出したらしまおう
「出たわね迷惑散布機!」
アクィラはわなわなと震えながらエラを指差す。
言い方から察するに、何かしらの因縁があるのだろう。
「ひどい言い草じゃのう。せっかく旧友が会いに来てやったというのに」
「誰が旧友よ!」
敵意をむき出しにするアクィラと意に介さないエラ。
アクィラは否定したが、その様は気心の知れた友人同士のそれによく似ていた。
「ね、ね、なんであたしたちがアクィラといるってわかったの?」
バサークが純粋な疑問を投げかける。
それに関しては俺も気になっていた。
ちょうどフワリが指標釘を放ったタイミングでワープしてくるなんて、とても偶然とは思えない。
「おぬしらが第五領地へ行くと知った時から、こうなる気がしておったのじゃよ。ほれ、おぬしらトラブルに巻き込まれるの得意じゃろ」
「あら……お姉さんがトラブルそのものだとでも言いたげね」
「その通りじゃが? というかなんじゃその一人称」
「悪いわね、無垢な子どもはもう卒業したの。今はグラマラスなお姉さんなの」
先ほどとはまた違った雰囲気で言い争いは続く。
どうしたらいいかわからず傍観に徹していると、ふとエラが「ところで」と言った。
「アクィラ、おぬしのことじゃからどうせ誰かに目を付けて可愛いだの可愛くないだの言っておったのじゃろう。して、今回は誰を気に入ったのじゃ?」
「そこの青髪ちゃんよ。フウツちゃんって言うのよね? お名前までとっても可愛いわ」
「…………」
エラが瞬時にさっきまで何が起きていたかを察してしょっぱい顔になる。
「あー、デレーよ。このアクィラの言う『可愛い』は愛玩から来る言葉じゃ。おぬしの敵ではないから安心せい」
起こっていたであろう諍いに収拾をつけるため、エラは珍しくも仲裁役にシフトした。
「愛玩、ですの?」
「そうじゃそうじゃ。恋慕なぞでは決してないのじゃよ。そこはわしが保障しよう」
「なら――」
デレーが構えていた斧を下ろす。
感情の種類が違うとわかれば矛を収めてくれるはず、という寸法か。
グッジョブ、エラ。
……と、内心ガッツポーズをした俺だったのだが。
「なおさら許せませんわ! 万死に値しましてよ!」
なぜかデレーは斧を構え直して臨戦態勢をとってしまった。
恋敵ではないと判明したのに、いったい何がいけなかったのだろうか。
「愛玩ですって!? よくもそんな舐め腐った感情を抱きやがりましたわね! 愛玩、すなわち愛とのたまいながらその実、相手を玩具のように軽々しく扱う害悪的思想! そんな汚らわしい欲をフウツさんに向けるなど言語道断! ここで始末いたしますわ!!」
「おおう悪化してしもうたわい」
「もうこれ殴って気絶させた方が早いでしょう」
「任せろ」
「殴るのは得意」
「暴力はやめようねトキ! ヒトギラも杖振りかぶらないで! あー! フワリ、ステイステイ!」
強行手段に出ようとする3人を全力で止める。
ここはやはり俺が何とかするしかないのか……?
けど下手するとさらに面倒なことになりそうな気がしないでもないんだよなあ。
「ああ、良いことを思い付いたわ!」
アクィラが手を叩く。
デレーのとなりをすり抜けて、俺たちの方にやって来た。
「貴方たち、エラが肩入れしてるってことは、何か困りごと……重大な目的かしら? ともかくそんな感じのものがあるのよね?」
「まあそうじゃのう」
「うふふ。じゃあお姉さんが力になってあげる。そしたら貴方たちは助かる、お姉さんはフウツちゃんと一緒にいられる。どう? win-winじゃない?」
「生憎、人手には困っておりませんの。あなたの出る幕は無くってよ」
じろりと彼女を睨み、デレーが反論する。
その主張自体は最もで、このパーティーは魔法物理回復とそれぞれ使える者が揃っている。
味方が多いに越したことはないが、このままでも問題無いというのも事実だ。
しかしアクィラはそれを聞いてなお、余裕の笑みを浮かべていた。
「まったく、鈍感なのも困りものよねえ」
「何が言いたいんですの」
「貴女たち。第五領地に入ってからここに来るまで、魔物をどれくらい見たかしら?」
言われて、記憶を探ってみる。
そういえば『いかにも』な場所を何度か通ったが、魔物は数匹くらいしかいなかったような。
「ほとんど見ていないでしょう? なぜだかわかる?」
「…………」
「それはねえ。お姉さんが人知れず、魔物を弾く結界を張っているからよ!」
結界? 第五領地全体に?
そんなことができるのだろうか。
「お姉さん、やっぱり精霊だし? それくらい朝飯前なのよね」
「具体的に言うとスキル《魔除けの加護》のおかげじゃな。別に精霊は関係ないぞい。そもそも精霊は超希少種というだけで、上級でもない限り大して能力が飛びぬけているわけでも」
「余計なこと言わない! もう、油断も隙も無いんだから」
エラは肩をすくめる。
咳払いをひとつして、アクィラは「それだけじゃないわ」と付け足した。
「お姉さんと契約を結べば、身体能力・魔力共に強化されるのよ。あ、これは精霊の特性だからね!」
「イマイチぱっとしませんわね。もっと神秘的な力とか、手に入りませんの?」
「むむむ……。そ、それをできるのは1000年以上生きた上級精霊だけよ。お姉さんはまだぴっちぴちの200代だから、そこは諦めてちょうだい」
「そうですのね。まあパーティー加入はお断りですわ」
「……あらあら。素直にもなれないなんて、やっぱり可愛くない。可愛くないわ、貴女」
戻りかけていた空気がまた一転して険しくなる。
デレーは相当アクィラのことが気に食わないらしい。
いくら話題を変えたところで、これでは堂々巡りだ。
「ね、ねえ! とりあえずさ、一旦この話は置いといて、ちょっと冷静になってからどうするか考えよう?」
「……フウツさんがそう言うなら、よろしくてよ」
「ええ。そうね。お姉さん、少し大人げ無かったわね」
2人はスッと離れる。
良かった、流血沙汰はなんとか避けられそう。
デレーはトキたちのところへ行き、何やら話を始めた。
残ったアクィラも切り株に腰掛ける。
「……ね、フウツちゃん」
「? なんですか」
「うふふ、楽な話し方でいいわよ」
「はあ」
こうして穏やかに微笑む姿を見ていると、ああ本当に精霊なんだなあと実感が湧く。
黙っていれば、というやつだ。
「いいことを教えてあげる。お姉さんね、欲しいもの、つまり可愛いと思ったものは絶対に手に入れる主義なの」
「そう、なんだ」
俺は反応に困り、当たり障りのない言葉だけを返す。
今回に限っては妥協してもらいたい、なんて言えるわけもない。
「それからね」
アクィラが左手で、俺の右手を取った。
そして空いた右手を重ねるようにかざす。
「――契約って、精霊側からなら一方的に結べるのよ」
「っ!?」
アクィラの右手に魔法陣が浮かび上がった。
これはマズい、問答無用で俺と契約するつもりか!
思いのほか強い力でがっちりと掴まれていて逃れられない。
「大丈夫、ちゃんとお姉さんが可愛がってあげるから」
もう駄目だ、と思った。
……その時。
「そんなことだろうと思いましたわ! おらっ! くたばりあそばせ!」
反射的に振り向く俺とアクィラ。
なんと、デレーが何かを泉に向かって投げんとしているではないか。
「っやめなさい!」
あれは毒の入った瓶だ、と気付いたアクィラが俺の手を放して止めに入る。
走るアクィラ。
曲線を描くデレーの体。
瓶がデレーの手から離れる直前、飛び込んで来たアクィラの右手が彼女の腕を捕らえる。
2人はそのままもつれるように転倒した。
毒の瓶は地面に転がり、泉の汚染は未遂に終わる。
「くっ……黙って投げればよかったですわ……!」
地に手を付いて悔しげに唸るデレー。
対してアクィラは、息も絶え絶えながら不敵に笑う。
「ふふ、精霊ダッシュを舐めないで? 悪いけどお姉さんの勝――」
そこまで言って、彼女はピシリと固まった。
「? なんですの」
「う……嘘……」
自分の右手を見つめ、顔を青くする。
右手、といえば先ほどまで浮かんでいた魔法陣がいつの間にか消えている。
……と、いうことはまさか。
アクィラはしばし沈黙した後、悲壮感たっぷりに口を開いた。
「契約……貴女と結んじゃってる……!」




