脱出ゲーム
ぱちり、と目を開く。
視界に飛び込んで来たのは真っ白な天井。
汚れひとつ無く、のっぺりとした質感だ。
背中からはじわじわと床の冷たさが伝わってくる。
体を起こしてみると、少し体が痛んだ。
どうやらそれなりの時間、こうして転がっていたみたいだ。
手足や背中を伸ばしながら立ち上がる。
装備は無事、身体の不調も特に無し。
しかし周りは一面、白い壁。
ともすれば距離感覚が狂いそうなほど真っ白い部屋に、俺はいた。
部屋はそう広くはないけれど、とにかく何も無い。
家具はおろか、扉すら見当たらないのだ。
少し前のことを思い出す。
俺たちは「ゲーム」をしようと言う魔族と対峙していた。
彼は村人たちを人質にして脅してきたが、ゲームとやらに付き合わずとも先に倒してしまえばいい。
そこでバサークが飛びかかったものの、逆に男は奇妙な技……おそらく魔法を発動させ、俺は気を失った。
そしてこの状況である。
たぶん、これが男の言う「ゲーム」なのだ。
ならばこの部屋から出る手段はあるはず。
「ペナルティ」が何かは一旦置いておき、まずは部屋から出る方法を考えよう。
「壁とか……床に何か仕掛けがあったり……」
フワリのアトリエで地下に落とされた時のことを思い返し、そこらじゅうを触ったり押したりしてみる。
と、ある箇所が軽く凹み、軽い地響きと共に壁の一部が開いた。
予想的中だ。
開いた部分をくぐって部屋を出ると、そこもまた白い部屋だった。
真っ白な壁、床、天井。
さっきまで俺がいたところとほとんど変わらない部屋だったが、ただひとつだけ違うところがある。
「あ……!」
部屋の中心で仰向けになって眠る人。
見慣れた黒髪、白い服、長い杖。
そこにいたのはヒトギラだった。
やはりみんなもこの妙ちくりんな「ゲーム」に参加させられているようだ。
いやはや、合流できてよかった。
この分だと部屋を移動していけば、他のみんなとも会えるかもしれない。
さて、ひとまず彼を起こそう。
「ヒトギラ、起きて」
ゆさゆさと肩を掴んで揺さぶる。
ヒトギラは少し顔をしかめたかと思うと、眩しそうに目を開いた。
「おはよう。体は大丈夫? 怪我は無い?」
「……? ああ……お前か」
床に手をついて億劫そうにのそりと起き上がる。
外傷は無さそうだが、俺と同じく長時間寝ていたことの弊害で背中やらが少々痛いらしい。
「……床、冷たいな」
「? うん、そうだね」
それがどうしたというのだろう。
次の言葉を待ってみるが彼は特に何を言うでもない。
もしかして寝ぼけてるのかな……?
「ここはどこだ?」
「あの魔族の魔法でつくられた場所、だと思う。あの人が言ってたゲームっていうのは、ここから脱出することなんじゃないかな」
「脱出? このクソみたいな部屋から出る方法があると?」
「うん。俺、さっきまであっちの部屋にいたんだけど、床の仕掛けを押したら……」
ヒトギラに説明するために、通って来た方を指差そうとする。
しかしそこには何も無い。
開いていた箇所があったはずなのに、どこを見てものっぺりとした白が広がるだけ。
「……あれ?」
「……あっちの部屋、なんて見えないが」
「お、おかしいな。確かにこう、このくらいの入り口みたいなのができてたんだけど」
後戻りはできないということだろうか。
うーん、この先に分かれ道とかあったらどうしよう。
間違った選択をしても戻れないのは厳しいなあ。
「まあいい、まずはここから出るぞ」
「わかった、任せて。部屋の造りが同じだから、たぶんこのへんに……」
床をまさぐっていくと、先ほどと同じような手ごたえがあった。
そしてこれまた同じように壁の一部が開く。
「やった! よし、行こうヒトギラ」
「ああ」
ヒトギラと共に次の場所へ移動すべく、部屋を出る。
やや警戒しながら進んだ俺たちを出迎えたのは、のどかな村だった。
「…………村?」
「村だな」
なぜいきなり野外?
さてはあの部屋はこの村の建造物だったとか?
俺は後ろを振り向いて自分たちがいた建物の外観を見てやろうとしたが、しかしまたしても何も無い。
「ワープでもさせられたのかな」
「……かもしれん。だがこれで『脱出』ができたのかどうかは怪しいところだ」
「だよねえ。あれだけで終わりそうもないし」
さてどうしたものかと村を眺めながら考えていると、俺はあることに気が付いた。
「ねえ、この村さ。ヒトギラと俺たちが最初に会ったところじゃない?」
「ああ。確かにそうだな」
まるで他人事のように言うヒトギラ。
あまり良い思い出が無いのだろう。
「家の様子でも見ていく?」
「別にいい」
「でもわざわざここに移動したってことは、何かヒントがあるのかもよ?」
「お前、俺の家が見たいだけだろ」
「あはは、バレたか」
俺は苦笑いをした。
ヒントがあるかもしれないっていうのも本当だけど、家が気になる気持ちの方がやや強い。
「だいたい、何も楽しいものは無――あ?」
ヒトギラが言葉を止める。
ついでに俺も何か言おうとして開けた口をそのままに、絶句した。
「……ヒトギラ、ワープ魔法使った?」
「使ってない。そもそもあの道具が無いと使えん」
間違いなく屋外にいたはずの俺たちが、いつの間にやらどこかの家の中にいたのだ。
ヒトギラは何もしていないと言うし、これも魔族の仕業なのか?
「ていうか、ここ空き家かな? 結構きれいだけど、なんにもないし人は住んでなさそうだね」
「いや、俺の家だ」
「え」
思わず間抜けな声が出る。
「なんだ、何か文句でもあるのか」
「や、その……これ泥棒とか入られてない?」
「元からこうだ。だから言っただろう、何も楽しいものは無いと」
「楽しいものっていうか何も無いんだけど!?」
「む。ベッドも机も椅子もあるが」
「むしろそれしか無いよね!」
現在いる居間には簡素な椅子と机。すぐ隣の寝室にはベッドがある。
そんなはずは、と俺は各部屋を回った。
……しかしそれ以上は何も無かった。
本人の言う通り、本当に家具は3つだけだった。
カーテンは無く、棚は無く、クローゼットも無く。
というか台所すら無い。
台所が無い家って存在するんだ……。
「ヒトギラ、ちゃんとご飯食べてたの?」
「死なない程度には」
この上なく心配な返答。
なるほどいつぞやの柔らか無味パスタにも納得がいく。
「俺いまパーティーに誘ってよかったと心の底から思ってるよ」
「……ふん。気が済んだならもう行くぞ」
ヒトギラは踵を返して玄関の方へ向かった。
と、そこでまた景色が一瞬にして切り替わる。
「わっ、とと」
足を踏み出そうとしたところでの急な変化に驚き、俺は少しつんのめった。
前を見ると、今度は確実に見覚えのある村の風景が広がっている。
「フウツ。俺は知らない場所なんだが、お前はわかるか?」
「うん。――ここはマハジ村。俺の故郷だよ」
ヒトギラは「そうか」とだけ言った。
「移動したってことは、あそこからは脱出できたってことでいいのかな」
「おそらくな。あいつの設定した条件を満たせたのだろう」
「ならたぶん、探索するのが正解なんだよ、きっと!」
最初の白い部屋はさしずめお試しといったところか。
最初はさっぱりだったが、攻略法がわかればなんてことない。
「あ、でも」
「? どうした」
「俺、行方不明ってことになってるんだ。そもそも嫌われてるし、あんまり村のみんなと鉢合わせたくないなあって」
見たところ、あのデレーが起こした火災からは完全に復興しているようだ。
いささか早いような気もするが、それだけ頑張ったということだろう。
そんなところに、いなくなったと思っていた嫌われ者が現れるとか……村人からしたら最悪だ。
恩を仇で返すほど俺は酷い人間じゃない。
「…………」
「ご、ごめんわがまま言って。けど本当に、みんなに迷惑かけたくないんだ。だからこっそり行きたいんだよ」
「知るか」
盛大に顔をしかめたヒトギラは、俺の手を乱暴に引いて歩き出す。
ずんずんと進んでいく彼はなんだか物凄く怒っているようだった。




