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怒らないということ

「お前の家はどこだ」


 ヒトギラが言う。

 さっきは彼の家を見に行ったら場所が移動したので、今度は俺の家を見に行けばいいと思ったのだろう、けれど。


「無いよ」


「なんだ、取り壊しでもしたのか?」


「ううん、元から無いんだ。寝る時は基本地べただったし。あ、でも冬は牛小屋の隅とか使わせてもらってたから、そこ行ってみる?」


 ぴたりとヒトギラの足が止まる。


「……どういう意味だ」


「どうって、俺みんなから嫌われてたから」


「そんなことは聞いていない!」


 急な大声にびっくりして肩が跳ねた。

 村のみんなに聞こえちゃうよ、と言おうとしたがとても口を出せる雰囲気ではない。


「誰も何も言わなかったのか? 親は?」


「だ、だってそれが当たり前だったし……。あと生まれてすぐここに捨てられたっぽいから、親のことはよく知らない」


「…………」


 どうしよう、ヒトギラの顔がどんどん険しくなっていく。

 なんでこんなに怒ってるんだ?

 嫌われ体質については十二分にわかってもらってるはずなんだけど。


「よく、わかった。この村はゴミだ。全部焼いてくるからお前はここで待ってろ」


「待って待って! 焼いちゃ駄目だよ! みんな悪い人じゃないんだ! ご飯はちゃんとくれたし、なんだかんだで村から追い出しはしなかったし」


「…………。フウツ、まさかとは思うが……背中の傷痕は何だ」


「あ、これ?」


 俺は背中に手を回して、ヒトギラが言っているであろう傷の箇所をさする。

 自分から進んで見せた覚えは無いが、まあこれだけ一緒にいるのだから何かの拍子に見られたのだろう。

 別に隠すことでもなしに、俺は傷ができた経緯を答える。


「これは誰だったかに割れた瓶をぶつけられちゃって。確かその人、だいぶ酔っ払っててさ……的当てさせろとか何とか。お酒の飲みすぎって良くないよね」


 ああ、話したら思い出してきた。

 俺は寝てたんだけどその人に叩き起こされて。

 で、なんやかんやしてたら急にやられたんだっけか。


 あれは痛かったなあ。

 他の人にもやってなきゃいいけど。


「……ヒトギラ?」


 ふと、彼が黙りこくっていることに気付く。

 声をかけると俺の両肩に手を置き、ゆっくり口を開いた。


「……お前はどうして怒らないんだ」


 口調は先ほどよりもずっと静かだ。


「俺はお前に会うまで、全ての人間を嫌ってきた。中には、俺が拒絶すると怒る奴もいた」


 言葉のひとつひとつを飲み込ませるように、彼は話す。


「奴らは俺1人に冷たくされただけで怒った。腹いせに暴言を吐いた。だがお前は……お前は村中から酷い仕打ちを受けてなお、怒らない。恨み言のひとつも吐かない」


「だって、それは」


「嫌われているから仕方ない?」


 俺が言おうとしたことを先にヒトギラが口にする。

 逃がさない、とばかりに彼は俺を見据えた。


「俺は自分から望んで他人を突き放す。だからその結果、多少の仕返しを受けたとしても文句は言えない。ならお前は? 好きで人から嫌われているのか? 違うだろう?」


「まあ、うん」


「フウツ、お前には怒る権利がある。いや、怒るべきだ。村人は悪い人じゃないだと? ああそうかもな、だがやっていることは紛れもない悪行だ。嫌われているからの一言で済ませるな。そいつらはお前の優しさに甘えているだけのクズだ」


 だから怒れ、とヒトギラは言う。

 煮えたぎる怒りを滲ませながら。


 でも、俺は。


「ありがとう、ヒトギラ。でもやっぱり俺、怒れないや」


 どうあっても、故郷は故郷で、村のみんなは俺を育ててくれた恩人なのだ。

 それを恨むことはできない。


 そっと、ヒトギラの手を肩から放す。


「行こう。早くみんなのところに戻って、魔族を退治しなきゃ」


 彼の表情は見ないように、俺は歩き出した。

 後ろから、ヒトギラがどこか苦しげに言葉を投げかける。


「……お前は、異常だよ」


「ごめん。……嫌いになった?」


「なるわけないだろ馬鹿」


 それから俺たちは、人のいなさそうな道を通って牛小屋に向かった。


 すぐそこまで近付き、物陰から人がいないかを確認する。

 結論から言えば、人はいなかった。

 いなかったのだが。


「あれ?」


 村人はおろか、小屋にいるはずの牛の姿すら無かったのだ。

 それだけではない。

 牛の代わりに馬が数頭、さも当たり前かのようにそこにいた。


「おかしいな、ここは牛小屋だったはずなんだけど」


 場所を間違えた?

 いや、確かにここのはずだ。

 いったいどういうことだろう。


 首を捻っていると、またまた景色が変わった。


「今度は……家の中っぽいね」


 お屋敷というほどでもないけれど、きれいに整った部屋だ。

 机の上にはついさっきまで誰かがいたかのように、カップが3つ置いてある。


「俺は知らない場所だな。ヒトギラは見覚えある?」


「夢だ」


「へ?」


 想像していたものとは全く違う返答に、間抜けな声が出た。


「これは夢だ。俺たちは転移しているのではない。夢を見ているんだ」


「えっと……それはどうして?」


「おかしなところは最初からあった。あの白い部屋で体が痛くなるほど長い時間寝ていたのに、目覚めた時に床が冷たかった。普通、ずっと寝ていたなら床は温まるだろう」


 あ、確かに。

 そういえば俺が起きた時も床が冷たかったな。


「それに、場所の移動も含めて不可解なことが多すぎる。急に屋内に移動したり、牛小屋が馬小屋になっていたり。それこそ、夢の中のような不条理さだ」


「つまり……俺たちはあの魔族に夢を見せられてて、この夢から出るのが『ゲーム』ってこと?」


 なるほどそれなら合点がいく。

 昼間なのに全然人に会わなかったのもその不条理故か。


 と、その時。


「おめでとーう!!」


 どこからともなく大きな声がした。


「『ヒント・案内、一切無し』のペナルティ付きで、よくぞ気付けたね! いやはや本当におめでとう! これにてゲームクリア、諸君らの勝利だ。では、目覚めたまえ!」


 何事かと呆けている間に、声は高らかに号令をかける。


 直後、ぐるりと世界が反転したような感覚がして――気付けば、俺たちは地面に寝っ転がっていた。


 目まぐるしい展開に目を白黒させながらも起き上がる。

 辺りを見回すと元居た村がそこにあり、無事に目覚められたのだと理解する。

 ヒトギラも隣にいる。


「あ! おはよー!」


「遅かったね。死んだかと思った」


「無駄に肝を冷やさせないでくださいよ」


「共に行けず申し訳ありませんわ」


「お姉さんも心配したのよ?」


「ともあれこれで全員揃ったのう。良かった良かった」


 バサークの声を皮切りに、先に起きていたであろうみんなが寄ってくる。

 どうやら俺たちが最後だったらしい。


「やあやあ、どうも諸君」


 無事を喜ぶ俺たちに、男の声が上から降ってくる。


「私は嘘はつかないからね。見事ゲームをクリアした景品として、この村の人間には手を出さないとここに誓おう」


 男は優雅に屋根から地面へと降り立った。


「この村の人間には? じゃあ別の村とか町の人には手を出すってこと?」


「まあね。それより諸君、この紳士的かつ知的な私に何か言うことはないかね?」


「言うことなんて――」


「言うことなんて、『素晴らしい』以外にありませんよ」


 俺の言葉を遮り、トキが喋り出す。

 人質をとってゲームなんかしかけてくる相手に、いったい何を言い出すのか。


 困惑する俺をよそに、彼は続ける。


「実に素晴らしいゲームでした。無意識に自分の常識を優先する人間の心理を上手く利用したところが、特に」


「おお! わかるかね少年! そうとも、人間はいともたやすく思い込みに囚われる。多少おかしいと思っても、強引に自分を納得させる傾向があるのだよ」


「ええ。僕も勘が鋭く思ったことをすぐ口に出すバサークさんがいなければ、どうなっていたことか。仕掛け人たるあなたがするのは『夢を見せること』だけですが、それだけで人間は困難に陥る。いやあ、あなたは相当に優れた頭脳の持ち主のようですね。感服しました」


「はっはっは! キミもそれがわかっているなら、なかなか見どころがあるぞ? 私の弟子にしてやらんこともない」


「それは恐縮です。……はい、ではここでヒトギラさんどうぞ」


「え?」


 男が後ろを振り向く。


 そこに立っていたのは、杖を振りかぶったヒトギラ。


「死ねゴミ」


 ゴッ、という鈍い音と共に、杖が男の側頭部を直撃する。

 男は倒れ、懐から緑色の石が転がり出て来た。

 ヒトギラが杖でそれを粉砕し、男は消滅する。


「こういうタイプは理解を示しつつ褒めるとすぐ調子に乗るんですよね。ちょろくてよかったです」


 そう言ってトキは笑った。


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