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余所者を拒む町

 フワリを仲間に迎えた俺たちは、第三領地における2本目の指標釘を設置して第二領地へ向かうことにした。


 その道中、何気ない話をしていたらバサークがこんなことを言った。


「そういえばあの変な人、海見たこと無かったんだね」


 ああ、とデレーが同調する。


「確かに妙なことを言っておりましたわね。『これが海ですか。こんなに美しいものを持っているなんて、こちらの人々は恵まれていますねえ』とか何とか」


「魔界には海が無いんでしょうか?」


「さあな。どうせ魔界になんか行くことは無いんだ、どうでもいいだろう」


 そこで会話は一度区切られ、誰から言うでもなく次の話題に移っていった。

 たったこれだけの、なんてことはないやりとり。


 俺たちは気にも留めず、第二領地に到着してしばらくした頃にはきれいさっぱり忘れていた。

 ただ些細なことだったからというだけではない。

 行きついた先の町で、またもやトラブルに見舞われたからだ。


「ちょっと、どういうことですの?」


「だから言った通りだ。旅人だか冒険者だか知らないが、よそ者はこの町には入らないでくれ」


「困りますわ。少なくともここを通過しませんと、日暮れまでに次の町へ行けませんもの」


「駄目なもんは駄目だ。これ以上騒ぐなら騎士を呼ぶぞ!」


 ……とまあ、こんな具合で。

 俺たちはなぜか門前払いをくらい、弱ってしまった。


「滞在ならともかく、通り抜けるのも駄目だなんて……。何かあったのかな?」


「そうだとしても、説明くらいはしてくれても良いはずです。となると、言えないような理由があるのかもしれません」


「はあ……。どうあれ、今日は諦めて野宿にするしかなさそうですわね」


 問答無用、って感じだったし、他に選択肢は無いか。


 仕方なく溜飲を下げて町から離れようとすると、物陰から小さな少年が現れてこちらに駆け寄って来た。

 俺を見て一瞬びくっとしたが、彼はデレーのところまで行っておずおずと口を開く。


「ねえ、お姉ちゃん。嫌な気持ちにさせてごめんね。でもね、お姉ちゃんたちが嫌いなんじゃないんだよ」


「あら。それはどういう意味でして?」


「んっとね、ほんとは言っちゃダメなんだけど……。特別に教えてあげる。お姉ちゃん……たちにだけだよ」


 少年は頬を赤らめて言った。


 ははあ、わかったぞ。

 いくら碌に人付き合いをしてこなかった俺でもわかる。


 この少年、デレーに一目惚れしたんだ。


 デレーは黙っていれば可憐な美少女。

 顔と少し声を聞いただけなら、好きになってしまうのも頷ける。

 彼女を知っている俺としてはとても申し訳ないというか、複雑な気分なのだけれど。


「お屋敷の爺様がね、近いうちに悪い人が来るから、町に入れちゃダメって言ったんだ。だからお外から来る旅人さんも、冒険者さんも、みんな入れてあげられないの」


「悪い人?」


「うん、爺様はそうやって言ってたよ。でも悪い人は見た目じゃわからないから、みーんな入れないようにしなきゃいけないんだって」


「そうでしたのね」


 見た目じゃわからない悪い人……。


「まさか、魔族のこと……?」


 俺がぽつりと呟くと、「いや、おそらく違うだろう」とヒトギラが囁いた。


「魔族はこちらの人間と外見が異なる。程度は個人によるが、実際に今まで遭った3人は特徴的な見た目をしていた」


「あ、そっか」


 「屋敷の爺様」はまず予言系のスキル持ちだとして、だったら普通に盗賊とか、犯罪者のことを指しているのだろうか。

 うーん、でもそれなら、騎士団に警備を強化してもらえばいいだけじゃないかな……。


「で、でも! お姉ちゃんたちは悪い人じゃないよね?」


「ええ、もちろん。ただの冒険者ですわ」


「じゃあ、じゃあ、お……おれの家に、泊まらせてあげる!」


 後ろからフワリの「わお、大胆」という声が聞こえてくる。


「まあ! それは助かりますわ。でもよろしいので? お父様やお母様に叱られたりしませんこと?」


「大丈夫、お父さんとお母さんはお仕事で、明後日まで帰ってこないから」


「いかがなさいます、フウツさん」


「俺? 俺はこの子が良いって言うんなら、お言葉に甘えておきたいかな」


 下心が無いことはないだろうけれど、善意は善意だ。

 ありがたく受け取りたいところである。


「みんなは?」


「……お前の判断に従う」


「ボクも。ぶっちゃけどっちでもいい」


「まあ断る理由もありませんし」


「お泊りするするー!」


 それを聞くと、少年はわかった、と笑んだ。


「じゃあおれについてきてね。こっそりだから、静かにね」


「ええ」


 デレーは恋愛が絡まなければ至極まともなんだよね。

 しかしどこか物足りない気がしてしまうのは、感覚が麻痺しているからだろうか。

 いや絶対麻痺してるしっかりしろ俺。


 少年の後に続いて町の外周に沿って歩いて行く。

 彼の家は端の方にあるらしく、外から回り込めば誰にも見つからずに済むのだとか。


 しばらくそのまま進んだ後に林を抜けると、大きな家の裏手に出た。


「ここだよ。いま勝手口の鍵を開けるからね」


 少年は服のポケットをまさぐる。


「ねえキミ、名前は?」


 手持ち無沙汰になったからか、フワリがそう尋ねた。

 少年は「ハトウィ」と短く答える。


「自己紹介は中でね。見つかっちゃったらいけないし。さ、入って」


 促されるままハトウィの家に上がる。

 俺はぐるりと上がってすぐの部屋……というか台所を見回した。

 シンプルかつ清潔感があって、住人が快適に暮らしているであろうことがわかる。


「あっちの部屋で待ってて。おれ、お茶いれてくるから」


「いえ、お構いなく。子どもにもてなさせるわけにはいきませんわ」


「……! い、いいの、おれがやりたいんだから! お姉ちゃんは座ってて!」


 パタパタと少年は台所の奥へと小走りで行ってしまった。


 相変わらず嫌われてはいるものの、なんだか凄く久しぶりに可愛げのある子どもと接した気がするなあ。

 俺はちらりとトキの方を見る。


「なんですかその目。喧嘩売ってます?」


「あはは、いや別にトキに可愛げが無いっていうわけじゃ……」


「わかりました、今度からフウツさんの傷には回復魔法ではなく塩をかけます」


「ごめんて」


 ハトウィに言われた通り、俺たちは居間に移動した。

 居間の中央には机を挟んでソファ2つが置かれているが、どうやら6人全員は座れそうにない。

 まあみんなに譲っておこう。


「あ、俺そんなに疲れてないから立ってるね!」


 うん、これならみんなに気を遣わせることもない。

 俺はごく自然にソファから離れ、壁に背を預けた。

 すると。


「なら俺も立っていよう」


 ヒトギラがそう言って、俺の右隣に来た。

 これで残る4人は座れる……と思いきや。


「……! では私も」


「!?」


 続いてデレーも俺の左隣に来る。

 俺は一瞬戸惑ったものの、すぐにその行動の理由を理解した。


 おそらくヒトギラが図らずも俺の隣というポジションを獲得したため、対抗心に火が点いてしまったのだ。

 言葉にすると俺がめちゃくちゃ自意識過剰の馬鹿みたいになるけどたぶん事実。


 半数が立つのを選んだことによりソファが微妙に空いてしまうが、問題ない。

 3人いるならそれで充分、気兼ねなく――


「っっ!?」


 俺は息を吞む。


 フワリが、デレーの隣に立った。


 落ち着きかけた俺の心をあざ笑うかのように、彼はさも当然のごとくソファから離れたのだ。

 過去イチでフワリの考えが読めない。

 デレーも困惑の表情で彼をちらちら見ている。


 マズい、これでは「みんなに気を遣わせることなく譲る」という当初の目的が!


 俺はトキとバサークの方へ視線を向ける。

 バサークはともかく、トキは案の定気まずそうな顔をしていた。

 もう完全に場の空気がおかしくなってきている。


「あー……実は僕、立ってるの好きなんですよね」


 耐えかねたトキがとうとうフワリの隣に並んでしまった。


 残るはバサーク1人。

 彼女なら何も気にせず座りそうなものだが、それはそれで、なんだかハブにしているような感じがして寝覚めが悪い。


 かと言って今さら「やっぱ座りまーす」なんて言えるわけがない。

 いったい俺はどうしたらいいんだ?


 バサークのきょとんとした目が俺の良心にぐさぐさ刺さる。

 1秒1秒が永遠のように長い。


 ふ、とバサークの方に視線をやる。

 目が合った。


「…………」


 何か言わなくては。

 でも何も思い浮かばない。

 ああ、こんなことならもう少し考えて発言するべきだった。


 頭の中が真っ白になる俺に、ニコッとバサークが笑いかけた。

 そして……ソファから離れて、トキの隣へと移動した。


 ……わかっている。

 彼女は深く考えてはいない。

 ただ、なぜかみんなが並んでいるから自分も並ぼう、とかそういう思考だろう。


 それでも、その行動は俺の心に平穏をもたらすのには充分だった。

 ほんの少しの気遣いから始まった気まずい状況が、やっと終わったんだ。

 これ以上は、何も望むまい。



 ――その後、お茶を持ってきたハトウィに「え、何してるの……?」とごもっともな疑問を投げかけられたのは言うまでもない。


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