理不尽
「きゃーーーーーっっっ!?」
少女はバサークから手を放し、すんでのところで道に上がって躱す。
炎はバサークもろとも河に直撃した。
「何してんの!? ねえ何してんの!? 丸焼きになるとこだったんだけど!」
「殺す気で撃ったからな」
顔面蒼白の少女を、デレーががっしりと掴んで拘束する。
「もう逃がしませんことよ。作戦大成功、ですわ」
「し、信じられない! あんたたち目が節穴なの? 今のであの子、焼かれたのよ!?」
少女はぷすぷすと立ち昇る煙を指差した。
まあ、あの火力ではまず助からないだろう。
常人であれば、の話だが。
「わー! 今の凄かったね! もう1回見たーい!」
明るい声と共に、煙をかき分けてバサークが現れる。
無論、全くの無傷だ。
「どういうこと……?」
少女は唖然として彼女を見た。
「スキルですわ。バサークさんには炎が効きませんのよ」
「そ、そんな……じゃあ」
「ええ。あなたの完全敗北、ですわ」
がっくりと項垂れる少女にデレーが笑いかける。
ちなみに白状しておくと俺はスキルのことをすっかり忘れていたので、魔法が炸裂するのを見て一瞬肝が冷えた。
「さて、では大人しく石を差し出すか、このまま首を刎ねられるか。選ばせてさしあげますわよ」
「うう……なによ、もう石のことまで知ってるのね。いいわ、魔王様に言いつけてやるんだから! 覚えてなさいよ!」
少女は捨て台詞を吐き、自分から緑色の石を割って消えていった。
「あれ、もう帰っちゃったの?」
つまんなーい、と残念がるバサークをなだめつつ、俺たちは報告のためにギルドへと向かった。
さて受付の男性はというと、俺たちを見るや否や深く溜め息をついた。
「なんだ、やっぱり怖気づいて帰って来たのか。いや、まあ責めやしないさ。誰だって命は惜しいもんな。これに懲りたら面倒事には首を突っ込まないことだ」
「む。ちゃんと倒したし、帰ってもらったよ」
「まったく、冗談はよせ。あんなのを相手にして、誰も欠けずに勝つなんて無理だろ」
「……あらまあ、疑り深いのですわね」
「しつこいな。こっちは忙し……くはないが、暇でもないんだよ。やっと騎士団が動いてくれるのさ。明日になれば隊を寄越してくれるんだ、お前らは安心して帰ってくれ」
いまいち納得のいかない説明を投げられ、俺たちはギルドから半ば叩き出されるように出る羽目になった。
「り、理不尽ここに極まれりですわ! なんですのあの態度! というか騎士団を呼んでいたなら、最初からそう言えばよろしいのに」
「僕たちが解決できるなんて、ハナから信じていなかったみたいですね」
かなり腑に落ちない結果になってしまったが、一応目的は達成できたことに違いは無い。
こっそり指標釘を設置した俺たちは、次なる町へと決して軽くはない足取りで赴く。
「なんか、わざと意地悪してるみたいだったなあ」
しょぼくれたバサークの言葉に、心臓がわずかにはねた。
わざと意地悪をする。
それじゃあまるで、俺たちを嫌っているみたいではないか。
もしかして、俺がいるからみんなまで……?
いや。
いやいや落ち着け、さすがに自意識過剰だ。
今までそんなことは無かった。
俺が単体で嫌われるだけで、デレーたちが前に出ると相手はころっと態度を変えていただろうに。
俺の仲間だからってみんなまで嫌われるなんて、そんなことあるわけが。
あるわけが……。
翌日。
俺たちは山の麓にある村に向かって足を進めていた。
もちろん探索の意味もあるが、ここからしばらく山岳地帯が続くので地元の人に良いルートを教えてもらおうという魂胆だ。
「見えてきましたわ……って、あら?」
デレーが疑問の声を上げた。
それもそのはず、真っ昼間だというのに大勢の村人たちが畑を耕すでもなく、うろついている様子なのだ。
近付いていくにつれ、だんだんと彼らの姿が鮮明に見えてくる。
どうやら農具や槍を持ち、何かに警戒するように歩き回っているらしい。
何にせよ物々しい雰囲気である。
「! なんだ、お前らは」
俺たちに気付いた村人の1人が、ずいと槍を向けてきた。
「私たちは冒険者ですわ。皆さんピリピリしていらしてますけれど、いかがなさいましたの?」
デレーが落ち着いて返答する。
敵意は無いとわかってもらえたようで、「なんだ、冒険者か」と彼は槍を下ろした。
「魔族だよ、魔族。今朝方、村に忍び込もうとするところを見つけたんだが、逃げられちまってよ。被害が出る前にどうにかみんなで退治しようってなったんだ」
「なるほど、そういうことでしたのね」
「ああ。……初対面で言うのもなんだが、もしよかったら協力してもらえないか? 俺たちは所詮ただの村人だ。魔族とやり合うにはちと心もとない。その点、お前らは戦いに慣れてるんだろ?」
そうまで言われたのなら、断る理由は無い。
デレーはちらりと俺たちに目配せをした後、ニコリと微笑んだ。
「ええ、よろしくてよ。魔族と戦った経験もありますもの。きっとお役に立てますわ」
「それは頼もしい。一度みんなを集めてお前らのことを紹介しよう。ついて来い」
男の後に続き、俺たちは村に入っていく。
村人たちは皆険しい顔をしていたが、男が声をかけると表情を少し和らげた。
やがて巡回していた人たちを集め終え、男は俺たちのことを彼らに説明する。
だがしかし。
「おいおい、大丈夫なのか? 見るからに怪しそうな奴らじゃないか」
「冒険者ったって、自称なら何とでも言えるぜ」
「なーんかイマイチ信用ならねえなあ」
反応はあまり芳しくなく、彼らは口々に疑いの言葉を投げかけてきた。
「こらこら、手を貸してくれるって人に対してそんな態度は無いだろう。じゃあ何だ、ろくに戦ったこともない俺らだけで魔族に勝てるって、自信持って言えるのか?」
男は村人たちに反論する。
すると彼らは「まあ、お前が言うなら……」と渋々ながら引き下がった。
察するに、男は村でも人望のある人物なのだろう。
多少の不服感はあれど、口答えをする者はいなかった。
「ようし。では警戒に戻るぞ。いいか、見つけたらまずは他の奴を呼ぶんだ。1人で突っ込むのは厳禁だからな!」
男の号令で村人たちは再び散っていく。
それを見届けると、彼は俺たちの方を振り返って申し訳なさそうに眉を下げた。
「悪いな、いつもはあんな疑り深い奴らじゃなんだが……。緊張で気が立っているのかもしれん。どうか許してやってくれ」
俺は内心ホッと息を吐く。
この人はちゃんと話が通じる人だ。
目が合ったら一瞬顔をしかめ、すぐにそっぽを向かれてしまったけれど。
みんなとは普通に接してくれている。
俺を嫌う度合いには人によって差があるのだし、セジューのあの男性やさっきの村人たちが影響を受けやすかっただけに違いない。
「では私たちはあちらの方を見て参りますわ」
「わかった。よろしく頼む」
男と別れ、山のある方へと移動する。
と、ある地点で魔魂探知機が反応を示し始めた。
俺たちは慎重に辺りを見回しながら少しずつ山に踏み込んでいく。
「純粋に疑問なんですけど」
不意にトキが口を開いた。
「なんで魔族は村人から逃げたんでしょう」
「そりゃあ……多勢に無勢、だったからじゃない? 海沿いの町にいたいつぞやの魔族も、ちょっと攻撃したらすぐに逃げてたし」
「う、あまり思い出したくない記憶ですね……。ですがあれは僕たちが戦えるとわかったからでしょう? 言っちゃなんですけど、ただの村人なんて何人いても魔族の敵じゃないと思うんですよ」
「あー、それは確かに」
そうこうしているうちに、探知機から音が鳴り出した。
俺たちは口をつぐんで警戒を強める。
森の中を進みながら注意深く目を凝らしていると、木々の間で何かがもぞりと動くのが見えた。
「バサーク、確保いける?」
声を落として言う。
「いけるよ!」
バサークは返すと同時に、目標めがけて一直線に飛びかかった。
がささ、と葉の擦れる音、次いで「とった! 弱!」というバサークの声が飛んでくる。
俺たちは頷き合い、急いで駆けつけた。




