巨大化は計画的に
俺たちはそっと後退し、とりあえず建物の陰に隠れる。
あの巨体だ、毛皮も皮膚も骨も頑丈に違いない。
となるとやっぱり、狙うは目かな……。
「よし、まずはデレーたちと」
「お呼びになりまして?」
「っ!?」
驚きすぎて危うく大声を出すところだった。
まだ名前を口にしただけなのに、デレーがもう隣にいる。
いよいよ人間離れしてきてないか、この人。
「うふふ、フウツさんが私を求める気配がしたので、戻って来たのですわ」
「あ、ありがとう」
まあ探す手間が省けたんだし、願ったり叶ったりだ。たぶん。
少し遅れて、ヒトギラもやって来る。
「いきなり走り出したと思ったら、そういうことか」
深く溜め息をつき、「で、あれは何だ」と魔物の方を指差して彼は問うた。
「林を横切って入って来たみたい。見ての通りめちゃくちゃデカいから、被害が出ないうちに仕留めよう」
「わかった。だがどうやってだ?」
「うーん、それが問題なんだよね……」
ヒトギラの魔法がどこまで効くかわからないし、バサークも不調が治らないらしいから確実に倒せるとは言い難い。
どうにかみんなの力を上手く組み合わせて……と、そこでフワリが「思い付いた」と手を叩いた。
「みんな、ちょっとあの魔物見てみて」
俺たちは言葉に従い、のそりのそりと動く魔物に視線を向ける。
「なんか変でしょ」
「? いや、普通に大きいってだけじゃない? 形だけなら今まで戦ってきた熊型のやつと大して違わないよね?」
「うん、だから変」
「……??」
何を言っているのか、正直よくわからない。
普通だから変? どういう意味だろう。
「バランスの問題だよ。例えばさ、ボクたちは赤ちゃんとして生まれる。でも成長したボクたちは、赤ちゃんのまま大きくなってるんじゃない。頭に対する首の太さとか、肩幅とか、比率が変化してる」
「まあ、それはそうだね。赤ちゃんは体に対して頭が大きいけど成長するとそのバランスが変わる、みたいなことでしょ?」
「そう。じゃあ人間が赤ちゃんのバランスのままサイズだけ大きくなったらどうなると思う?」
「どうって……」
俺は「そのままの姿だけどビッグな赤ちゃん」を想像してみた。
「……なんか、頭でっかちでバランスが悪そう?」
フワリは頷く。
「実際になんで体が変化するかは知らないけど、それが無いと支障が出ることだけは確か」
「その話と魔物にどう関係が――あ」
「そう。あの魔物はあれだけ巨大になっておきながら、手足や頭の比率は変わっていない。つまり……あいつ、たぶん小突いたらすぐ倒れるよ」
言われてみれば、だ。
動きが遅いのもそのせいかもしれない。
「小突くったって、それなりの力でやらなきゃだけど」
「ならバサークさんを呼びましょう。ヒトギラさんの魔法と合わせれば、確実ですわ」
「そうだね、じゃあ――」
と、回れ右をした次の瞬間。
「いえーーーーーーい!!!」
聞き覚えのありすぎる声と共に見覚えのありすぎる何かが飛んできて、魔物の頭部に直撃した。
突然の攻撃によりバランスを崩した魔物は、フワリの予想通りあっけなく転倒する。
「ちょっとバサークさん! 協調性って知ってます!?」
思いもよらない速攻解決に言葉を失っていると、怒りながらトキが走って来た。
「トキー! 見て見てやっつけたよー! ていうか大きいわりにこれ弱ーい!」
「あーはいはい凄いですね! ってあれ、皆さんもいたんですか」
「え? あ、ホントだ! さっきぶりー」
バサークも手をぶんぶん振りながら駆けて来る。
「……手間が省けたな」
「あはは……」
魔物にとっても俺たちにとっても不意打ちだったが、まあ僥倖ということで。
「ではとどめをさしましょう。デレーさん、斧で首を断ってあげてください」
「ううん、トキ。あれもう死んじゃってるよ。どーんって、倒れただけなのに!」
「死んでる? まったく、そんなわけがないでしょう。頭を蹴られて気絶してるだけですよ。なんなら僕が《診察》で――」
やれやれと魔物に近付いたトキだったが、そこで言葉を止めた。
「いかがなさいまして?」
「ほ……本当に死んでる……」
これには俺も思わず「え!?」と声が出る。
だって、大きくなってるなら骨や筋肉だって強くなってるはずだ。
それがなんで……。
「! 待ってください。しかもこの魔物、頭蓋が割れています」
「む。そのまま巨大化……骨…………体積と面積?」
「……ああ、なるほど! きっとそれです、フワリさん」
「うん。ボクがもっと早く気付いてたらよかったね、ごめん」
……なんか異次元の会話してる。
何を言っているのかさっぱりだけれど、この魔物の死に対して納得のいく理由が見つかったみたいだ。
「どゆこと? どゆこと?」
「通常サイズと変わらない造形のまま巨大化したから、骨と筋肉に負担がかかりやすくなっていた……というところですかね。大きさを1から10にすると、骨と筋肉の強さは100になるけれど、体全体の重さは1000になるんですよ」
「??? なんで重さが1000なの?」
バサークはさっぱりわかりません、と首を傾げている。
実を言うと俺もわからない。
デレーとヒトギラはわかっていそうな顔をしてるから、たぶんちゃんと勉強をすればわかることなのだろう。
もしくは学校とやらに行っていれば。
「ともあれ、倒せたんだからいいだろう。魔物はまだ山ほどいるんだ、さっさと始末しに行くぞ」
「うん、そうだね」
道をふさぐこの魔物の死体は後で処理することにして、俺たちは再び町中に散らばった。
それから騎士団を手伝いつつ町を駆け回って取り逃した魔物を掃討し、事が収束したのは日が落ちた後のことだ。
「ご協力、どうもありがとうございました。おかげで町を無事に守り切れました」
「いえ、お気になさらず。では私たちはこれで」
騎士団の人たちと別れ、俺たちはハトウィの家へと足早に向かう。
そろそろ町の人たちが避難所だった屋敷から出てくる頃合いだ。
さすがに石を投げられることは無いだろうが、鉢合わせたらきっと良い顔はされない。
その前に姿を隠さなければ。
「ん? ねーねー、あれ、町の人じゃない?」
バサークが前方を指す。
確かに、表情までは見えないものの「いる」ことがわかるくらいの距離まで、人がやって来ていた。
「本当だ。もう来てる。フウツくん、走ってハトウィくんの家まで逃げようか?」
「いや、急いだら逆に怪しまれる。ここは敢えて堂々と歩いて行こう」
大丈夫、ゆっくりゆっくり。
俺たちは町の住人ですよー。
怪しいよそ者じゃないですよー。
「あっ! おいお前ら! 見ない顔だな、よそ者か!?」
「ごめん駄目だったわ」
そんなに声を張らなくてもいいだろうに、男はご丁寧に通りやすい声で叫んでくれた。
おかげでぞろぞろと町の人が集まってくる。
「俺が出ると確実にこじれるから、ヒトギラと一緒に下がってるね……」
「ええ。私が何とか言いくるめますわ。フウツさんは安心していてくださいまし」
そう言ってデレーが前に出た。
なんだかんだ言っても、俺たちが魔物退治に協力したことを話せば少なくとも犯罪を疑われることは無い。
騎士団という証人もいることだし、なんとかなるさ。
……と思っていたのだが。
「やっぱりよそ者が来ていたからだ! こいつらのせいで魔物が襲ってきたんだよ!」
「追い払ったのに忍び込んで来やがったのか? こりゃあ爺様の言ってた極悪人に違えねえ!」
「まさかとは思うけど、誰かが匿ってたんじゃないだろうね?」
「身内を疑うのはよせ、そんな最低な奴いるわけないだろ」
「ともかくこいつらでしょ。魔物を呼び込んだ罪、どう償ってもらおうかしら!」
凄く、凄くマズい空気になってきた。
おそらくハトウィも話していた、「爺様」が「近いうちに来る」と予言していたという「悪い人」「極悪人」は魔物を操る者を指していたんだ。
で、俺たちの来訪と魔物の襲来がたまたま重なったから、その疑いをかけられていると。
とんでもないとばっちりだ。
騎士を呼びに行こうにも、通してもらえそうにない。
いざとなったら強行突破して逃亡するしかないかなあ……。




