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川遊びにはご用心

 聞くところによると、件の魔族は昼夜問わず出没するらしい。

 また、舟を見るとすかさずひっくり返し、乗っていた人間を沈めて溺死させてしまうという。


 そこで、俺たちは囮で魔族をおびき寄せる作戦を立てた。


 まず手頃な舟を借り、適当に藁なんかを積んで運送業者に成りきる。

 そしたら河へ漕ぎ出し、あとは魔魂探知機で魔族の接近を察知して迎え撃つだけ。

 単純明快な作戦だ。


 舟に乗るのは俺とバサーク。

 魔族が出たら氷漬けにして動きを封じるのが理想だけれど、万一、失敗した時は緊急離脱できるように、とのこと。


 バサークだけじゃ駄目なのかな? とも思ったが「魔族に遭遇する前から事故って舟を壊すのは避けたい」と言われ納得した。


「よし、じゃあ行こうか」


「うん! がんばろー!」


 俺たちはゆっくりと舟を漕ぎ、河を下り出す。

 多少おぼつかない動きではあるが、そう大きな河でもないので落ち着いて操縦すれば大丈夫そうだ。


 こうして青空の下で綺麗に整った街並みを見ていると、魔族退治をしに来たということを忘れそうなほど穏やかな気持ちになる。

 常ならば人々が行き交い、いっそう華やかな風景になっていることだろう。


 そうしていると、ふと故郷のことが思い出された。

 二度と帰らないと誓った故郷、俺を育ててくれた村。


 もう村を出て1ヵ月以上が経つ。

 アニーおばさんや村長は元気にしているだろうか。

 俺がいなくなったことで気分良く過ごせているのなら、とても嬉しい。


 唯一心配なのは魔物だ。

 かつては魔物なんて滅多に来なかったし、いざ現れても依頼を出せば数日中には冒険者が退治してくれた。


 でも最近はそうもいかない。

 魔物は力を増し、動きも活性化している。

 以前のようにはいかないことくらい、俺にだってわかる。

 襲われてなきゃいいんだけど……。


 そんなふうにぼんやりと考え事をしていると、魔魂探知機の音が耳に飛び込んで来た。


「わ、ごめん反応来てる! バサーク、警戒して!」


「はーい!」


 俺としたことが、魔魂探知機が光っていることに気付いていなかったようだ。

 いけないいけない、今は魔族を退治する作戦の最中だぞ。

 集中しなきゃ。


 ちらりと上を見ると、屋根の上を舟の速度に合わせてデレーとフワリが移動している。

 河から少し離れたところでは、同じく舟に並走するようヒトギラとトキが通行人の振りをして歩いている。


 音はみんなにも聞こえているだろう。

 準備は万全だ、さあかかってこい魔族!


「! 来るよ」


 バサークが身構える。

 同時に、にわかに水面が波打ち出した。


 みるみるうちに波は激しくなり、水が舟の上に乗り上げる。

 ざば、とひときわ大きく水が盛り上がるが早いか、ぐらりと足元が傾いた。


「捕まって!」


 と言いつつ、俺がバサークの手を握るより先に、彼女は俺を抱えて跳び上がる。

 軽やかに着地を決め河の方を見ると、轟音と共に巨大な氷柱ができあがっていた。


「ありがとう、バサーク。上手くいった……かな?」


 河は舟もろとも見事に凍っている。

 これならさしもの魔族も身動きがとれないだろう。

 あとは緑色の石を拝借して叩き割れば、強制送還完了だ。


 俺とバサークは氷に近付く。

 さて、どこにいるのだろうか。

 きょろきょろと河、だったものを覗き込んで見回す、が。


「フウツ、こっちは何にもいないよ」


「あれ、おかしいな。俺の方も見当たらないや」


 氷はかなり広域に及んでいる。

 あの一瞬で逃げることは不可能なはずだ。

 それに、魔魂探知機の音はちゃんと鳴り続けている。


「舟の下敷きとかになってないかな」


「じゃあ、あたし割ってみ――」


 ふつりとバサークの声が途切れた。


「どうした、の……?」


 何か見つけたのだろうかと横を見るも、彼女の姿が無い。


 俺は咄嗟に2、3歩ほど河から離れる。


「フウツくん! 上流の方だ!」


 屋根の上からフワリが叫ぶ。


 そちらに視線を向けると、水泡を出しながら見えない何かが河を昇って行っていた。

 理屈はわからないが、バサークはどうやら魔族に連れ去られてしまったようだ。


 速度はそう出ていない、走れば追いつける!


 俺は地を蹴って走り出した。


「逃がしませんわ!」


 デレーたちも一斉に駆け出す。

 かと思えば、どん、という音と共にフワリが屋根から思い切り跳躍し、移動する水泡を追い越して着地した。


「バサークさんを返して。じゃなきゃ海の果てまで追いかけて殺す」


 水泡の動きが止まる。

 水面が渦を巻いて波立ち、徐々に何かを形作っていく。


 やがて水を払うようにして姿を現したのは、年若い少女の魔族と、彼女に腕を掴まれてぐったりしているバサークだった。


「なあに、お兄さんも私と遊んでくれるの?」


 クスクスと彼女は挑発的に笑う。


「水遊びにはまだ早いよ。風邪ひいちゃうから、その子を返して」


「やだ、こわぁい! 睨まないでよ。しかも……いち、に、さん……こんなにいっぱい集まってくれちゃってさ! でも残念でしたー」


「…………」


「私、氷の中でも動けるのよね。頑張って考えてくれたみたいだけど、無駄になっちゃったね! あはは!」


 俺はちらりとバサークの様子を窺い見る。

 息……は、している。

 幸いにも気絶しているだけのようだ。


「へえ、教えてくれてありがとう。じゃあ水を干上がらせればキミは逃げられないってわけだ」


「まーね! できるもんならやってみたら?」


 魔族の少女は余裕綽々だ。

 彼女が今こうして立ち止まっているのは、俺たちを舐めているからに他ならない。


 いざフワリの言うように水を干上がらせようとしたら、おそらくその前に逃げられてしまうだろう。

 やるならまずは、動きを止めるか、最低でも鈍らせなければ。

 しかし氷もすり抜けてしまう相手をどうやって……?


「なるほど、わかりました」


 トキの声が後ろから飛んでくる。

 少女のいる場所をせき止めるように、前後2か所が氷漬けになった。


「ちょっと、話聞いてなかったの? 氷ごときでは私を止められないって言ったでしょ」


「ええ。ですので、こうします」


 見覚えのある球体が河に投げ込まれる。

 それは着水と共に割れ、中から紫色の液体があふれ出した。


「? なにこれ」


 少女はじわじわと少しずつ水中に広がる液体を眺める。


「毒です」


「は」


「毒です。触れると肌がただれますよ」


「はあ!?」


 素っ頓狂な声を出し、慌てて後ろに後ずさった。


「え、何考えてんの!? この子、仲間じゃないの? 巻き添えになるわよ?」


 慌てふためく少女とは裏腹に、トキはけろりとして答える。


「なりません。だって嘘なので」


「う、嘘?」


「はい。驚きましたか?」


「な……なによ、くだらないいたずらなんかして。何がしたいのよ」


「何が、と言われましても……」


 ちり、と空気がひりつく。


 いつの間にか俺の隣にはヒトギラが立っており、その手にはしかと杖が握られていた。


「時間稼ぎ、ですかね!」


 はじけんばかりの良い笑顔。


 それを合図に、ヒトギラの杖から滝のような勢いの炎が発射された。



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