杖を買おう!
「それで、この人どうします? 聞きたいことは聞けたので、後は焼いても煮ても毒を飲ませてもいいんですけど」
「うーん、まあ無難に騎士団に連れてってもらうか、石を割って帰ってもらうか……」
「ん? ねえ、何これ」
どちらにすべきか頭を悩ませていると、バサークが宙を指差した。
そこには小さな魔法陣が浮かんでいる。
「誰か魔法使ってる?」
全員が首を横に振った。が、ただ1人、ウラハだけは心当たりがあるようで、「げ」と顔を引きつらせた。
「やっべ、ちょっと俺を隠してくんない?」
魔法陣はじわりじわりと大きくなっていく。
特に危険な感じはしないが、これが何だと言うのだろう。
「ウラハは何の魔法かわかるの?」
「わかるとも。いや、んなこたいいから早く隠れさせてくれ。でもって俺はいないことに――あ」
「え」
ぐわし、とウラハの頭が掴まれる。
何に?
……魔法陣から出て来た謎の手に。
「ぎゃー! 悪かったって、ホントごめん! でもあいつが油断してフラフラ歩いてたからいけないんだよ! ほらできるだけ強い奴が行った方がいいだろ? だから俺はあいつに代わって……な?」
謝罪だか責任転嫁だかよくわからないことを言いながら、ウラハは謎の手によって陣に引きずり込まれていく。
「たっ……建物壊したのはわざとじゃねーよ! ……いやだって、あいつらが俺の攻撃を避けるから……。痛い痛い痛い!」
すでに肩くらいまで入っているが、縄で両腕を縛られた状態でまだ踏ん張っている。
なかなかの粘りようだ。
「ねーちゃんだってよく『勝ったもん勝ち』とか言うじゃん! バーカバーカ! あっすみません嘘です嘘ですお姉様最こ」
……それが彼の最後の言葉だった。
地面からわずかばかり足が離れたかと思うと、残る体もあっさり引きずり込まれてしまったのだ。
魔法陣は消え、後にはやはり何も残らなかった。
「行ってしまわれましたね」
「う、うん……」
「だがこれで魔族の対処法がわかった。緑色の石を割ってしまえば、この世界から叩き出せる」
ヒトギラの言う通り、まともに戦わずとも隙を突いて石さえ破壊できればこちらのものだ。
この2度の戦闘で、今こちらに来られる魔族は複数人でかかれば勝てない相手ではないことも判明した。
無論、舐めてかかれるものではないが、遠慮なく戦っていける。
殺意を持って襲ってくる者に、殺意を持たずして応戦し勝つことは難しい。
さっきはそれで不安になったりもしたけれど、ウラハとその姉らしき人物のやり取りを見て、案外その方が良い気もしてきた。
魔族もまた、人間だ。得体のしれない怪物じゃないのだ。
故に、悪い人も良い人もいる。
もっと言えば、襲ってくる人にも家族や友人がいる。
ならば――不殺の決意を以てして戦うのが良い。
人の殺意と殺意がぶつかるような戦いを続ければ、やがて大事なものを全部失ってしまう……気がする。
なぜだか俺には、そう思えてならないんだ。
その後、目を覚ました騎士たちに事の顛末と魔族への対処法を伝えた。
俺じゃなくデレーが言ったこともあり、彼らは素直に受け止め、上に報告してくれるとのこと。
俺たちは指標釘をこっそり路地裏に設置し、次の町に移動することにした。そして――
「杖が欲しいです」
トキがそんなことを言いだしたのは、それからしばらくしてのことだ。
「杖?」
「はい」
今まで毒物に関する物しか求めてこなかった彼にしては、随分と唐突な申し出だった。
「なんでまた急に?」
「せっかくジョウド街に来たことですし、この機会に手にしておくのも良いかと思いまして」
どうやらここ、ジョウド街は杖を売る店が集まっていることで名高い街らしい。
ついでにここでの杖、というのは魔法を使う時の補助道具のことで、歩いたりするのに使うあれとは別物だと説明してもらった。
魔法に杖って使うんだ……。
「確かに、余所から来たっぽい人が多いなーとは思ってたけど。そんなに有名な街だったんだね」
「私も存じておりますわよ。杖を使う者ならば一度は行っておきたい場所、と大人たちが口を揃えて言っていましたもの」
「へえ、そうなんだ。俺なんにも知らなかったや」
村ではそもそも話題に上らなかったのか、俺が話を耳にしたことが無かっただけなのか。
「ヒトギラさんはどうです? ……って、いつも素手ですし、杖は使わない派ですよね」
「いや……知らん」
少し目をそらしながらヒトギラが言う。
「? というと」
「杖が有るのと無いのとで、何がどう変わるのかわからん」
ははあ、とデレーが察したような顔をした。
「さては人に会うのが嫌で、杖を買いに行ったことが無いんですのね?」
「…………笑いたければ死ね」
「笑いませんわ。ねえ、フウツさん?」
「うん。むしろ俺の無知っぷりの方が笑えると思うし」
「うふふ、フウツさんの無知は魅力ですわ。それこそ、倒錯的な欲を掻き立てられるくらいに」
「あ、倒錯してる自覚はあったんだ……」
自覚有りでこれかと思うと若干の目まいを覚える。
いやでも自制はしてもらってるみたいだし、無自覚よりはマシなのだろうか。
「じゃあみんなで行こ! ね!」
「そうですね。ヒトギラさんも、見知った人間が近くにいた方が幾分か楽でしょう?」
「……まあ、そうだな」
「では近いところから順に見ていきます? それとも、どこか気になるお店はありまして?」
「それなら評判の良い店があっちの方に――」
そんなこんなで、俺たちは街中を歩いて店を回った。
ある店ではトキがスカウトされたり、またある店では俺が嫌味を言われたことでデレーが暴れかけたり、またまたある店ではバサークが竜人だとバレそうになったり。
いつも通りのめちゃくちゃ加減。
そして俺がふと顔を上げると――ヒトギラが笑っていた。
視線に気付いてすぐにしかめっ面に戻ったけれど、確かに笑っていた。
「ヒトギラさん、これはどうです? 丈夫なので高火力の魔法を撃つのにも適していますよ」
「ほう。かなり堅いな」
「わ! ほんとだ」
「全てがそうではありませんが、概ね元の木が堅いほど魔力に対して丈夫な杖になりやすいのでしてよ」
買い物巡りは昼過ぎまで続き、さらにせっかく杖を買ったのだから、ということで魔物退治の依頼を受けることにした。
場所は町と町の間にある小さな林。
「魔物がいては交通にも支障が出るから退治してほしい」との依頼だ。
「ようし、やりますよ! 皆さんの体が壊れない程度にたくさん強化しますね! あと回復魔法も試したいので誰か重傷を負ってくれるとありがたいです」
トキが選んできたのは上腕部ほどの長さの、短い杖。
そこまで丈夫ではないが扱いやすく、【聖徒】向きのものらしい。
「では俺が前に出よう」
ヒトギラは身長より少し短いくらいの長い杖。
街の店の中で一番丈夫なものだというから、心置きなく使えるだろう。
言葉に違わず彼は先陣を切って歩いて行く。
やがて魔物を見つけると、トキに強化魔法をかけるよう頼んで杖を構えた。
「ふむ。あの1匹だけだな?」
「みたいだね。大丈夫そう?」
「ああ」
ヒトギラが杖を前に突き出す。
みるみるうちに杖の先から氷の粒が生まれ、魔物めがけて発射された。
氷と冷気をもろに浴びた魔物は、あっという間に氷漬けになる。
「お見事です。ね、杖があった方が魔法をコントロールしやすいで……って、ヒトギラさん?」
トキが言い終わるのを待たずに、ヒトギラはずんずんと歩きだした。
その先にはカチコチに凍った魔物。
何をするんだろう?
不思議に思って見ていると、彼は杖を両手でしっかりと握って振り上げ……おそらく全力であろう力で、魔物に叩きつけた。
哀れ、体の芯まで凍り付いていた魔物は粉々に砕け散る。
ついでに俺たちは唖然とした。
「なるほど、これは確かにいいな」
何事もなかったかのように戻ってくるヒトギラ。
遠い目をするデレー。
頭を抱えるトキ。
首を傾げるバサーク。
たぶん俺たち全員が同じことを思っただろう。
――ヒトギラ、杖は鈍器じゃないんだよ。




