救えぬ者たち
「誤解でしてよ! 勝手に入ったことは認めますが、私たちはただの冒険者ですわ。魔物退治にも協力いたしましたのよ」
「そうだよ。ボクらはさっきまで魔物と戦ってた。騎士に聞けば証言してくれる」
デレーとフワリが説得しようとするも、住人たちはヒートアップするばかりだ。
「ふん、見苦しい嘘をつくな! 戦ったったって、どうせ魔物が手に負えなくなって殺されそうになったからだろ」
「きっとこいつらは他の町も襲うぞ。捕まえて、今のうちに抵抗できないようにすべきだ!」
無知なる憎悪に染まった男の手がデレーに伸びる。
……考えるより先に、体が動いた。
「やめろ!」
俺はデレーの前に飛び出して、男の手を払う。
我に返り、あ、と思った時にはもう遅い。
先ほどまでとは比べ物にならないくらい、憎悪と嫌悪の空気が膨れ上がった。
「こいつだ! こいつが親玉に違いない!」
「なんて気味の悪い……」
「ああ、見ただけで鳥肌が立つ! 邪悪な気配がぷんぷんする!」
「こんな奴、生かしておけるもんか! 殺せ!」
「そうだ、殺せ! 殺せ! 惨たらしく殺してやれ!」
住人たちはいきり立つ。
それはまるで、殺意にも似た憎しみをぶつけてきたトーウィ村の人たちみたいに。
いつか偽りの訴えで俺を騎士団に突き出したあの村人たちみたいに。
もはや話が通じないことは明白だった。
男が、女が、若者が、老人が、一斉に襲い掛かってくる。
しかしすんでのところで彼らは障壁によって弾かれた。
「おいフウツ。この障壁も長くは持たん。尻尾巻いて逃げるぞ」
「賛成。けどどうやって……?」
後ろは壁、俺たちをぐるりと取り囲む人々。
押しのけようにも数が多すぎて、とてもじゃないが突破できそうにない。
「上だ。バサークにはトキとデレーを抱えて跳んでもらう。フウツ、お前とフワリは俺が魔法で飛ばす」
「魔法って、人攫いを追う時に使ったあれ? でもそれじゃヒトギラの体に負担が……!」
ほぼ万全の状態ですらああなってしまったんだ。
まして魔物と戦って疲れている今なんて、さらに負担が大きくなること必至だろう。
「平気だ。そう長距離は飛ばさないし、2人くらいならいける」
「2人、って……。やめてよ、そんな冗談笑えないよ」
「俺は障壁があるから問題ない。スキルのおかげで半永久的に展開し続けられるしな」
「そんなこと言ったって……!」
こんな憎悪に満ちた場所に彼を置いていけるわけがない。
いくら障壁で接触を防げたって、声は聞こえてくるし、姿も見える。
これだけ大勢に囲まれては身動きもできないだろう。
それが彼にとってどんなに苦痛なことか、俺には想像もできない。
「時間が無い。バサーク、話は聞いていたな?」
「……うん」
「じゃあさっさと行け」
「やだ」
「駄々をこねるな、わかるだろう。別に死ぬわけじゃないんだ。だから――」
ふ、と。
一陣の風が吹き抜けた。
視界が明るくなった気がして、顔を上げる。
障壁の外に群がっていた人々がいない。
あれだけたくさんいたのに、跡形も無く消え去っていた。
「え……?」
俺たちは呆気にとられる。
何が起きた?
ややあって、危険が去ったらしいことを理解したヒトギラは、静かに障壁を解いた。
波のように押し寄せていた憎悪の声も、肌を焼くような嫌悪の視線も、何も無い。
ただそこには、静かな夜だけが広がっていた。
――然るべき時までは、俺がちゃんと守ってあげよう。
昨日、異空間に閉じ込められた俺の元に現れた、謎の人物の言葉が脳裏に蘇る。
これは彼の仕業なのだろうか。
辺りを見回すも、俺たち以外には人っ子ひとりいやしない。
「助かった……のかな」
とはいえ、胸の内には拭いきれない不気味さが残っていた。
住人たちはどこへ消えたのか。
もしあれが魔法だったとして、そんな魔法が存在するのか。
騎士団に報告しようとしたが彼らもまたどこにもおらず、仕方なしに俺たちは町の外に出た。
隣町まで移動し、そこの騎士団に事の顛末を話す。
しかし信じられない、と追い出されてしまった。
まあ、当然っちゃ当然だ。
いきなり町から人がいなくなりました、なんて誰が信じるのだろう。
結局、何もわからないまま俺たちは宿をとり、1日を終えた。
その夜、俺は夢を見た。
一面の荒野。
草も生えない、全てが死に絶えたような場所。
俺はそこで、ローブの人物と向き合っていた。
「ねえ」
彼――不思議とそんな気がした――は優しく語り掛ける。
「何してるの、愚図」
穏やかに、春風のように。
それでいて明確な憤りを込めて、彼は言う。
「なんにも無いくせに。なんにもできないくせに」
俺は言い返すことができない。
だって声が出ないのだ。
「デレーは強いよ、君なんかよりも。わかってるよね?」
こくり、とかろうじて首を縦に振る。
「じゃあなんで前に出たの? 事態が悪化するって知ってたのに」
とっさに体が動いたんだ。
彼女は大事な仲間だもの。
「あはは。もういいよ、そういうの。聞き飽きたから」
全然面白くなさそうに彼は笑う。
「君が動いたせいで収まるものも収まらなくなった。大人しくデレーとフワリに任せておけば、クズ共もあそこまで増長しなかった」
それは……そう、だ。
うん。
余計なことをした自覚はある。
「ふうん、そうなんだ。まあそうだよねえ。少し考えたら自分がいかに無力な間抜けかってことくらい、わかるもん。そうだろ? それくらいの知能はあるもんね?」
…………。
「はー……。ま、この辺にしておこう。身の程をわきまえろってことで。じゃあね。2度目は無いよ、役立たずのお荷物くん」
と、そこで目が覚めた。
俺はむくりと体を起こす。
「……なんか、嫌な夢だったな」
けれどたぶん、ローブの人物の口から出た言葉は、半分くらい俺の思っていたことだ。
心の底にあった罪悪感と反省が夢という形になって現れたのだろう。
彼の言葉を反芻しては、お腹の中に鉛をねじ込まれたみたいな感覚になり、俺はうつむく。
まだ心が夢の余韻に引きずられていて、とてもじゃないがみんなと顔を合わせる気にはなれない。
もう少し、寝ていよう。
「おはようございますフウツさん!!!」
「うわあ!?」
予備動作無しに扉が開き、デレーが入ってくる。
俺は驚いてベッドから転げ落ちそうになった。
「お、おはよう。……やけに元気だね、良いことでもあった?」
「うふふ! これからあるのですわ!」
「これから……?」
何かわくわくするような予定なんて立ててたっけ。
昨日は色々疲れてすぐに寝た記憶があるんだけど。
「さあさ、支度なさって! そしたらフワリさんのお部屋に集合ですわよ!」
「わ、わかった」
「着替えが億劫でしたら、私がお手伝いいたしましょうか?」
「間に合ってます」
デレーに部屋から出てもらい、身支度を終えたら言われた通りにフワリの泊まっている部屋に赴いた。
いったい何があるのだろう、と一抹の不安を抱きながら扉を開ける。
部屋にはすでに俺以外の全員が集まっていた。
「いらっしゃいませフウツさん。お座りくださいまし」
俺を輪になって座るみんなの中に招くと、デレーは咳ばらいをひとつ。
「皆さん、準備はよろしくて?」
一呼吸置いて、彼女は高らかにこう宣言した。
「ではこれより――第1回・秘密兵器製作会議を開始いたしますわ!!」




