「いたっ」


 突然、平手打ちをされたかのような痛みが走り、反射的に手を引っ込める。

 何事かと周囲を見回すが、誰もいない。


 もう一度、本に手を伸ばす。

 今度は何事も無く、手に取ることができた。


 いったい何だったのだろうと不思議に思いながら、ついでにぱらぱらと本をめくってみる。

 そこには見たことの無い文字……だろうか、なにやらうねうねしたものが書かれていた。


 どのページも同じようなものばかりで、内容が全く理解できない。

 仕方なく俺は読むのをやめ、本をそのまま棚に戻す。


 みんなにもこのことは報告しておこう。

 最初に手を近付けた際のことはともかく、この本の奇妙な文字っぽいものは手掛かりになるかもしれない。


 俺は次の本棚に移動すべく、また歩き出す。

 手にはさっきの痛みの余韻がまだじんじんと残っていた。


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