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亡命者

 そこにいたのは、まだ幼さが残る少女の姿をした魔族だった。

 バサークに押さえつけられ、手足をバタつかせて抵抗している。


「み、見逃してください……お願いします……!」


 彼女は哀れっぽい声で懇願した。

 見ると、体中に擦り傷やひっかき傷がある。


「殺しはしないよ、安心して。大人しく帰ってくれればそれでいいから」


 その様子が少しかわいそうに思え、できるだけ威圧しないように努めて言う。

 しかし少女はなおも首を振り、俺の言葉を拒否した。


「お願いします、帰るわけにはいかないんです。ですからどうか、どうか……」


「……? どうして帰りたくないの?」


「それは、その――亡命、してきたからです」


 亡命?

 魔界から抜け出して、わざわざリスクのあるこちらの世界に逃げて来たということだろうか。


「フウツさん、耳を貸してはいけませんわ。舌先三寸のでまかせかもしれなくてよ」


「で、でも……」


「彼女が村に忍び込もうとしたのは揺るがぬ事実ですわ。あとフウツさんと馴れ馴れしく会話しているのが一番気に食わないので疾く帰してしまいましょう」


 前半はともかく、私怨を一番の理由に据えないでいただきたいところだが。

 デレーが斧に手をかけると、少女は慌てて「誤解です!」と言った。


「確かに村には入ろうとしました。でも人を襲おうなんてこれっぽっちも考えていません」


「あ、じゃあ村人から逃げたのって」


「そうです。本当はお話をしたかったのですが、取りつく島も無く……」


「……これは詳しく事情を聴いた方が良さそうですね」


 トキがバサークに、少女を放してあげるよう促す。

 解放された少女はありがとうございます、と頭を下げた。


「あの村の人たちに何を話したかったのか、教えてくれる?」


 少女は頷き、ゆっくりと語り出す。


 彼女の名前はクク。

 曰く魔界に住む、ごく普通の魔族。


 魔王城で下働きをしていたのだが、魔王の方針には疑問を抱いていたという。

 人間界を無理やり支配下に置くなんて間違っている、と考えており、一方で1000年前の敗北により魔王はもう帝王主義には懲りたとも思っていた。


 魔界も平和そのもので、何の心配事も無く働いていたクク。

 しかし最近になり、魔王がまた侵攻を再開し始めたとの噂を聞いた。

 なんでも、魔王直々に刺客を選抜し、人間界に送りこんでいるのだとか。


 1000年前の侵攻では魔族も少なからず犠牲になったのだ、また戦争なんて冗談じゃない。

 そう思うのはククだけではなく、この20日足らずのうちにレジスタンス――いわゆる抵抗軍が編成された。


 ククは魔王城で働く身ながらレジスタンスに賛同し、情報を集める活動をすることを決意。

 仕事の合間にあちこちへ忍び込み、魔王の意図や作戦に通ずるものを探した。


 その中で『魔王の器』の存在を知ったのだが、直後に活動が魔王側にバレて逃亡を余儀なくされた。

 レジスタンス内で話し合った結果、人間界に危機を伝えようということになり、亡命も兼ねてククがそれを実行する役目を仰せつかったらしい。


 そして魔王城からちょろまかしてきた緑の石を持ち、人間界に到着したのが今朝のこと。

 ちょうど近くに村があったのでさっそく立ち寄ろうとしたところ、問答無用で追い回されてこの有り様……というわけだ。


「ちなみにこの怪我は、崖から落ちたり木の枝に引っ掛かったりしてできたものです。さすがに村人に負けるほど弱くはないですから」


「た、大変だったね。それで、やっぱり魔王は『魔王の器』を利用しようとしてるんだ?」


「え、もう知ってるんですか?」


「うん。予言にあったんだ。魔王の力を持つ人間なんでしょ」


「その通りです。では『器』の用途も?」


「いや、そこまでは」


 俺は首を横に振る。


「わかりました、ならそこは私が説明しましょう。いいですか。『魔王の器』とは、魔王様の予備の体にされる人間のことです」


「予備の体……?」


 ククはまた話を始めた。


 1000年前の侵攻時には、魔王は人間界の空気が毒になることを知らなかったこと。

 毒の影響で、魔王の体にガタが来ていること。

 新たな体として、人間の体を利用しようとしていること。


 魔王の計画は以下の通り。

 まず選んだ『器』に力の半分ほどを移し、『器』の体が成熟するまで待つ。

 この間、封をした状態だった力が徐々に解放されていく。

 十分に育ったら、残り半分の力ごと魂を移し替えて『器』の体を乗っ取る。

 この時に必要になるエネルギーは、人間を殺すことで得ておく。


「そっか、それで魔族が送られてきてるんだね」


 『器』が今何歳で、魔王はどこまで待つのかはわからない。

 が、近頃の状況を察するに時は近いのだろう。

 かなり一刻を争う事態だ。


「『器』を魔王様の手に渡さなければ、計画をおじゃんにできます。つきましては、この話を広めていただいて『器』を捜索・保護してもらいたいのです」


「…………」


「いや、それは無理。この国は『器』を殺す方針で動いてるんだ。この話を聞けば、なおさら生かしはしないよ」


 俺が言葉に迷っているうちに、フワリがすっぱりと言い切った。


「そんな……! ……いえ、気持ちは理解できます。『器』は大きな脅威になり得る者。生かしておくにはリスクが高すぎますよね。すみません、今のお願いは忘れてくださ――」


「ところでボクたちは『器』を殺すのには反対なんだよね」


「え」


「で、『器』を探す道具も持ってるんだよね。ついでに今『器』探しの旅の途中。というわけでキミの願いは半分叶いつつあるよ。やったね」


「ほ……本当ですか!? ありがとうございます、ありがとうございます!」


 ククは飛び跳ねて喜ぶ。

 よっぽど『器』を助けてあげたかったんだな。


「じゃ、村の人たちに魔族はもう退治したって言ってくる」


「うん、よろしく」


 村の方へ駆けていくフワリを見送ると、ヒトギラが「だが」と切り出した。


「これからどうする? こいつを同行させることはできないだろう。魔魂探知機がずっと反応しっぱなしでは探せるものも探せない」


「うーん、じゃあ一度ワープで第四領地まで戻って、エラにククを匿ってもらおう。ヒトギラ、魔力は足りそう?」


「ああ」


 ワープはそう何回も連続しては使えないし、戻ったら今度は第五領地方面に回っていった方が良さそうかな。

 なんてことを考えているうちにフワリが帰ってきた。


「おまたせ。たぶん信じてもらえた」


「ご苦労様、それなら安心だね」


「ではククさん、こちらに寄ってくださいまし」


「はい!」


 俺はワープ装置を取り出し、ヒトギラに手渡す。

 彼が魔力を込めると、ふわ、と体が浮きあがったような気がして、次の瞬間には拠点の玄関に立っていた。


「わあ、凄い! 一瞬で移動してしまいました……!」


「エラの屋敷までは半日かかるし、出発は明日にしよう」


「あ! じゃあククにご飯いっぱい食べさせてあげよ! ね、お腹ぺこぺこでしょ、クク」


「ど、どうしてそれを……!」


「んー、勘! あたしが料理作ったげる!」


 久しぶりの拠点ということもあってか、バサークはかなりご機嫌だ。


「お待ちくださいまし、バサークさんだけではいささか不安がありますわ。私もお手伝いしましてよ」


「そういえばフワリさんはここに来るの初めてですよね? 軽く案内してあげましょう」


「ん、ありがとう」


「俺は部屋に行く。お前も休んでおけよ、フウツ」


 各々散っていったので、俺も部屋に戻ることにした。


 ベッドに腰掛けて少し物思いにふける。

 魔物の活性化、魔族の襲来。

 事態は刻一刻と悪化してきているが、俺たちも少しずつ前に進めている。


 大丈夫、焦らないで。

 魔界にも魔王に反抗する勢力がいることもわかったんだ。

 きっとなんとかなる、なんとかしてみせる。


 決意を新たにし、俺は目を閉じた。


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